「アラモアナ・ビーチ」2006年7月20日(木)

ウイークリー瞑想

 

 

賑やかなワイキキ・ビーチの隣に、ダイヤモンド・ヘッドとは反対側になりますが、比較的静かなアラモアナ・ビーチがあります。8年前にマキキ教会の黒田朔牧師に早朝連れてきていただいて泳いだことがあります。海に浮かびながら暁の太陽を見上げたときの感動を忘れることができません。今回も連れてきていただきました。泳いだと言うより朝の海に浸かっていただけですが、ビーチの脇にある屋外のシャワーを浴びて、体がすっきりと洗われたような感じがいたしました。

 

滞在の期間中2回ほど一人でビーチを歩いたり、マジック・アイランドの木陰に座って、海と波を見ながら過ごしました。澄みきった海に白い波が静かに押し寄せてきます。海がゆったりと押し寄せてくるのですが、その波状が陸に近くなってきて押し返させられるように高波となって白く輝き出すのです。そんな波に乗ろうとしているサーファーが見えます。ただただ繰り返し波が押し寄せてきます。絶えることなく押し寄せてきます。それが自分の使命であるかのように押し寄せてきます。

 

木陰に座っていると背後から気持ちのよい風が吹いてきます。汗ばんだ体が少しずつ乾いていきます。近くを散歩している人も汗をかきながらも気持ちよさそうに通っていきます。ジョギングをしている若者もいます。ゆっくりゆっくりと歩いているお年寄りがいます。急いでいるわけでもなく、ただ風に吹かれてこの時を楽しんでいます。

 

友人である故片岡さんの奥様の栄子夫人が修養会に来てくださいました。修養会が終わって言ってくださったことを思い出しました。このような若い人が多い場所に来ると、いつもそのようなところにいたご主人のことを思いだしてつらくなるのであるが、今回思い切って来ることができましたと言われました。35年前に片岡さんと一緒にKGKの主事になってこのような場面に何度も共に居合わせたことを思い出しました。いまは自分たちの子どもよりもっと若い人が中心になっています。新しい波が押し寄せています。栄子夫人もそんな波に乗っているサーファーのようでした。

 

波が押し寄せ、風が吹いているので空気が澱むことがありません。すがすがしさが体に染み込んできます。この期間中にさらにふたつのいやしのプロセスが進行し、また完成しつつあることを当事者たちから聞きました。過去の出来事は変えることはできないのですが、それにまさるように恵みに導かれていることを知りました。聞きながら私のなかにも清々しい風が吹き込んできました。澱むことのない風です。

 

ワイキキ・ビーチは観光客でごった返しています。そういう状況としては楽しいですが、現実をしっかり踏まえて振り返るのには多少賑やか過ぎます。アラモアナ・ビーチは地元の人も多く見受けられます。現実に結びついていることを思い起こしてくれます。その現実を受け止めた上で、海を見つめて波の押し寄せてくる道筋を見極め、気持ちのよい風に身をゆだねていると、不思議に心が納得することになります。

 

上沼昌雄記

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「石を枕に、夢を見る」2006年7月16日(日)

ウイークリー瞑想

 

 JCFNの15周年記念修養会でハワイに来ています。日本からの参加者を含めて60名ほど集っています。マキキ教会でハワイアン・ナイトで歓迎してくれました。そして次の日にスモールグループのチームビルヂングの形成のためのゲームを、アラモアナ・ショッピングセンターとアラモアナ・ビーチでして、会場であるカトリックの施設にバスで移って来ました。賑やかなホノルルの反対側に山越えをしました。中腹の切り立ったところにひっそりと佇んでいるカルメル会の修道院です。その敷地にリトリート・センターがあります。

ここがハワイなのかと思わせるほど静かなところです。幹線道路から斜面に下りてきています。その車の音が少し聞こえるだけです。鳥たちが私たちを歓迎してくれました。見渡した遠く向こうには海が見えます。空の色よりははるかにしっかりとしたブルーをしています。その海に沿って街が立ち並んでいます。カイルアの街です。澄み切った静かなビーチを抱えている街のように見えます。行ってみたいのですが機会がなさそうです。会場のどこからでもそのような景色を見下ろすことができます。その海から気持ちのよい風が絶え間なく吹いてきます。

京都の宇治に同じカルメル会の施設があります。同じ精神でこの会場が成り立っていることが分かります。沈黙を大切にしています。人里から離れて、ただ神に出会うことを切に求めています。修道院はいつもひっそりとしています。人のいる気配はあるのですが、その姿を見ることがあまりありません。それでも、このような場があるので皆さん自由に使ってくださいといっているように感じます。押しつけるところがありません。ただじっと佇んでいることで何かを語っています。その深い沈黙に惹きつけられます。

最初の朝にグループでのバイブル・スタディーがありました。創世記28章からヤコブがエサウを避けて旅立っていく場面です。一夜を明かすために石を取って、それを枕にして眠ったときに見た夢の話です。大変意味深い夢です。私は夢の内容よりは、夢を見ることが神との会話として用いられていることに関心を持ちました。しかも石を枕にして夢を見るのです。石と夢が神との会話、交わりの手段なのです。

夏目漱石が自分の名前のことで石を枕にすること語っているのを読んだことがあります。ヤコブの話が関わっているとは言われていなかったように思います。ただ人生の旅をしながら時には石を枕にして横になり、そこで思い浮かんだことを記していくことが自分の仕事のように感じているという文面であったように思います。

昼前に聖餐式がありました。その前に一人ひとりが自分の過去を振り返って、示されたことを石に書いて、それを祭壇に捧げることをしました。ヤコブが自分が枕にした石を柱として立てたことを私たちも追体験したのです。私は迷わずに「石を枕に、夢を見る」と書きました。聖餐式の前にそれを石の柱として捧げました。それを修養会の終わりにまた用いるのだと思います。

どうしてそんなことを書いたのか不思議です。現実に石を枕にするようなことはありません。一年に何度か旅をしますので枕はよく変わります。夢を見ますが、ヤコブのような夢は見たこともありません。意識のどこかに隠れていることが、しかも忘れていたと思うことが、全く思いがけないフォーマットで夢になって出てきます。覚えておこうと思ってもすぐに忘れてしまいます。夢にどのような意味があるのかそのような分析をしたことはありません。それでも意味があることは分かります。

神はこの時点で夢を通して私に何かを語ろうとしているのだろうか。自覚の膜で張られている私の意識が眠ることが解き放たれて、無自覚の状態になるのを待って神は語ろうとしているのだろうか。覚醒しているときに把握したことは、確かであるようで実際には不確かであることを夢を通して教えようとしているのだろうか。ヤコブのように夢で明確に何かを示し、何かを語ろうとしているのであろうか。

「石を枕に、夢を見る。」ハワイに来て、もうひとつ不思議な旅に出かけているような気がしています。

 

上沼昌雄記

「村上春樹・体験—その3」2006年7月4日

『やがて哀しき外国語』と『遠い太鼓』

 

先週サクラメントで荒井先生とお会いした。ミニストリーのこと、JCFNのことで話し合ったのであるが、最後に村上春樹のことになった。今の私はどうしても村上春樹のことになってしまう。特にレスポンスを期待していなかった。ただ村上春樹のことで書いていることを紹介するつもりで話を出した。荒井先生は教会の人に紹介されていま読んでいると言うことだった。それでしばらく村上春樹のことで話し合うことになった。

荒井先生の感想は「この人はおかしいのではないか」というものであった。現実をごまかしているというか、すりかえながら生きているのではないかと言う。どうも村上春樹のストーリーの組み立てには馴染めない感じであった。しかしどこかで三島由紀夫に似ているのではないかと言われた。すごい洞察だと思った。状況や人や自然を描くときにとても細かくて正確に描写していることが似ているということであった。しかもその精密さが三島由紀夫を死に追いやった異常さに結びついていることを言いたかったようである。

荒井先生もマラソンをされるので、村上春樹もボストン・マラソンなので走っていますと言ったら、マラソンをする人はおかしな人ですよと言い返してきた。それで村上春樹の旅行記やエッセイを読むと、この作家の別の面が出てきてホッとすることをお伝えした。確かに彼の小説は嫌いだが、エッセイや旅行記は好きだという人に遇ったこともある。村上春樹自身どこかで、小説を書いているときはおかしくなるのですが、それ以外は全く普通のどうにもならない人間ですというようなことを言っている。

今回取り上げる村上春樹体験はまさに彼のエッセイであり旅行記である。荒井先生と話をする前から取り上げたいと思っていたので、荒井先生のコメントは成り行きとして興味深かった。

 

悲しいことで『国境の南、太陽の西』を読むことになって村上春樹の世界に興味を持った。多分その後、『ノルウェイの森』『ダンス、ダンス、ダンス』そして『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』の順で読んだような気がする。何か霧の向こう、壁の裏側、地下の闇の世界を描いていることが分かった。自分のなかで触れないでいたものに触れたような気がした。心の何かに引っかかってくるものを感じた。さらに惹きつけられることになった

