「秋田から届いた霊の歌」2006年12月29日(金)

ウイークリー瞑想

 9月に『夫婦で奏でる霊の歌ー雅歌に見る男女の対話』を出すことができました。10月と11月とシンガポールと日本で奉仕が許されました。いくつかのセミナーでこのテーマをさらに取り上げることになりました。10月の終わりに保守バプテスト秋田伝道隊のセミナーを許されました。初めての人、何度目かの人と雅歌のたとえを紐解きながら、互いの存在を花と木でたとえることをしました。

 その報告が伝道隊の隊報『若杉』に載っていました。秋田大医学部耳鼻科教授の石川和夫さんが自分たち夫婦のことを書いています。妻と読みながらふたりとも笑いがこみ上げてきました。率直で、ユーモアにあふれ、機知にあふれ、霊的勇気が満ちています。

 「霊の歌」についての本を書いても、それでは自分たちはどんな霊の歌があるのかと妻から問われるのが現実です。不協和音も霊の歌だと言い聞かせています。そんななか秋田から霊の歌が届いてきました。この年の終わりを石川さんご夫妻の霊の歌を聴きつつ迎えています。

  隊報の編集長と石川さんに許可をいただき以下に掲載いたします。

 よいお年をお迎えください。感謝とともに。上沼昌雄

 

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「伝道隊セミナーに参加して」秋田聖書バプテスト教会 石川和夫

 

 今回の学びは、先回の学びを少し発展させて、雅歌の学びに基づいて夫婦について更に考えることにあった。

 私どもは、結婚して来年で30年を迎える。独身で過ごした時間よりも結婚生活の方が少し長くなった。 パソコンに入っている結婚式当時の写真をみると、昔から今のような顔だったと思っているのが錯覚であることに気付く。最近30年振りに会った友人の顔をみて唖然とした。 頭の髪の毛は黒い森からごま塩の林に変化し、顔面の皺が幾重にも重なって見える。多分友人も自分をみて同じように感じているに違いない。 それほどの長時間私達は二人で生活してきたのだなと思う。 この間、色々なことがあった。時々、激しい口論もしながら、自分たちに課せられた社会的ノルマと教会に仕えてきたと思う。 そして、今や妻のいない家庭なんて考えることもできないくらいだ。 妻の家に住まわせてもらっているような感覚ですらある。それほど、依存もしている。 30年近くなって、お互いを理解できているのかというと、さっぱりである。 理解力が不足しているのか、時々、話し合っても、妻が何を考えているのか、解らなくなる。 何回か努力もしたが、いまだに解らずじまいだ。 妻の方も、どうもわかってもらおうとすること自体無理であることを随分前から悟っているようである。

 「妻を花にたとえると何でしょう。」という質問がなされた。 これは、私にとっては難問だ。 なぜなら、知っている花の名前の数が、可成り限られているからである。 だから、最初のセミナーでは、「朝顔」などといったが、今度はいや違う「薔薇かな」などと言ったりもする。 一つの花でたとえることが、僕にはできないのだ。 名前は知らないが、色々な花に見えてもくる。 そしてその総てが、私の妻である。 それに対して、あなたの夫を木でたとえると何でしょうという質問がなされると、妻は、嬉々として、即座に「私の夫は、榊です。」と。その心はというと「飾っておくだけで、何の役にも立たない。」からだと。 何時も、ストレートに話す妻である。滅多に褒め言葉を口にしない。 日常生活の中で、夫への不満を口にする言葉を思い返すと、説明を聞いて、矢張りそうかと変に納得する。しかし、そればかりではないだろう、もっと、他の木のイメージも持てるであろうと思い込むのは、儚い抵抗か。

 生まれも育ちも年も性も違う二人が、ある時に出会って、それぞれ個別に神に聞き、結婚を決意し、神と人との前で誓約してスタートした結婚生活である。お互いの違いと、完璧に理解し合えるのは無理であることを認めながら、御国に導かれるまで、言いたい放題、二人の心を何時もオープンにしながらの歩みがこれからも続けられると思う。お互いを認めるのは、神に自分が認められているという事実と重なってくる。

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