「シンガポール物語」2006年2月6日(月)

ウイークリー瞑想

 

 先週末からシンガポールでの奉仕が始まりました。ここの日本人クリスチャンのグループが一昨年に続いて招いてくださいました。今回はロスアンゼルスから直行便で太平洋をしっかりと飛んで18時間近くかけて来ました。日本を通過してシンガポールの日本人のグループに来たのですが、日本に行くときとも、同じアメリカ国内の日本人のグループに
いくのとも違った感じをいただいています。昨日礼拝の後で歓迎愛餐会の時を持ってくださり、そのような違いを感じていますとお伝えしました。どのような違いなのかはその時点では表現することができませんでした。

 金曜日の早朝にシンガポールに着きました。出迎えてくださった兄弟と宿泊先に行くその車のなかで、人の心に届くメッセージとはどのようなものなのかという会話をすることになりました。時候の挨拶ではなくて、私もミニストリーとして関心を持っているテーマ、まさにシンガポールに来ていきなり話し合うことになったのです。昨年10月の北カルフォルニアの修養会、年末のECカンファレンスについてサクラメントの牧師と思いがけなく同じことを話してきました。その牧師とのやり取りを年末のカンファレンスの関係者とシンガポールに来る前の週に話し合ってきました。

 そのような話の内容を兄弟に紹介しました。どのようにしたら人の心に届くことができるのか、シンガポールについていきなり大変な会話になりました。なかなかできないことです。兄弟は一見そんな会話をする感じではありません。しかしどこかで霊的な識別力を持っています。しかもいきなりそんな会話ができるのです。シンガポールがそうさせてい
るとも言えないのですが、日本では時候の挨拶で終わってしまうところなのでしょうが、いきなりとんでもない導入をいただきました。

 土曜の夕刻にバーべーキューの夕食会がありました。食べながら私より少し年輩の方とその方の信仰の始まりの話を伺うことになりました。髪の毛もまだ真っ黒でいつもきれいに整髪をされ、身なりもしっかりとしています。信仰もそのような姿勢であることが分かります。ですので伺った話には多少驚かされました。奥様が洗礼の準備をされていて、その折に牧師からあなたも一緒にどうですかと言われて、ハイと言って洗礼を受けてしまったというのです。その時に信じていたわけではなかったというのです。不思議な人がシンガポールいるものだと思いました。

 昨晩の愛餐会で隣り合わせになったご夫婦と前後関係を全く覚えていないのですが、中島みゆきの話になりました。彼女の「地上の星」は私のiTunesに入ってます。宿泊先まで送ってくださる帰りの車のなかでロスで制作したという新しいCD「歌姫」を聞かせてくれました。同乗されたもうひとりの姉妹も結構聞いているようでした。私はそれほど聞いているわけではないのですが、どうして中島みゆきの歌が人の心に届いているのかに関心があるのです。その最新曲をシンガポールで聞くことになるとは思っていませんでした。

 JCFNのメンバーで今日本に住んでいて、今回シンガポールの友人を訪ねている姉妹と礼拝後にお会いしました。アメリカでも会っています。それで立ち話で、シンガポールの日本人の方々はアメリカの日本人と違いますようねとなり、互いに同意することになりました。日本からアメリカにいらして多くの方が自由を感じて心を開いてくれます。みことばがストレートに入っていきます。そのことを経験しています。シンガポールではそれに加えて生々しさが伝わってきます。アメリカでは心の皮が一皮むけた感じですが、シンガポールでは更にほう一皮むけている感じです。隠しようのない感じです。それだけ思いがけない話を聞くことになりそうです。シンガポール物語は始まったばかりです。

上沼昌雄記

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