その後初期の3部作といわれる『風の歌を聴け』『1973年のピンボール』と『羊をめぐる冒険』を読んだ。村上春樹の出てきたところが分かったような気がした。正確な順序は覚えていないが、この3部作と前後しながら『やがて哀しき外国語』と『遠い太鼓』を読んだ。前者はエッセイといったらよいのか紀行文といったらよいのかアメリカでの体験であり、後者はヨーロッパの旅行記である。

このふたつの本に接して村上春樹の生きる姿勢と、文章を書く姿勢に興味を持った。当たり前の世界があり、当たり前のように、しかししっかりと生きていて、それでいてどうにもならない世界があって、それで振り回され、苦しめられ、格闘をしていることが人生なのだと、ステートメントでもなく、メッセージでもなく、淡々と書き記すことに感心した。当たり前の作家の顔がこのふたつの本には出てきて安心するのと、当たり前の顔の裏側で、誰もそうであるように村上春樹も苦しみ、格闘していることがよく分かった。

『やがて哀しき外国語』と『遠い太鼓』を読んで、村上春樹の文章にも大変な親しみを覚えた。それまで読んできた小説では何かが心の琴に触れることを覚えていたが、とうてい自分にはそのような文章は書けないことが分かっていた。しかし『やがて哀しき外国語』と『遠い太鼓』に接して、「待てよ、自分でも書けそうな気がする」というそれこそ不遜な思いが出てきた。ミニストリーで起こったことや出会った人のことをいままでニュースレターなので書いてきたが、何かその延長線上にこの2つの本があるように思った。

結果としてこのような思いがあったので拙書『夫たちよ、妻の話を聞こう』と『苦しみ通して神に近づく』を書くことになった。ともかく書いても良いのだと自分に言い聞かせることができた。自分の拙い経験であっても世に出しても良いのだと思った。とんでもない村上春樹体験である。

 

『やがて哀しき外国語』は、村上春樹が1991年から95年までアメリカのニュージャージー州のプリンストンとマサチューセッツ州のケンブリッジに住んでいたのであるが、その前半のプリストン時代のことが書いてある。『遠い太鼓』は時間は遡って、1986年から89年までヨーロッパに住んでいたときの記録である。私が読んだのは『やがて哀しき外国語』が先であった。それで興味を持って『遠い太鼓』を続いて読んだのも覚えている。それで体験した順序に従って『やがて哀しき外国語』を先に出している。

ともかく村上春樹は37歳から46歳まで、その間1年ちょっと日本での生活を挟んで、海外で生活し、活動していたことになる。ヨーロッパ滞在の間に『ノルウェイの森』と『ダンス、ダンス、ダンス』を刊行し、アメリカ滞在の間に『国境の南、太陽の西』と『ねじまき鳥クロニクル』を出している。『遠い太鼓』はギリシャから始まった旅と生活の体験談であるが、折々に執筆のことが書いてあって興味深い。ともかく直接的な体験を鮮明に書いている。『やがて哀しき外国語』は、アメリカ生活で感じ、考えたことをテーマを選んで書いている。

村上春樹がアメリカで生活し、執筆を始めたときは、私が家族でカリフォルニアに移り住んで2年経ち、生活を立てあげるのに苦労していたときであり、いまのミニストリーを始めたときでもある。実際に『やがて哀しき外国語』を読んだのはそれから8年経って1999年ぐらいであったが、私なりのアメリカ体験があり、思うところがあったので、同意しながら、時には代弁してくれているような気になって、時にはなるほどと感心しながら読んだ。本を紹介してくれた人がいたわけでなく、小説のようにストーリーとしての舞台装置があるわけでなく、彼が経験し、思ったことと私自身の経験し、思わされたことがストレートに結びついた。水平的な村上春樹体験であった。

『やがて哀しき外国語』の「あとがき」で村上春樹が言っていることになるほどと思わされた。「長く日本を離れていていちばん強く実感することは、自分がいなくても世の中は何の支障もなく円滑に進行していくのだなと言うことである。」彼はすでに『ノルウェイの森』で超ベストセラー作家になっていたわけであるから、彼がもし飛行機事故でなくなったら大変な記事になるのは明らかであるが、それでも世の中が混乱することはなく、困ることもないと言う。そこまで言われたら私が日本からいなくなっても誰も、何も困るわけでないこと明らかだと納得できる。

「外国に長く出るというのは社会的消滅の先取り=疑似体験であると言っていいような気がする。」社会的な存在の死である。日本で生活し、その役割に追われている状況では、「自分の無用性」に付いて考える暇はないのは確かであると言う。社会的な存在の死を体験することで、本来の自分のあり方の再確認をすることにもなる。星野富弘さんのように社会的、身体機能的な死を経験することで、星野さんの本来のものが生きてくるのであろうと思わされる。

ここまで言えるのはすでに村上春樹がその前のヨーロッパから始まって海外生活で自分をしっかりと見つめているからである。海外にいても日本をそのまま引き連れている人もいる。村上春樹はプリストン大学でそのような日本での身分や、場合によっては自分の偏差値まで引き合いに出している人がいると言う。教職者の身分でアメリカに2,3年留学をされても、日本人としての尺度だけでアメリカを見てしまう人がいる。教職者の場合にはその尺度を捨てて、聖書の尺度を身に着ける大変よい機会であるが、日本人としての尺度を固持することが聖書的と思っている。

村上春樹のこの洞察は私に深い納得を与えてくれた。社会的消滅はそんなに気持ちのよいものではない。そのような身分があり、地位があればそれで自分の役割を演じることができる。私がアメリカに家族で移ることになったのは44歳の時であった。いちばん働き盛りなのにとある人から言われたのを覚えている。実際にアメリカに移ってから数年は皿洗いやペンキ塗りをしながら何とかミニストリーを軌道に乗せるのに腐心していた。その上に信じられない導きで自分の家を建てることになり、ともかく数年は肉体労働に追われていた。それでもその間不思議に日本のことも、自分の立場のことも全く気にならなかった。

残っていたのは自分と神のことである。どうすることが神に喜ばれるのかという信仰命題的なことよりも、どうすることを自分が一番求めているのかと神に問われたときである。既成の体制のなかで求められることでもなくて、人の期待に応えるためでもなくて、ただ自分の心が一番必要としていることで、同時に神が許してくださることを祈り求めた。ミニストリーはそのようなかで与えられた。村上春樹のこの洞察に接したのはミニストリーが始まって8年ほど経っていたときなので、ただうなずくばかりであった。

 

村上春樹自身の社会的消滅の経験は、彼の小説の普遍性を生み出している。社会的な文化的なものを越えて彼の小説が世界的に読まれている。それは、ともかく人としての存在の誰もが抱え、彼もが苦しんでいることに触れることができているからである。小説の舞台は紛れもなく日本であり、日本人であるが、そこで展開されることは人の心であり、人が日常生活でふっと感じさせられる不安であり恐怖である。どこかから襲ってくる闇であり、深い泥沼に引き込む暗闇である。

アメリカでじっくり生活をして分かることは、アメリカ人も日本人と同じように、同じようなことで心のなかで苦しんでいることである。表面的な違いは確かにあるが、アメリカ人も劣等感や、アイデンティティーや、依存症で苦しんでいることが手に取るように分かる。言葉や生活様式の違いは全く表面的なものになる。問題の出方が少し異なったり、対応が異なったりしているだけである。そのように思っているので、教職者や宣教師が文化論を持ち出してくるとどのように対応したらよいのか困惑してしまうのである。

『やがて哀しき外国語』は一見村上春樹の文化論とも読める。最初にヨーロッパに脱出した経緯はあまり書かれていない。多分その前に出した『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』に関して心外な批評を、いわゆる分かったようなことを言っている批評家から言われて、怒りを覚えて日本を脱出したのではないかと勝手に想像している。アメリカにはプリストン大学に招かれて来た。それぞれ日本を出ていった理由は違うのであるが、『やがて哀しき外国語』では結構日本のことも書いてある。「アメリカで走ること、日本で走ること」というテーマはその意味でおもしろい。それでも文化論に終わっていない。アメリカと日本の違いを見る彼の視点が浮き彫りにされている。

その村上春樹の視点は、日本に属しているわけでもない、もちろんアメリカにあるわけでもない。彼自身が持っているものであり、彼固有のものである。それでいながら世界に通用するものである。その意味でアメリカには私よりはるかに短い滞在でありながら、アメリカが抱えている課題を見事に捉えている。世界を旅をして生活をしながら村上春樹自身の視点が定まってきたと言える。その視点が世界に通用している。小説の舞台は日本であっても、そこで展開される心の世界は普遍的な意味合いを含んでいる。

 

