「アラモアナ・ビーチ」2006年7月20日(木)

ウイークリー瞑想

 

 

賑やかなワイキキ・ビーチの隣に、ダイヤモンド・ヘッドとは反対側になりますが、比較的静かなアラモアナ・ビーチがあります。8年前にマキキ教会の黒田朔牧師に早朝連れてきていただいて泳いだことがあります。海に浮かびながら暁の太陽を見上げたときの感動を忘れることができません。今回も連れてきていただきました。泳いだと言うより朝の海に浸かっていただけですが、ビーチの脇にある屋外のシャワーを浴びて、体がすっきりと洗われたような感じがいたしました。

 

滞在の期間中2回ほど一人でビーチを歩いたり、マジック・アイランドの木陰に座って、海と波を見ながら過ごしました。澄みきった海に白い波が静かに押し寄せてきます。海がゆったりと押し寄せてくるのですが、その波状が陸に近くなってきて押し返させられるように高波となって白く輝き出すのです。そんな波に乗ろうとしているサーファーが見えます。ただただ繰り返し波が押し寄せてきます。絶えることなく押し寄せてきます。それが自分の使命であるかのように押し寄せてきます。

 

木陰に座っていると背後から気持ちのよい風が吹いてきます。汗ばんだ体が少しずつ乾いていきます。近くを散歩している人も汗をかきながらも気持ちよさそうに通っていきます。ジョギングをしている若者もいます。ゆっくりゆっくりと歩いているお年寄りがいます。急いでいるわけでもなく、ただ風に吹かれてこの時を楽しんでいます。

 

友人である故片岡さんの奥様の栄子夫人が修養会に来てくださいました。修養会が終わって言ってくださったことを思い出しました。このような若い人が多い場所に来ると、いつもそのようなところにいたご主人のことを思いだしてつらくなるのであるが、今回思い切って来ることができましたと言われました。35年前に片岡さんと一緒にKGKの主事になってこのような場面に何度も共に居合わせたことを思い出しました。いまは自分たちの子どもよりもっと若い人が中心になっています。新しい波が押し寄せています。栄子夫人もそんな波に乗っているサーファーのようでした。

 

波が押し寄せ、風が吹いているので空気が澱むことがありません。すがすがしさが体に染み込んできます。この期間中にさらにふたつのいやしのプロセスが進行し、また完成しつつあることを当事者たちから聞きました。過去の出来事は変えることはできないのですが、それにまさるように恵みに導かれていることを知りました。聞きながら私のなかにも清々しい風が吹き込んできました。澱むことのない風です。

 

ワイキキ・ビーチは観光客でごった返しています。そういう状況としては楽しいですが、現実をしっかり踏まえて振り返るのには多少賑やか過ぎます。アラモアナ・ビーチは地元の人も多く見受けられます。現実に結びついていることを思い起こしてくれます。その現実を受け止めた上で、海を見つめて波の押し寄せてくる道筋を見極め、気持ちのよい風に身をゆだねていると、不思議に心が納得することになります。

 

上沼昌雄記

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