「趣を異にした集い」2007年11月5日(月)

ウイークリー瞑想

秋日和の朝秋田から、昨晩大阪を発って青森に向かっている寝台特急列車「日本海3号」に乗っています。青森から青函トンネルを通って札幌に向かいます。6週間の旅の最後の訪問地です。長旅を続けてきてゆっくりと最後の目的地に向かっているこの列車の揺れに心をゆだねています。この1週間で味わった趣を異にした会合、集いを思い起こしています。

「文化の日」の夜に、秋田大学医学部聖研の卒業生の修養会を男鹿半島の海に面したホテルでありました。卒業して10年近く経って臨床の一線で活躍している医師たちが、忙しいなかをやりくりして集ってくれました。その方々の最終学年の時に、その昔KGKで関わっていた石川兄が現在耳鼻科の教授として活躍をしていて、そのお宅での集会に初めて伺いました。その折りに家族でアメリカに渡った経緯をお話ししました。それをよく覚えていてくださって、それ以来の交わりをいたたいています。

40年以上前にキャンパスで自分たちで聖研を立ち上げたことと重なってきました。聖研で人生を語り合ってきた人たちがそれぞれの医学の分野で、人として、医師として、親として試練と恵みを通して、大切な務めを果たしていくことを信じることができます。そんな仲間が秋田の地で起こされていることに希望を感じます。その人たちを励ましている石川ご夫妻にただ頭が下がります。

秋田に来る前に山梨の清里での2泊3日の集いに参加しました。友人の片岡さんが召されてから、関わっていた人たちが年一度集って互いの状況を分かち合う集いです。紅葉に包まれた静かなペンションで、それぞれの一年の歩みを振り返る時です。今回は4月に記念会に参加させていただいたこともあって、2回の静まりをリードする時をいただきました。

シーズンも終わって色とりどりの紅葉を眺め、人生の秋を味わっていながら、旅人としての「人生の昼と夜」というテーマで、夜を夜として生きることを思い巡らしました。夜を昼のように生きているのでそのしわ寄せが出てきます。夜は神を思い起こす時です。動きを止める時です。心の響きを聞く時です。「私の心が私に教える」(詩篇16:7)時です。「私の歌」(詩篇77:6)が心に湧いて来る時です。

「恐怖」「怒り、絶望、希望」「失われた家族の風景」「食卓のローソク」「円(まどか)」「深い慰めの夜」「2歳児の自分」と、心を分かち合うことが許されました。

その前の仙台での聖日には男性集会、礼拝と続いて、「旅の友の集い」という魅力的なタイトルの集会に参加いたしました。各自お昼を用意し、食べながら、旅に出て駅弁を食べ、おにぎりを食べている「旅人」ような気分で、旅のイメージ、「自分の故郷」、「よりすぐれた故郷」(ヘブル11:13−16)について分かち合いました。

自分たちの人生で出会ったことを分かち合うために、教会のなかで比較的自由な交わりとしてこのような集会を持っているという説明でしたが、そんなゆとりのある集いが教会でなされていることに興味を覚えました。結構な人が参加してくださり、しかも1時間の集いでしたが、各自の旅のイメージを分かち合っていただき、自分の故郷を一言で語っていただきました。「大家族」「薄暗い台所での母の姿」「たばこの煙」「優しい母と物わかりの悪い父」「温もり」「海に溺れたこと」「モンゴルの静かな平原」「こたつとミカン」等、言ってくださった方々の顔を見ながら心の深くに潜んでいる故郷を想像してみました。

礼拝、祈祷会、男性集会とは視点を異にした集いで、いままでとは多少趣を異にした味わいをいただいています。恵みの豊かさ、交わりの多様性を通して、神の別な風景を観る部屋へと導かれているようです。もうひとつの山の向こうの景色を観させていただいています。そして、何かを神がなそうとされているようです。期待をすることができます。青函トンネルを通過しながらトンネルの向こうを思い描いています。

 

上沼昌雄記

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