『遠い太鼓』の「はじめに」に『ノルウェイの森』と『ダンス、ダンス、ダンス』を書いたときのことが記してある。「このふたつの小説には宿命的に異国の影がしみついているように僕には感じられる。」日本にいてもこのふたつの小説は書いていたと思うが、違った色彩を帯びていたであろうと言う。「はっきり言えば、僕はこれほど垂直的に深く『入って』いかなかったであろう。良くも悪くも。」実際にはどこが「宿命的な異国の影」なのかを言うのは難しい。しかし「垂直的に深く入っていった」ことは分かる。

海外で生活していたら自分を見つめる以外にない。いつでも日本に帰ると思っていたら日本の枠をしっかり持ったままで我慢すればよい。そう簡単には帰れないと分かったら覚悟しなければならない。外的にも内的にも自分を見つめることである。人に頼ることはできない。誰もこうしろとかああしろとかは言わない。自分で決めなければならない。そのだけ自分の世界にそのまま入ることができる。ストレートに入ることができる。多くの場合にストレートに深く入る以外にないのである。

自分が何を求め、何を必要としているのかが見えてくる。逆に言えば、自分が何を失い、何を欠いてきたのかが見えてくる。定められたレールに乗って、決められたことをこなしていることでは見えなかった自分が見えてくる。自分の人生をしっかりと責任を持って考えていくことになる。誰も何も言わないし、誰にもないも言われない自分の人生をしっかりと責任を持って生きていく以外にない。

作家として村上春樹は書きたいことが分かっていた。そのように言っている。その書きたいことにストレートに入っていくことができた。それは彼の心の渇望であり、彼の人生が必要としていたものであった。日本にいても書いたであろうと言っている。しかしそれほど「垂直的に深く入った」いったのは、ただ自分を見つめながら、心から湧き出るものを書いたからである。誰のことも、誰の意見も気にしないで、書きたいことを直截に書いたのである。

それが結果としてどのような「宿命的な異国の影」を醸し出しているのかは的確には表現できない。村上春樹はそれが「しみついている」と言う。またそれしか言えないという。実際にはギリシャで書き始め、シシリーに移り、ローマで完成したと言う。言えるとすれば地中海的な穏やかさ、温かさではなくて、まさにノルウェイの薄暗い森の臭いが染み込んでると言える。どちらにしても日本では削がれてしまいそうな集中力と創造力をもって書いたことが分かる。そのように垂直に深く入ったところは村上春樹自身の心である。それが文章化されることで、その心に染み込んでいた趣が逆に異国にも響いていったのである。

 

村上春樹の作品を批評したりコメントをしたりすることが目的ではないが、ただ彼が数年日本を離れ異国の地で生活をし、小説を書いたのは、作家としての資質を飛躍的に高めることになったように思う。人間としての求めが明確になり、取り扱う課題に直截に入っていくことができたからである。結果として彼の作品はグローバルに読者を惹きつけている。

流れとしては『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』を刊行した次の年からヨーロッパでの旅が始まり、『ノルウェイの森』を書き出している。ファンタジー小説とリアル小説とも言えるほど趣を異にしている。ただ『ノルウェイの森』ではリアルな設定のストーリーに垂直に深く入ることができた。日本でのうるさい声を一切後にして、心の深くにあるものを見つめながら、リアルな設定の上にその思いを直截に出している。そしてこのふたつの作品で出てきたファンタジーとリアリティーはその後の彼の小説に受け継がれている。

海外で生活をしているときには否応なしに自分を見つめることになる。時にはそんな時間が悠々と何時間も続くことがある。結果として自分が何を求めているのか問われてくる。自分がしたいこと、人生ですべきと思うことに集中してくる。そして少なくともアメリカではそれが法に外れていなければ思い存分することができる。そのために努力していることが分かれば周囲が認めてくれる。そのために皿洗いやペンキ塗りをしてることも理解してくれる。ミニストリーはそのようにして始まった。

日本にいたらできないことがある。雑音に振り回されたり、心が萎縮してしまったりする。周囲を気にしながら文章を書いたら趣が異なってしまう。同じことを同じようにすることが求められる。外れることは心情的に許されない。なんだかんだといって締め付けてくる。村上春樹はそんな状況を「先端的波乗り競争」「文化的焼き畑農業」「文化的消耗」と呼んでいる。

村上春樹は日本ではいわゆる文壇に入らない。いわゆる批評家の批評は読まない。メデアにでない。いわゆる文学賞の審査員にならない。サイン会もしない。結構はっきりと方針を出している。それなりに厳しいことだと思う。そんな決別を海外生活をすることで内外とも示したのだと思う。結構いろいろなことを言われたことをどこかで述べている。いまではそんな雑音も出ても届かないほどの高みと言うより、深みに村上春樹はいる。

 

自分がいなくても日本が変わるわけでなという「社会的消滅の先取り=疑似体験」と、「宿命的な異国の影」という村上春樹の体験はそのままどこかで自分のものに結びついてくることなので、このふたつの本はすんなりと直接的に私のなかに入ってきた。海外で生活しているがゆえに経験させられていることを文章化していることに親しみを覚える。小説とは違った体験である。海外で生活しているがゆえの共有体験を許してくれる。小説を通しての体験はかゆいところに手が届く感じであるが、このふたつの作品を通しての体験はお腹のあたりで感じることができる。身近で親しみがある。

彼はおかしいのではないかという荒井先生のコメントは、村上春樹にある一面を語っている。このふたつの作品は彼の直接的な面を示している。当たり前の世界を提示している。そのぶだけ読んでいて安心をする。確かなバランスをもって書いていることが分かる。自分の目の回りにあることをしっかりと見つめていることが分かる。その描写は見事であるが、不思議に親しみを覚える。読みながら、規模も資質も全く比べものにならないが、自分もミニストリーで経験したことをニュースレターなどで書いてきたことを思い出した。出会った人や体験したことを私なりに文章化してきたことを思い出した。

村上春樹のこのふたつの作品は、私自身の拙い体験を掘り起こしてくれた。隠れたところでもじゃもじゃしていたものを表に出してくれた。ミニストリーとして体験し感じたことを文章化することを促してくれた。私の拙い文章でも誰かの体験を少しでも刺激することができるかも知れないと思うようになった。体験は全く自分だけのものでありながら、どこかで共鳴を引き起こしていくことが分かった。そんな思いがあってミニストリーとしてのホームページで「ウイークリー瞑想」と「神学モノローグ」を書くようになった。すでに書きだしていたのかも知れないが、大いに刺激されたことは確かである。

 

村上春樹の文章について語ることはできない。ただ彼が情景をそのまま描いていることで、また小説の場合はストーリーを通してある場面を描いていることで、不思議にその中に引き込まれる。当たり前の情景であり、特別の場面でないと思わせる。そのように引き込まれることで共有体験をさせられる。共時性を感じる。村上春樹は自分の文章で何かのメッセージを伝えようとしているのではないとどこかで言っている。共有体験をさせられることで自分のなかに沈んでいたものが引き出される。文章を提供するというのはそのような共有体験の場を提供することだと分かる。他の人との共時性を獲得するためである。

このことはしかし説教者にとっては難しいことである。どうしても何かのメッセージを伝えたくなってしまう。教えたり、伝えるのが使命だと思ってしまう。どんな文章でも最後はお説教になってしまう。そのお説教の部分がなくても充分に伝わるし、逆にないだけ読む人に自由を与えてくれる。そんなこともあって「ウイークリー瞑想」では説教をしないことを心がけている。

村上春樹の文章は読み手に自由を与えてくれる。どのような取り方でもできるような面がある。というよりいろいろなドアがあって、どのドアから入るかでそれぞれの場面が展開されてくるところがある。あるやり取りで、村上春樹の文章が国語の試験問題になっていて、その意味は何か、次のなかから選びなさいと言うのあったと言う。そんなのはおかしいですようねと村上春樹が言っている。とても安心した。国語のこの種の質問にはいつも疑問を持っていた。読む人によって随分異なってくるのではないかと思っていた。村上春樹があっさり言ってくれて安心をした。

『ノルウェイの森』は大学ノートに書き、次の作品からワープロに変わり、最後はマックのパソコンで書くようになったと記している。手書きとワープロやパソコンで書くのと文体に違いが出てくるのかとことで、分からないと言っている。夏目漱石や谷崎潤一郎や三島由紀夫や吉行淳之介の文章はワープロやパソコンでは書けないだろうとも言っている。その辺の機微は分からないが、パソコンの進歩とともに文章を通してのミニストリーの役割が大きくなってきているのは確かである。マックでないと書けないとまで言っているのも分かるような気がする。

 

『やがて哀しき外国語』と『遠い太鼓』を読んで村上春樹が身近になった。親しみを覚えた。一見不可思議と思える小説を書いているもうひとりの村上春樹とのバランスがとれてきた。誰もが影の部分を持っている。それが彼の小説に出てくる。誰もが日常の生活を送り、時には旅に出ていく。そこで経験したことがこのふたつの作品で描かれている。小説で描かれていることも自分の一部であることが分かる。小説家だけが特別な人種ではないことが分かる。むしろ村上春樹の苦悩が身近になってきた。

