「婚礼の日、心の喜びの日のために」2005年9月19日(月)

 長女瞳の結婚式が3週間後に迫ってきました。妻は日ごとに力をいただいて、シカゴでの式の参加の準備に取りかかっています。退院後一ヶ月は肺の回復のために酸素呼吸を必要としていますが、それからも解放されて元気で参加できることを願っています。妻のために多くの方が覚えてくださいました。感謝に堪えません。

 瞳と婚約者は当初7月の結婚式を予定していましたが、母親の病気の回復を願って10月に延期しました。母親のために何度かシカゴから飛んできて、具体的に助けてくれました。その姿を見て、ひとりの成熟したおとめとして自分の婚礼を迎えようとしていることが分かりました。
 「婚礼の日、心の喜びの日のために」とは、雅歌の3章11節のことばです。雅歌は花嫁と花婿の相聞歌ですが、この箇所は婚礼の歌と言われています。雅歌を男性の立場で読むのか、女性の立場で読むのかで受ける感度は随分違うのだと思います。私は男性としての感度でしか読おとめの若人を慕う思い、婚礼へのあこがれは感じます。
 ふたりが昨年の暮れに私たちのころに来てくれました。サンフランシスコに彼のお姉さんがいて尋ねると言うことでした。その郊外にいるミニストリーの理事ご夫妻を紹介しまし
た。喜んで泊めてくださるということでした。出かける前に、そのとき物置の建設を彼といっしょにしたのですが、一時仕事を休んだときに、彼が私に瞳との結婚の承諾を求めてきました。その思いを伝えたのは私が初めてですと言われました。妻にも黙っていました。
 サンフランシスコから帰ってくるときに瞳から婚約したと電話がありました。波止場で彼がポロポーズをしてシャンペンでお祝いしたと言うことです。それを聞いた妻が私にいつ彼が父親の承諾を求めたのかと聞いてきいてきました。そして推測して分かったようです。どうして自分に言わなかったのかと嬉しそうに問いつめてきました。それでよかったのだと子どもたちが後押ししてくれました。
 そんなふたりの結婚式に、サンフランシスコ郊外でふたりを泊めてくれたご夫妻が文字通り花を添えてくれることになりました。奥様はフラワー・デザイナーです。シカゴまで来
てふたりのためにお花を準備してくださるといくことです。このご夫妻は20年以上前にご主人の出身の青森に帰っていたときに、次男の方をねぶたまつりの日に交通事故で亡くされました。奥様はフラワー・デザインをその子どもさんの召天を契機として始めたと言うことです。
 自分の娘が嫁にいくかのように、わざわざシカゴまで来てくれます。婚礼の喜びの輪を広げてくれます。花を添え、色を付け、香りを放ってくれます。それはこのご夫妻の心の深いところにある悲しみと感謝の思いから出てきていることが分かります。その恵みと祝福を瞳がいただけることに感動しています。

 上沼昌雄記

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