「存在の悪性」2006年6月8日(木)

神学モノローグ

 

一年前の日本で、エマニュエル・レヴィナスの『存在の彼方』(1974)を購入して読んだ。彼の存在の問いの視点に関心を持った。というのは、彼はリトアニア出身のユダヤ人で、1927年に出たハイデッガーの『存在と時間』に感激して、存在の問いを問い始めたが、ナチスに荷担したハイデッガーとは、当然であるが問いの設定と方向付けが決定的に異なっていたからである。彼はフランスに帰化していたために、フランス軍の兵士としてドイツの捕虜になり、アウシュビッツの大量虐殺を解放されてから初めて知ることになった。同時に彼の家族と親戚のほとんどが殺戮されたことを知ることになった。

 

今回の日本での奉仕の初めに彼の『実存から実存者へ』(1947)を手に入れ、読みながら旅をした。この本は彼が戦後解放されてから出版されたものである。存在することに含まれる悪を見据えている。存在は存在することで悪をはらんでしまう恐怖、おぞましさに戦慄している。レヴィナスは言う。「存在はみずからの限界と無以外に悪性を抱えてはいないだろうか。存在の積極性そのもののうちに何かしら根本的な禍悪があるのではないだろうか。」

 

600万の同胞が犠牲になったおぞましい出来事を目の前にして、ハイデッガーの存在への問いの真摯さを認めていながら、存在の悪性を止めることができなかったヨーロッパのキリスト教に対しての根元的な問いかけである。罪を指摘して、キリストによる贖いを説いて、神に立ち返ることを伝えるメッセージだけでは解決されない、人間が存在することで悪をはらんでしまう存在の悪魔性をレヴィナスは観ている。

 

ハイデッガーは存在の不安を説いている。無に向かう存在の不安である。レヴィナスは無を強要される恐怖を知っている。ハイデッガーはを強要する立場にあった。この違いが同じ存在の問いでありながら、設定が初めから異なっている。ハイデッガーの存在はあくまで中性である。レヴィナスの存在は初めから悪性である。アウシュビッツが浮かび上がらせた存在の悪性である。

 

エリー・ヴィーゼルは15歳の時アウシュビッツに連れて行かれて最初の日に多くの同胞が焼かれる煙を見て、存在の「夜」を体験する。「この夜のことを、私の人生をば、七重に閂(かんぬき)をかけた長い一夜に変えてしまった。収容所でのこの最初の夜のことを決して私は忘れないであろう。この煙のことを、決して私は忘れないであろう。、、、私の信仰を永久に焼き尽くしてしまったこれらの焔のことを、決して私は忘れないであろう。この夜の静けさのことを、決して私は忘れないであろう。」

 

レヴィナスはしかし、存在の彼方に善を信じていた。他者への責任を説いている。20世紀の終わりにいたって彼の存在の問いの方向性が評価されてきた。受けた経験の深さが存在の問いの深さを引き出している。存在自体が持っている悪性を見据えている。そしてなおその彼方に善の世界を信じている。そのために他者への責任を問う。悪に引き込まれてしまう存在の惰性からの超越を説く。

 

他者への責任は「身代わり」である。存在は身代わりであることで存在の彼方へと超越できる。レヴィナスは言う。「他人に対する一者の責任、それは一者が他人の身代わりになることであり、この身代わりによって、他人の代わりに人質になるという一者の条件が描かれるのではなかろうか。」

 

「身代わり」とは彼にとっては、同胞の身代わりでいま自分が存在していることの責任でもある。語ることでその責任を果たそうとしている。反戦を唱えているわけでない。家族が殺戮されたことを訴えているわけでない。存在の隠蔽性を打ち破るために、存在の悪性を打ち破るために、存在の彼方への飛躍を信じて、語られることより語ることを信じている。責任を持って他者のために生きることを語っている。道徳的にではなくて、存在論的に語っている。

 

ハイデッガーは存在の神秘さに惹かれてヘルダーリンの詩の解明に向かっていった。存在の神秘主義になってしまった。レヴィナスは強靱に存在の回復を願っている。アウシュビッツでの存在の悪性と暴力性をみせられても、存在の彼方に善を信じて語っている。ハイデッガーでは抜け出すことができな存在の謎を、存在の超越性を信じて語っている。いまだに混迷しているヨーロッパの思想界とキリスト教会に存在の悪性と超越性を問いかけている。

 

上沼昌雄記

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