彼の文章も親しみを感じる。一見誰でも書けそうだと思える感じで書いている。あなたも書いていいのですよという感じを与える。少なくとも私はそんな感じを持った。もちろん彼のようには書けない。ただ自分の書きたいように書いたらいいのだという促しを与えてくれる。そんな思いが募ってきて、私がその時経験していた男性だけの集会で出てきたことをまとめてみたいと思った。それで拙書『夫たちよ、妻の話を聞こう』を書くことができた。何とも言えない村上春樹体験である。

自分の文章がどのようなものなのか自分では分からない。ひとりの方が村上春樹の影響を言ってくれた。この方は村上春樹の千駄ヶ谷のジャズ喫茶「ピーター・キャット」でボブ・ディランをリクエストしたこともあると言う。この方も大変な文章を書く人である。信仰の世界のことで真剣にやり取りをしたことがある。それ以来私の文章にも真剣に接していてくれる。その人からも大変な刺激をいただいている。

 

上沼昌雄記

「村上春樹・体験—その2」2006年6月20日(火)

『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』

 

昨年の12月に映画「ナルニア国物語・第1章・ライオンと魔女」がアメリカで上映された。そして本も読んだ。映画は3月に日本でも上映された。2月のシンガポール、5月の日本、6月のポートランドでの奉仕でナルニア国物語のファンタジーを紹介しながら、パウロがエペソ書の最初でどのように三位一体の神の世界に導かれていったのか語ってきた。三位一体の神はファンタジーではない。ただ現実の世界から神の世界に導かれる道筋を知る上で、手がかりをいただくことができる。

C.S.ルイスはすでに半世紀前に聖書をもとにしてこのファンタジーを書いた。多くの言語に訳され読まれてきた。そして昨年映画化された。聖書の背景を知らなくてもナルニア国物語に引き込まれていく。不思議に意味を捉えることができる。むしろファンタジーで描かれていることで心が自然についていく。誰の心にもある愛や憎しみ、正義と悪の闘い、犠牲と勝利、気づいていようといなくても心の深くで相克している世界がファンタジーで描かれることで深い、静かな納得をいただくことになる。

時代が進み、溢れるような情報に囲まれ、生活様式が安定しているようにみえても、心の不均衡さはいつもついて回る。外からの刺激やもっともらしい命題だけでは人生をやっていけないことを知っている。心はいつも不安定さを抱えている。そんな心がファンタジーで描かれることで、包み込まれるような感じでストーリーに付いていくことができる。物語のある場面が自分の心にあるある断片を語っていることに納得する。教えや命題として無理に納得させるのではなく、ストーリーに沿って自分の心を観ることができる。それだけ安心して受け止めることができる。

パウロが三位一体の神の世界に導かれ、その情景を描いているときにも、彼自身の内的な格闘があって父なる神と、子なる神と、聖霊なる神に結びついていることが分かる。抽象的な三位一体論を書いているのではない。彼自身の心の延長線上に、そこに信仰の闘いと内的な瞑想を通して、三位一体の神の交わりの真ん中に導かれていることが分かる。三位一体の神の麗しい世界が彼の心に反映されているとも言える。神と私たちを結ぶ梯子はない。しかしパウロは不思議に神の世界に導かれているのである。

ナルニア国物語で子どもたちがかくれんぼをしていて、衣装ダンスに隠れたら、そこがナルニア国に通じる入り口であった。思いがけないことでおとぎの世界に導かれた。意図したことでも計画したことでもなかった。それでもそこにあった。パウロも考え抜いて三位一体の神に至ったのではない。当時投獄されていたが、そんな束縛を飛び越えて、三位一体の神の世界に入っている。獄中で気がづいたら三位一体の神の懐に抱かれていることが分かった。どこかで神への入り口に出会った。そして導かれた。不思議な道行きである。

 

そんなことを思っていたときに、似たようなストーリーの展開が村上春樹のどこかの本でなされているのではないかと思った。特に子どもたちが衣装ダンスを通してナルニア国に導かれる筋立てに似たようなものがあるように思った。そして『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』を読み直してみた。主人公である「私」が計算士として雇われたあるオフィスに行ったところ、そこのクローゼットの中にあった洋服だんすがワンダーランドに通じる入り口であった。

確かにこの小説自体が一つのファンタジーである。その入り口として同じような設定になっていることが分かった。村上春樹がルイスのナルニア国物語を真似をしたと考える必要はない。ファンタジーの世界への入り口が同じような設定で描かれているだけである。その共通性を確認することができた。そしてクローゼットのなかの洋服だんすに導かれるようにして、『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』を読み直し、さらに読み返すことになった。最近起こった村上春樹体験である。

その入り口から梯子を何段も降りて行かなければならない。しかも入り口の扉を閉じてしまうと完全な暗闇の世界である。そんなことで始まるこの物語は、下に向かうファンタジーである。闇のファンタジーである。残念ながら上に向かうファンタジーではない。光りのファンタジーではない。下に下に向かうファンタジーである。完璧な闇に包まれるファンタジーである。しかし最後の最後で光が差し込み、上に向いてくる。見事なエンディングである。

主人公「私」が降りていったところは東京の地下鉄の下のやみくろの支配する世界である。その中にあえて研究所を持っている老博士を訪ねていく。その老博士によって「私」の意識の世界が操作されてしまっている。「私」はその時点では何も気づかないのであるが、すでにことは動き出してしまっている。と言うのはやみくろの支配する世界の向こうにと行ったらよいのか、さらにその下と行ったらよいのか、ともかくどこかであり、どこでもないもうひとつの世界にすでに入ってしまっているからである。それが「世界の終わり」の世界である。それは下意識の世界、無意識の世界である。そこでは主人公は「僕」である。

物語は「私」のストーリーと「僕」のストーリーが交互に、しかも連動しながら展開していく。すなわち、意識の世界と無意識の世界が相互に関わり合いながら、どちらが主導とも言えないかたちで進んでいく。主人公はその連動にはほとんどの場合気づいていない。しかし物語としては微妙に相互に関わり合いながら展開していく。もともと無意識の世界は意識されていないわけなので、その関わりを物語として展開しているのは想像を超えた創造力であり、それをストーリーとして記述しているのは大変な文章力である。

主人公は年齢を証している。35歳である。それは村上春樹がこの小説を書いた年でもあった。本としては1985年に刊行されている。作者が30代の半ばに書き上げ、80年代の半ばに刊行されたというのは意味があるのであろう。彼は、当時は単なる言葉の遊びに過ぎないと酷評されたが、時の経過ととにその意味を分かってもらえるであろうと言うようなことをどこかで言っていた。恐らく作者にとって大きな意味合いを持っているものなのであろう。またジョン・レノンの暗殺で始まり、バブル経済絶頂期の80年代の人の心を語っているとも言える。

 

「僕」がどのようにして、またいつ「世界の終わり」の世界に入ってしまったのかは分からない。それは「僕」自身の世界であり、選びようのない無意識の世界である。ただある時点でその選びようのない世界、しかも「世界の終わり」と名付けられた世界にいることを老博士は「私」に示唆する。「僕」はもちろんそんなことは知らない。「私」は言われて、そのような世界があることは分かるけれども、どのようなものなのかは思いつかない。「私」の表層意識の下、深層心理のことである。ストーリーを読んでいる私たちにはその関わりが提示されている。

老博士は「私」の意識下の世界を記号化し、数値化している。数値化したものをヴィジュアル化までしてしまっている。つまり「私」の知らない、気づいていない、意識に上ってこない世界をヴィジュアル化することで、「私」の無意識の世界を老博士は見ている。そこで見た一角獣の頭骨のレプリカをおみやげとして「私」に渡す。勿論「私」はその意味が分からない。ただ何かを示唆していることは分かる。

その一角獣は「世界の終わり」の世界からもたらされる。しかし一角獣は7メートルの高さの壁に囲まれた「世界の終わり」の壁の外に住んでいる。昼間だけ門番に導かれて壁のなかに入って草を食らう。夜になると壁の外で深い眠りにつく。「僕」はそんな獣の生態に関心を持つ。一角獣はただ壁のなかにいる人たちの記憶を吸い込みながら、壁の外に静かに住んでいる。一角獣だけが壁を通って出入りする。誰も壁の外にでることはできない。一角獣だけが壁の外に住んでいる。それで意識の世界に連動してくる。

「僕」は壁のなかに入るために門番に自分の影を預けなければならない。影と切り離される。影は怒る。誰も影を持って「世界の終わり」に入ることはできない。仕方のないことである。決まっていることである。影を失うことは心を失うことである。心を失うことは感性も失うことである。ただことはあるがままに進行し、そこに悲しみも苦しみも感じることはない。同時に喜びも感激もない。ただことは時間のなかであるがままに進むだけである。影がまだ生きているうちは心の残りを持ている。影が死んでしまえば、心は完全になくなってしまう。

