「オデュッセウスとアブラハム」2008年7月8日(火)

神学モノローグ

 ギリシャ神話の英雄でイタカの王であるオデュッセウスと、旧約聖書
の信仰の父と言われるアブラハムのことである。一方はトロイア戦争に
加わり、有名なトロイの木馬で勝利に導くが、またそのために故郷イタ
カに大変な苦労をしてようやく帰り着いた物語であり、他方は故郷をで
て、出て来た故郷に決して帰ることなく、約束の地をいただきながら異
国人として、寄留者として留まり、そのまま死を迎えていった物語であ
る。ふたつの方向を異にした物語である。

 ギリシャ人の英雄の波乱に満ちた漂流冒険記であり、ユダヤ人の信仰
者の故郷を失った波乱に満ちた旅物語である。ギリシャ人の旅物語と、
ユダヤ人の旅物語である。出て来た故郷に帰っていく旅物語と、出て来
た故郷に決して帰ることがなく、それでいて約束の地にも未だ相続地を
得ることに至らない旅物語である。帰還物語と、進行(信仰)物語であ
る。循環的物語と、線的物語である。ヘレニズムの旅物語と、ヘブライ
ズムの旅物語である。

 帰還物語、それは自己に帰ってくる、自己完成を求めるギリシャ精神
である。己自らを知れというヘレニズムである。進行(信仰)物語、そ
れは自分を出て、自分を犠牲にして出て行くユダヤ精神である。自分を
捨ててというヘブライズムである。自己同一も求める人生観と、自己否
定を求める人生観である。自己満足を促す世界観と、他のために生きる
世界観である。自己主義と、利他主義である。

 このように本来異なった旅の方向を持っているふたつの流れが、西洋
の精神に混ざっているというのである。帰ることのできない旅をしてい
る聖書の民に、あたかも帰ることができるかのような思いが秘かに忍び
込んでいるというのである。信仰(進行)の方向がいつの間にかその先
にではなく、自分に向いてきているというのである。信仰が自己完結の
手段になっているというのである。神も自己完結のための手立てに変
わっているというのである。

 言われてみると思い当たるところがある。確かに自分の人生が何とか
うまくいくように信仰を使っている。そのように祈っている。神をも自
分の目的達成のために使っている。神の栄光と言っても、どこかで自分
の思いや、人生の計画が実現することだけを求めている自分がそこにい
る。実現することが信仰だと思っている。それだけでなく、そのように
聖書を理解し、そのように説教をしている。どうしたらクリスチャンと
してよりよく生きていけるのかというハウツーを求めている。またその
ような本が求められている。

 ギリシャ哲学を取り入れている西洋の神学は、聖書の概念化、神の概
念化、終末の概念化で、自己同一化、自己完結化を求めている。神を概
念化することで理性の体系のなかに神を押し込めている。神の無限性、
超越と言っても、自己同一のなかで理解可能な意味になってしまってい
る。そのように、真理は人間のうちに閉じこめられる。本来神が文字通
りに無限であり、超越であれば、それは人間の概念化をも超えている。
概念化はあたかも神のことが分かったかのような錯覚を与える。大変な
錯覚である。理性の狡智である。

 信仰は、信じているその先にだけ真理があるとみる。そうしたら自己
変革と自己変容しかない。真理は自己完結をいつも打ち破るものであ
る。自己同一を飛び出していくものである。それゆえに、自己は自分を
超えたものにいつも進入され、脅かされ、驚かされる。自分の外から語
りかけるものにいつも耳を傾ける。そのかすかな響きを聞き取ろうとす
る。自分から遠くにかけ離れていながら、どこか自分のすぐうしろから
聞こえてくる声に聞き耳を立てる。そのように、自分がどこに導かれる
のか分からない。まさに信仰である。

 未だ踏み入れたことのない地、未だ見たこともない風景、見知らぬ世
界、想像を超えた空間、そんな在りかを求める心の渇望に気づく。そん
な渇望に促されてでていく。どこに至るのか分からないままに出て行
く。信仰の旅が始まる。それでいて、その先に実は本来求めていた自分
の故郷があることに気づく。出て来た故郷ではなく、心が求めていた故
郷である。それは自分の内ではなく、自分の外である。存在の内ではな
く、存在の彼方である。自分の外に本来の自分を求める。存在の彼方に
あるべき存在を求める。

 オデュッセウスではなく、アブラハムの旅がそれを可能にしてくれる。

 上沼昌雄記

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