「僕」は壁のなかで心を失いつつある。まだ完全には失っていない。影が死ぬまでに心を回復できるかどうか分からない。ただ「僕」は心を回復したいと思う。しかし高い壁に囲まれている。それはまさに「僕」の心の姿である。「僕」の心は閉ざされてしまっている。固い殻に囲まれている。壁はメタファーである。誰も寄せ付けないバリアーである。この物語の最後でそんな姿を「かたつむり」で表現している。

 

「私」のなかでは意識の世界と無意識の世界が、右ポケットと左ポケットのようにきれいに切り離されている言う。老博士はそれゆえに「私」の脳のなかに操作をすることができたと言う。26人に同じ操作をしても、「私」だけが生き残ったと言う。他の人は切り離されていなかったために操作中に脳のなかで漏電のようなことが起こって全員死んでしまった。「私」だけが生き残った。それは無意識の世界が固い殻のように囲まれていたからであると言う。

しかし「私」の脳は老博士によって第3回路にまで結びつけられている。すなわち「世界の終わり」への回路が付いてしまっている。そのことでどのようなことが起こるのか老博士は知りたいと思った。しかしそんな老博士の意図とか関係なしに、回路が結びつけられたことで「世界の終わり」の「僕」にも何かが連動してくる。何かが動き出す。心の回復を願う。そのための苦闘が始まる。「私」はその老博士の研究を盗もうとする人たちのためにとんでもない暴力を受ける。ハードボイルドである。あたかも「私」の壁が打ち破られるための闘いのようでもある。すべてがメタファーになってくる。

「僕」は「世界の終わり」の図書館でそこに備えられていた獣の頭骨を通して夢読みをする。それを助けてくれる図書館の女の子に出会う。「私」は老博士からいただいた一角獣のことを調べに図書館に行ってその図書館の秘書をしている女の子に会う。「僕」は女の子に惹かれるがどうして良いのか分からない。彼女の影はすでに死んでしまっている。彼女のお母さんは影を完全に消すことができなくて、そのために街には住むことができなくて森に住んでいると言う。彼女も「僕」を助けたいと思う。もうひとつの図書館の女の子は一角獣の資料を調べて「私」を助けてくれる。「私」と彼女は近づいていく。

「私」はしかし、老博士によって脳が第3回路まで結びつけらたままである。第1回路、すなわち意識の表層の世界にまで戻らなければ、そのまま意識を失うことになる。それが死を意味するのか、不死を意味するのか分からない。戻るためのデータを敵に全部奪われてしまって、どうすることもできないと結構のんびりしたことを老博士は言う。そのための時間の制限がある。時限爆弾のようにある。

それでも「私」は不思議に自分の回りの世界が気になってくる。よく見えてくる。投げ捨てられた女の子の衣装に目が向いていく。認識がしっかりしてくる。認識がしっかりしてくると責任もでてくる。「僕」も回りの音に心が向いていく。夢読みを繰り返していても出口がないことにいらだちを覚える。何かをしなければならないと思う。影に求められて「世界の終わり」の地図を作る。影が死んでしまう前に助けなければならない。影が死んでしまったら「僕」の心も完全に死んでしまう。「僕」も動き出す。時間の制限がある。厳しい冬が待っている。

 

「僕」にはまだ影がいる。影を残したままで森に追いやられたお母さんの話を女の子がする。お母さんがことばを繰り返して何かを言っていたことがあったという。それが唄であったと「僕」は気づく。ふたりで楽器を探しに行く。森の手前にある発電所の管理人が持っていると門番が教えてくれる。発電所は地下から吹き上げてくる風を電力に代えている。その風は「私」がやみくろの世界を通過するときに地下の穴から吹き上げていた風のようである。そして風を起こして音を出す手風琴を手に入れる。

広い寒々として図書館でふたりだけで心の話をしているときに、彼女はこの手風琴が何かももたらしてくれるかもしれないと言う。「僕」は楽器にさわる。ある音を出し、音階を代えてまた音を出す。そんなことの繰り返しのうちに音の繋がりが「僕」の心に響きをもたらす。何かが響いてくる。何かがまとまりを持って届いてくる。それは「僕」が知っていた唄だった。「ダニー・ボーイ」と気づく。「僕」はしばらくその曲を弾き、心で歌う。心を回復する。心に温まりが出てくる。「ダニー・ボーイ」が心の隅にまで届いてくる。彼女は涙を流す。

同じ時に「私」は彼女と一緒にソファーにいてビン・クロスビーの「ダニー・ボーイ」を口ずさむ。好きなのかと彼女が聞く。小さいときによく歌っていたという。アイルランドの民謡である。お母さんが戦場にでていく息子、ダニーに歌った詩である。ビン・クロスビーが歌っていれば父親の立場になる。あたかも放蕩息子に自分のところに帰ってくるようにと歌っているともとれる。

手風琴という風を吹き出すことで音を出す楽器で、「ダニー・ボーイ」がでてくる。風と愛の唄である。吹く風に弾かれてでてくる愛の唄である。心の響きである。心が響くことでいのちが戻ってくる。今まで失われていた記憶に響きが届くことで生き返ってくる。その響きがさらに余韻のように心の隅にまで広がっていく。「僕」の心は戻ってくる。「僕」の記憶はよみがえってくる。

「世界の終わり」は何と言ってもどんよりとしたいのちのない世界である。その描写に誘い込まれる。そのどんよりと静まりかえった図書館で「ダニー・ボーイ」の曲が奏でられると一面が明るくなる。どんよりと死んだような空気を払いのけるいのちを感じる。何度もこの場面を読んだ。その情景を思い描いてみた。「ダニー・ボーイ」がやさしく響いてくる。世界中の人の心に届いている唄である。

そんなことを思っていたときに、友人の牧師ががフィギア・スケートで金メダルと取った荒川選手がエキジビションで使ったCeltic WomanYou Raise Me Upを教えてくれた。そのアルバムに「ダニー・ボーイ」も入っていることが分かってすぐに手に入れた。ケルトの女性が歌うやさしい響きを持った「ダニー・ボーイ」である。何度も聴いている。この場面を思い起こしながら聴いている。まだビン・クロスビーのものは聴いていない。この本の英訳では「ダニー・ボーイ」の歌詞まで載せている。それも気の利いたことである。

 

「僕」が唄で心が温められているときに、光がどこからか差し込んでくることに気づく。天上の薄い電灯の光りではない。輝くような光りである。それが今まで死んでいたような頭骨からでていることに気づく。その内側から光を放っているのである。そして「僕」の目がその光りに耐えていることに気づく。門番に傷つけられた目は光を受けることができなかった。今その目が癒されていることが分かる。光りを見据えることができる。光りの温まりを心が受け取ることができる。

同じ時に彼女のソファーでぐっすり寝ていた「私」は彼女に起こされる。テレビの脇に置いてあったレプリカの骨が光を放っていたのである。その光も優しさを醸し出すもので、彼女も安心をする。手で触ってみる。その温かみは「私」のなかに何かの癒しをもたらしているように思う。「私」はそれがどのようなものか分からないが、何かの変化が起こっていることを認める。

「僕」はいま光りをたたえている頭骨が抱き込んでいる記憶を読み解いていく。以前よりもはっきりと読むことができる。いろいろなことが結びついてくる。それは彼女の心である。彼女が失った心である。彼女の心がよみがえってきた。「僕」は彼女を特別のように思う。彼女も「僕」を慕っている。愛がよみがえってきた。彼女と一緒にいたいと思う。

しかし影は「僕」の作った「世界の終わり」の地図をたよりに脱出の計画を立てている。「僕」も同意している。それが一番良いと思っていた。それしかないと思っていた。壁は高くてとても脱出はできない。門からは抜け出してもすぐに門番に捕まってします。影が考えついた方策は、南の水のたまりである。そのたまりは生きている。そこだけが地下水を通して外の世界と通じていると確信している。「私」がやみくろの世界から脱出するために通った水のようである。

「僕」は死にかけている影を門番の目を盗んで南のたまりまで連れて行く。そこで影だけを脱出させて「僕」は「世界の終わり」に止まることを告げる。影は当然驚く。しかし「僕」はその理由を言う。それはこの「世界の終わり」は「僕」自身の作り上げたものであると分かったからだと言う。この壁も、その街の川も、獣たちが死んで焼かれる煙も自分が作りだしたものだと言う。それで責任を取らなければならないと告げる。

影はそれを初めから知っていたと言う。ただ黙っていた。「僕」が知らなくても影は知っていた。その影が知っていたことを「僕」がいま知ったので、影がいなくても「僕」は生きられることが分かった。それで「世界の終わり」に止まる決心をした。影はそれ以上説得できないと分かってたまりに飛び込む。「僕」は雪の中を戻っていく。鳥が壁と飛び越えて飛んでいくのが見える。

「世界の終わり」は「僕」がいる無意識の世界である。その「僕」の影はまさに「僕」の無意識の世界である。しかし「僕」はいま自分の無意識の世界のことを自分で知ることができ、新しい目で観ることができ、受け入れることができ、その責任を取ろうとしている。無意識が果たしている役割をいま「僕」は果たそうとしている。心を回復したのである。影を送り出して森で生きなければならないとしても、それよりも責任を果たすことを選び取る。

「僕」は回復した。少なくとも回復に向かっている。壁は今までように固く閉ざされたものでない。どこかでほころびを持ってくる。門番は「僕」をこれ以上縛り付けておくことはできない。冬は終わろうとしている。どこからから新しい風が吹いてくる。そんな不思議な余韻を残してくれる。

「私」はその時を覚悟して迎え入れる。死なのか不死なのか分からない。「私」も自分の置かれた状況をしっかりと受け止めようとする。ボブ・ディランの音楽を聴きながら待っている。ただ「私」は「僕」が回復したことを知らない。「僕」の影が「私」に戻ってくることを知らない。「私」は静かにその時を待っている。

 

『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』をどのように理解するのが良いのだろうか。私は意識の世界と無意識の世界の連動という視点で観た。といっても心理学者のようにその関わりを解明しようとしているわけでもない。作者が意図していたことでもなかった。それは老博士が取り組んでいた研究でもなかった。村上春樹はどこかで、自分はフロイトやユングの心理学を学んだわけではないとあえて言っているところがある。それを老博士を通して言ってる。

「私」が再度老博士を訪ねたときに、どうして「私」の脳にそんな操作をしたのかを問うたときに答えている。どんな操作してもその人の自発性をどうしたらよいのかという件である。「これを追求していくと、神学上の問題になるのです」と剣呑なことをさらっと言いのけている。すなわち摂理のテーマである。神がすべてを決定していると言えるのかということである。

それで近代以降の研究の成果で、フロイトやユングがでてきて心の世界について様々な成果を発表してきたが、それは語る述語を見いだしただけで、自発性についての解明にはなっていないと言う。老博士によれば「心理科学にスコラ哲学的色彩を付与したというにすぎんですな」となる。心の世界、特に無意識の世界が少し分かってきて、その精神科学をスコラ的な概念での置き換えをしているに過ぎないとなる。すなわち形而上学的な言葉、記号の遊びに過ぎないとなる。

老博士はそんな理論のための議論をしている閑はないという。現実的に脳に回路を結びつけることでどのような効果が出てくるのかを考える。そのために生じる障害を除こうとする。それは悪の手に渡ってしまったら大変危険なことであると分かっている。それでやみくろ除けの装置を付けて東京の地下鉄の下にあえて研究所を作って、誰も近づけないようにした。

 

村上春樹はまさに、この老博士を通して言わせたような姿勢でこの無意識の世界を取り扱っている。精神科学や心理学のテーマとして説明を施しているのではなくて、意識と無意識の世界を小説としてストーリーのなかで展開することで、自分の課題として提示している。自分の意識下に自分で気づいていなくてももうひとりの自分が影のように存在している。その影は自分のことを良く知っていてだけでなく、多くの場合にコントロールさえしている。そのことを小説家としてストーリーでもって展開している。

それではどうしたらよいのかという問いを驚きを持って自分にぶつけている。村上春樹の小説の主人公は結構複雑な問題を抱えている。少なくとも問題を抱えていると主人公はどこかで気づいている。それは外に向かうものではなくて、内に向かっている問題である。すなわちそれで人に危害を与えるようなものではなくて、自分だけが気づいていて苦しんでいる心の問題である。それで犯罪のように社会問題なるというものでない。しかしそのことが人を傷つけてしまうことになることを知っている。

『国境の南、太陽の西』の「僕」はそのように人を傷つけてきた。『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』の「私」はむしろ老博士のゆえに、彼の研究をねらっている敵に文字通りに体に傷を受ける。しかしそのようなとんでもないことに自分が巻き込まれるスキを持っていることは分かっている。自分のなかに感情的な殻をしっかり持っているために外の刺激に無感動に耐えることができる。だから誰かが「私」を玄関マットのように踏みつけていってしまう。それで思いがけなことに巻き込まれてしまう。

それで変に人生に疲れている。疲労感にとりつかれている。「人生の中心からふつふつとと湧きおこってくる疲労感」を感じている。人生がどうでもよくなっている。離婚をしていてもそれに対しての感情もない。奥さんがある日突然でていってもその原因を探ることをしない。そのままである。あるがままにことは動いている。それはまさに閉ざされた「世界の終わり」である。そこにいる「僕」である。

その閉ざされた世界の壁のことを、「私」はまさに傷つけられてベットに横たわってスタンダールの『赤と黒』の主人公のジュリアン・ソレルの人生に同情しているときに気づく。15歳で自分の人生の要因が固定されてしまっているのは、逃げられない監獄に閉じこめられているのと同じだと思う。それは壁に囲まれているのと同じだと思う。そして壁のことが心に浮かぶ。「僕」はまさにその壁のなかにいる。

 

『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』のストーリーは、「私」の物語と「僕」の物語りが奇数の章と偶数の章と交互に続く。意識の世界と無意識の世界が相互に連動している。しかし解決は「僕」の世界で始まらなければならない。その意味では無意識の世界で支配されている。どのように関わり、どのように支配されているのかをストーリーのなかで見いだしていくのは結構な作業である。もともとどのように関わり、どのように支配されているのかは精神科医、心理学者でも分かっているわけでない。関わりがあるということは分かっていても、どのようにとなると必ずしも明確でない。それを村上春樹はストーリーを設定することで提示している。その微妙な関わりを伏線としてしっかりと織り込んでいる。

壁に閉じこめられた「世界の終わり」は主に秋から冬にかけての描写である。黒い雲に覆われ、じっと時の流れをそのままに過ごしていく。ことはすでに決まってしまっている。それを繰り返していても飽きることはない。心を失っているからである。ただ定められたことをそのままやり過ごすだけである。そしてまもなく雪に覆われる。そんな情景を思い描くことができる。

その冬の雪の情景は、「ナルニア国物語」で衣装ダンスを通して入っていって最初に出会ったのが魔女に支配されている氷の世界、雪の世界であることと結びつく。私たちの氷付いた心を語っている。いのちのない、すべては氷のなかに閉じこめられた世界である。愛のない、躍動のない世界である。ルイスがナルニア国に入る入り口に設定した氷の世界と、村上春樹が「世界の終わり」で設定した雪に閉じこめられる世界が共鳴してくる。

「ナルニア国物語」の冬の雪の情景が契機で、この「世界の終わり」の描写にことさらに心が向いていった。そして不思議に、また逆説的に慰めを覚える。それは取りも直さず私自身の心の描写であるが、描かれていて読むことができ、自分の心でまた描き直すことで、不思議に納得できるからである。ストーリーの「私」と私は随分違っていても、ストーリーの「僕」と私とは意外に近いことが分かるからである。そんな姿をみることでことで重しの付いたような納得が心の深くに収まっていることが分かる。

表層の世界、意識の世界では人はそれぞれ違う。しかしその表層の皮の下の世界では不思議に水脈が通じていて共通の世界が開かれている。その世界をストーリーとして提示することで、多くの人に届いてくる。メタファーであり、ファンタジーであることで多くの人が「世界の終わり」を共有できる。概念でも、命題でも、原則でもない。心を取り込む物語である。

おそらく村上春樹がこの小説を書いた80年代の半ばは、激動の60年代、70年代を終えて経済的にも安定してきて表層的には満たされてきたときなのであろう。しかし同時にその表層の皮をむいた一枚下の世界はより複雑になり、混迷になり、闇を増していったのであろう。村上春樹はそれを感じ取ったのであろう。あるいは先取りしたのかも知れない。『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』は確実に人の心を捉えてきている。20年以上経っても新鮮な響きを漂わせている。むしろ時と共にその意味がより増してきているかのようである。

 

聖書の福音は本来、この表層の皮を一枚むいた世界にまで届くものではないかと思う。現実には表層の世界で止まってしまっている場合が多い。福音が概念化され、記号化されてしてしまってクリスチャンの表層の世界にただのしるし、記録のように停止してしまっている。聖書には命題化できない世界がある。命題化することは聖書ある部分を切り捨てることになる。そして意識の表層の世界の出来事で満足してしまう。意識のなかでのやり取りとして操作を始める。多くの場合にそのやり取りを安定化し、固定化することでそれぞれのグループのあり場を決めている。すなわち、教派や教会のあり場を決めている。それで安心している。

聖書が概念の世界でなく、物語の世界であり、たとえの世界であるのは、表層の世界の皮を剥ぎ取っても福音がなおその下に届いていくことを意味している。下意識の世界、無意識の世界にまでいのちを与えていくことを意味している。もちろんはじめから無意識の世界を認めない強い傾向ある。福音による変革は意識の世界、すなわち理性と意志で成し遂げられると思っているところがある。しかし現実には何も変わっていないことを知らされる。表面的に変わったに過ぎない。心の深くはそのままである。

『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』は取りも直さず、福音が心の深くに届くにはどうしたらよいのかという大変な問題提起をしている。フロイトやユングの言っている意味での無意識の世界をあえて考えなくてもよい。ただ心の深く、どこか分けの分からないところで闇のようにあって、私たちを動かしている世界と言ってもよい。そんな世界にまでどうしたら福音を届けることができるのか問われている。

村上春樹もあえて意識・無意識というパターンを避けているところがある。そのような理論付けは信じていない。ただ作家として真摯に取り組んでいる。彼のそのような心が読者にも届いている。それに対してプロテスタントの福音派の福音提示はあまりにも命題的あり、それだけ教訓的であり、心が離れてしまっている。多分に心の深くで求めを感じている人の上を通過してしまっている。深いズレがある。

 

「世界の終わり」で「僕」は手風琴でようやく唄を思い出す。何度もそれを奏でる。その響きが心の隅々に届いていく。そして頭骨に光が輝いていく。光りの温かみを増していく。凍り付いた心が溶かされてくる。「ナルニア国物語」で氷付いた人たちがライオンの息で溶かされるように溶かされていく。深い遠い記憶が糸を辿るようによみがえってくる。失ったものを回復する。心がよみがえる。福音はそのように心の深くに届いていく。

ダビデは罪を犯して神の前から逃げていった。天に上っても、神はそこにいることを知る。よみに床を設けても、神はそこにいることを知る。結局自分の心の闇の世界に逃れても神から離れられないことを認める。認めることでやみも暗くないことを知る。そして言う。「罪ある者として母は私をみごもりました。」心の闇の奥に光りを届けることができた。闇の奥は母の胎にも通じている。そこにも神はいる。

パウロは神に喜ばれたいという思いとは別に、自分のしたくなことをしてしまうもうひとりの自分がいることに気づいて驚き、苦しむ。自分の心を探っていく。心の底に住みついている罪を知る。愕然とする。自分ではどうすることもできないことを認める。神が心の底にまで介入することを認める。神の恵みにすがる。パウロはただ恵みによって今の自分であることを知る。

自分の心の深くに、そこが闇に覆われた暗闇であっても、聖書と共に下りていくことができる。「やみを隠れ家」としている神に出会うことを知っているからである。光りが届き、新しい風が吹き込んでくることを知っているからである。失ったものが見つかり、心が回復してくるからである。

 

上沼昌雄記

「村上春樹・体験—その1」2006年6月12日(月)

『国境の南、太陽の西』

 

9年前にある人から「いまの自分の心を一番よく語っている」と言って村上春樹の『国境の南、太陽の西』の文庫版が送られてきた。その数週間前に日本で奉仕をしていたときに、その奥様から家を出て別居状態になったという連絡をいただいた。二人の結婚式に関わっていたこともあって責任を感じて、回復を願ってこの方に接触を試みた。その返事としてこの本がアメリカの住まいに送られてきた。

残念ながらこの方との連絡はその後切れてしまった。そのためにこの本は彼の言う「自分の心を一番よく語っている」という意味を知るための謎解きとなった。また同時に私にとって村上春樹の作品に接する契機ともなった。村上春樹の名前はベスト・セラーになった『ノールウエーの森』で知っていたが、読んだことはなかった。ただの現代作家のひとりだろうと思っていただけだった。

しかし送られた本を読んで何か惹かれるものがあった。謎が深まった部分もあった。それで『ノールウエーの森』から始めて全部の作品とは行かないのであるが、かなりのものを読んできている。まさにはまってしまったのである。よく村上春樹の話をし、拙書にもその一部を書いてきた。もともと小説を好んで読んできたわけでない。どちらかというと思想関係のもの、神学と哲学に関するものを読んできた。大学の時の友人は、いま私が小説を読んでいるのが信じられないと言った。自分にとっても不思議なことであった。

村上春樹の作品は、私のなかであちこちに散らばっていた想いというか、取り扱って来てはいるがそのままにしてあったものをもう一度考え直すと契機になった。ある時点でそれなりに考えていたと思うこと、またそういう課題が自分の人生でもあると気づいていながら、それらがそのままにファイルに閉じこめていたものが開けられるような経験をすることになった。多分彼の作品にはいろいろな場面があって、それこそ読む人の心にあるいろいろな襞に、まさにいろいろなかたちで引っかかっていくのであろう。

そんな経験をまとめてみたいと思った。私なりに9年間村上春樹の作品と付き合ってきて一度整理をしたいと思うようになった。といっても彼の作品を批評する気はないし、そんなことはできない。ただ彼の作品に接することで私のなかに起こったことをまとめてみたいと思った。それは村上春樹の私のなかの体験である。それで「村上春樹・体験」というタイトルを付けてみた。

その意味で『国境の南、太陽の西』はまさに思いがけない村上春樹体験であった。そしていまだにその人が言う「自分の心を一番よく語っている」という意味の謎解きになっている。こうなのかなと思うときがあり、またそうでもないのかなと思うときがある。それは多分その人が納得しているのと、私自身が感じることはもともと違うからのであろう。村上春樹の作品がそのような多様性を初めから持っているのであろう。そうなので謎解きなのであるが、結局は謎を解こうとしている私自身の体験になる。

 

『国境の南、太陽の西』は「致命的な欠陥」を抱えているという主人公「僕」の小学5年生から、37歳までの物語である。書き出しに「僕」が一人っ子であることで「何かが欠けている」思いに悩まされてきたと言う。作者自身もそうであると言う。恐らく誰もが「何かが欠けている」ことを感じながら人生を送っているのであるが、「僕」の場合には一人っ子であることが現実的に、メタフォリカルにその感覚をもたらしたのであろう。

その5年生の終わりに引っ越しをしてきたもうひとりの一人っ子の「島本さん」に「吸引力」のように引かれて、二人だけで音楽を聴いたりして満たされた時を持った。中学で学校が違い別れてしまったのであるが、「僕」が36歳の時に彼の前にもう一度現れてくる。そして同じ「吸引力」に引かれて、彼女と一緒に「太陽の西」にまで行ってしまいそうになる。

「僕」は高校の時の彼女「イズミ」を裏切ってしまう。理性をも何も吹っ飛んで彼女の従姉に走ってしまう。その従姉もひとり子だった。「吸引力」で止めることができなかった。イズミを裏切り、傷つけることが分かってもそうしないわけに行かなかった。結婚して娘二人がいても、しかもそれなりに満足できる結婚をしていても、「島本さん」が現れたときにはどうしようもなく、止めることもできないで、傷つけてしまうことも分かっていても、彼女と一つとなることを求めてしまう。

島本さんも大変は欠陥を抱えている。「僕」を誘うことは死に誘うことでもあった。彼女には「中間」はなかった。ヒステリア・シベリアナとい精神風土的な病気の話をする。シベリアの農夫が全く何もない荒野で毎日のように畑を耕しているうちに、ある日何かが切れて、鍬を放り出して、西に沈む太陽に向かって憑かれたように歩き出し、そのまま死んでしまうと言う。その「太陽の西」には何もない。

島本さんは消える。「僕」は妻「有紀子」のところに帰ってくる。当然妻を傷つける。有紀子は「別れたいのか」と聞く。「僕」は「分からない」と言う。有紀子は「いつかきっとこういうことが起こるだろうとは思っていたの」と言う。「僕」は言う。「でも正直に言って、同じようなことがもう一度起こったら、僕はもう一度同じようなことをするかも知れない。僕はまた同じように君を傷つけるかも知れない。」

 

と言うのが私なりの『国境の南、太陽の西』のあらすじであり、理解である。別の人は別の理解が成り立つ。村上春樹の作品にはいろいろな窓が開けられていてどこの窓を開けるかで家のなかの情景が違うように、読む人によって見る世界がち違っている。それを作者として許しているところがある。

それでこの本を送ってくれた人もその人の理解があってこの本が「自分の心を一番よく語っている」と言っているのあって、その意味を完全に知ることはできない。ただ私ながらにこのストリーをまとめながら推測しているだけである。当たっていなくてもよい。なぜならばその推測は私自身の課題だからである。つまり、この人の問題を村上春樹の本を手がかりに理解しようとしている私自身の視点が問われるからである。この人が差し出した謎解きをしても問題が解決するわけではない。この人の問題をどのように見ているのかが問われる自分の課題である。

この人は「致命的な欠陥」を抱えている「僕」と同一視することで、奥さんとこのようになってしまったことはどうにもならないと言おうとしているのだろうか。そのために他の女性に走ってしまったとしてもそれは「吸引力」によると言っているのだろうか。それにしても随分若いときからお互いを知り合っていて結婚をしたので、互いを必要としているという深い理解の上に彼らが歩んできたのだと思った。たとえ障害があっても乗り越えられるものと思っていた。

「致命的な欠陥」は誰もが抱えている。多くの場合にその欠陥を埋めるために一生懸命に勉強をし、仕事をしということで一時的に満たすことを求め続けて人生を終わってしまう。それに気づくことはそれなりに厳しいことである。この本では「一人っ子」というのはメタファーである。誰もが自分のことしか考えられない。自分の世界を越えることができない。人生で決定的なものを失っても、求めることもできなし、求めることもしない。自分の世界に閉じこもってしまうために、思いがけないところにはけ口を求めてしまう。

この人もそんな欠陥にこの出来事を通して気づいたのだろうか。もしそうであれば、それは積極的に捉えられることである。人生を振り返る大きな手がかりである。村上春樹の作品にはこの「致命的な欠陥」を書いた人のことが結構テーマになっているように思う。誰もがそれを感じているので共感をするのであろう。私にも響くものがある。

 

もうひとつ考えられるのは、島本さんが話したヒステリア・シベリアナの「太陽の西」のことである。シベリアの農夫はある日、自分のなかの何かが切れてしまって、西に沈む太陽に向かって飲まず、食わずで歩き続けてそのまま倒れるように死んでしまうのである。この本のタイトルの意味である。島本さんにはすでに何かが切れてしまって死を求めている。それ以上に自分の人生に何も求めていない。それはすでに死んでいることである。

この本を送ってくれた人も同じことを言いたかったのであろうか。自分のなかで持ち堪えてきたものが切れてしまって、もうどうでもよいと言いたかったのであろうか。彼はいままで築いてきたものを全部投げ捨てることになった。それでも結婚の回復を願っていなかった。もう取り返しがつかないと決めてしまったかのようである。自分の人生は死んだと言いたかったのであろうか。それでも助けを求めていたのであろうか。この人の心を知りたいと思った。しかし残念ながら音信が途絶えてしまった。

「僕」も憑かれたように「太陽の西」に向かって歩いていく。それで良いと思う。それを自分でも止めることができない。「致命的な欠陥」が駆り立てている。「その欠陥は僕に激しい飢えと渇きをもたらしたんだ」と言う。中年に近づいて誰もがそんな衝動に駆られるのであろうか。この人も同じように引かれるように「太陽の西」に向かって行ってしまったのであろうか。自分の「致命的な欠陥」に気づくことは危機である。それは蓋をしてしまっても解決にならない。向き合う以外にないのであろう。

「致命的な欠陥」は親を欠くことで始まる。親の愛を欠くことで致命的になる。兄姉がいないことで欠けになる。幼児時代に遊びがなかったことで欠けになる。受験に失敗したことで欠けになる。失恋で欠けになる。そして様々なことで欠けに気づかされる。欠けが生み出している衝動に気づかされる。満たされることを求める。衝動になる。それがその人の性格にまでなる。『国境の南、太陽の西』が惹きつけるものはこの「致命的な欠陥」なのかも知れない。

 

そして私が村上春樹の作品に個人的に惹かれるのは、そんな欠けを持った主人公が何とか回復を求めていることである。島本さんは消える。「僕」は妻のところに帰ってくる。彼女は死を願う。しかし言う。「ともかく私が死ななかったのは、私がとにかくこうして生きていられるのは、あなたがいつかもし私のところに戻ってきたら、自分がそれを結局は受け入れるだろうと思っていたからなのよ。」

「僕」は妻によって救われる。それは彼女の愛と言ったらよいのであろうか。そんなことばでは当てはまらない深さを持ったものである。村上春樹の作品にはさまよえる主人公がいて、それを助ける天使のような人物がいつもいる。ほとんどの場合女性である。この作品では「僕」の妻である。彼女の包容力に包まれると言ったらよいであろうか。彼女も大変な欠けを抱えている。それでも「僕」を受け入れる。

彼女は言う。「あなたは何もきっと分かっていないのよ。」「たぶん僕には何も分かってないのだと思う」と「僕」は言う。「そしてあなたは何も尋ねようとしないのよ」と彼女は言う。どうして尋ねようとしなかったのか「僕」は考える。メタファーである「一人っ子」を抜け出さなければならない。抜け出すように彼女は誘う。ナット・キング・コールが歌う「国境の南」には何かがあると思わせている。

結婚は互いが自分の世界を抜け出すための契機なのかも知れない。「一人っ子」というメタファーを誰もが抱えている。結婚はそんな「私」を破壊するための爆弾なのかも知れない。そのためには互い傷つく。それでまた乗り越えなければならない障害を知らされる。相手に尋ねること、その人の言うことに耳を傾けること、そんな根源的な作業をさせられるのが結婚である。根元的であればあるほど破壊的でもある。また創造的でもある。

 

上沼昌雄記

「アメリカの独立祭」2006年7月4日(火)

ウイークリー瞑想

 

今日はアメリカの独立祭(Independent Day)の日です。アメリカが国として独立した記念日です。人々は4th of Julyと呼んでいます。あまり歴史的な重みを感じません。ともかく仕事も休みで家族や友人たちとバーベキューをしながら楽しみます。暗くなってから、といっても夏時間を利用しているの、9時くらいからあちこちで本格的な花火が上がってきます。カリフォルニアでは山火事の心配があるので、個人での花火はかなり制限されているか、場所によっては禁止されています。またハイウエイーには「酒飲み運転、警察に通報を」という電子掲示板が出ています。それほどアメリカ人にとってお祭りの日なのです。記念するかのようにスペースシャトル・ディスカバリーが打ち上げられました。

 

世界史を勉強したのですが、ほとんどヨーロッパの歴史でした。すでに留学の時も入れると結構長い間アメリカに住んでいるのですが、この国の歴史を知らないままでいます。ヨーロッパに比べたら歴史があるのかとも言えます。日本に比べても同じことが言えます。たかが200年ちょっとの歴史です。しかしこの200年ちょっとの歴史がまさにアメリカです。過去へのこだわりがないことと、そのぶん国の成り立ちが明確であるからです。アメリカはこのような理念で国が成り立ち、その理念を貫くことがこの国のあり方だと言うことがはっきりしています。それがなかったら成り立ち得ない国です。それは自由と責任です。

 

15年前に自分で自分の家を建てることになりました。どのような家を建てることも自由ですが、これだけの最低の規則を守ってくださいという理念がはっきりしています。その最低の規則をクリアしていれば、後はどのような家でも立てることができます。誰からも文句は言われません。しかも自分で自分の家を建てることに関してはライセンスもいらないのです。それでも土台から配線、配管、その都度検査を通過しなければ次に進むことはできません。はっきりしています。それなりに結構面倒なことです。

 

材料も大工さんたちが買うのと同じお店です。同じものを使っています。もちろん規模とスピードは違います。私は人に聞きながら、お店で実物を組み立てながら、検査に来た担当者に逆に聞きながら、牛歩のようなスピードで3年半かかって何とか終えることができました。誰も私がやっていることに口を挟んだりしません。聞けば喜んで教えてくれます。時にはまったく初歩的なことも聞きました。いやな顔をしないで教えてくれます。そんな私をアメリカ人として受け入れてくれました。

 

ミニストリーの法人格の取得を始めたときにも、これだけの規則を守っていれば後はどのようなミニストリーでも可能であることが分かりました。私の場合には不特定多数を対象としているのですが、アメリカだけでなくて世界中の日本人のためであると書類に書いてそれで通じてしまいました。法人としての最低の規則も毎年財務報告が求められるしっかりしたものです。

 

自由と責任は結構緊張をします。どこかに張りつめて思いがあって生きています。もちろんリラックスして自由に考えて誰も思いつかないこともすることができます。アメリカはそのための許容量がかなりあります。だからといって何でもできるわけでもありません。そこには規則ではなくて、深い神の導きが必要です。自由は神のわざを促します。それでも思いを越えたところからの導きが必要です。

 

国のなりわい、時の流れに神はどのように関わっているのだろうか。神のわざは国の境、時の移りとは関係なしになされていると思いがちです。それで改めて国境を誰が定め、時の動きを誰が定めているのだろうか問うてみたくなります。神であると観念としては分かっています。それでも現実にいまの国の境と時の流れのなかで、神を信じていることがどのような意味があるのだろうと思うと、立ち止まって考えてしまいます。

 

日本人としてアメリカに住んでいて、家族としてアメリカの社会にかなり溶け込んでいて、それでいてミニストリーとしては日本人を対象にして、さて、なぜ、どうしてと今日アメリカの独立祭を迎えて考えています。そんなことを考えてもどこにも行かないのですが、どこにいるかは少しでも分かってきます。どこから来ているのかはさらに明確になってきます。

 

上沼昌雄記