「感謝祭の前に」2008年11月26日(水)

ウイークリー瞑想
 旅の続きのままに、サンフランシスコ郊外のご夫妻のところに先週末 
到着いたしました。すでに9月初めに家を出て、日本で丸2ヶ月奉仕を
して、ようやく馴染みの北カリフォルニアまで帰って来ました。このご
夫妻の60歳の祝いに出席するためでした。この方々もしばらく前に親
族のお見舞いと葬儀で日本に行っていました。青森でニアミスをしまし
た。

 子どもを通して東海岸(大西洋)で知り合った方の96歳で召された
お母さんの記念会が、土曜の午後サンフランシスコのまさに西海岸(太
平洋)の近くであり、同時に参加することが出来ました。10年以上前
に見も知らない私たちをお宅に泊めてくださり、それ以来家族同士での
交わりをいただいてきました。このご夫妻がお母さんを訪ねているとき
に伺って、お母さんには一度だけしか会ったことがありませんが、人を
惹きつける魅力のある方でした。

 すでに15年以上前に牧会をさせていただいたイーストベイの教会の
礼拝に伺いました。前に教会学校で使っていた部屋を日本語部の礼拝堂
に模様替えをして、若い牧師家族を迎えて、新生再出発をした群れで
す。みことばをゆっくりかみしめるように伝えてくださいました。新し
いいのちが静かに育ってくるような礼拝でした。

 日曜の夕方、近くのカントリークラブで祝いの時がありました。回り
がお祝いのためにお膳立てをしていると言うより、自分たちがここまで
守られて来たこと、祝福をいただいていることを主に感謝したいので、
皆さん来てくださいという感じでした。準備の時をお宅で見させていた
だいて、喜びと感謝が溢れていて、それをストレートに出すのは気が引
けて、それでも何とか分かって欲しいという気持ちが伝わってきました。

 7年前の夏に危機一髪の大手術をご夫婦で乗り越えてきました。よく
考えると今までの4冊の拙書でこのご夫婦のことが必ず登場していま
す。近刊書『闇を住処とする私、やみを隠れ家とする神』の271頁に
も登場しています。出演料を払わないと行けないようです。

 深い悲しみがあります。それが同時に人の心に深く届く泉のように
なっています。内側に籠もって自分たちだけの城を築いているのではな
いのです。サンフランシスコ湾を見下ろせるところの住まいも、神の家
族のために提供しています。家の鍵をお返ししたときに、「この家は先
生たちのものですからそのまま持っていてください、私たちは管理人で
すから」という人たちです。

 欠けがあり、とんでもないことがありながら、このご夫婦は神からの
とてつもないギフトです。交わりをいただいた人は誰もが神の愛を感
じ、生かされていく泉のような二人であり、そのような場です。そして
実際にまた、そのようなご夫婦、家庭に日本での2ヶ月の奉仕でも生か
され、励まされてきました。このご夫婦の60歳の祝いはそんな交わり
の締めくくりとしてふさわしいものでした。

 豊かな感謝に満ちた交わりをいただいてようやくわが家に辿り着きま
した。ヘソを曲げることなしに落ち葉に囲まれてじっと待っていてくれ
ました。入り口とドライブウエイの落ち葉を掃いて、ストーブの火を付
けてようやく家に戻ってきました感じをいただきました。旅が守られ、
この一年の歩みもここまで守られてきました。そして感謝祭が待ってい
ました。

 上沼昌雄記

「神への好奇心」2008年11月17日(月)

ウイークリー瞑想
「神への好奇心」2008年11月17日(月)

 思い出したくもない記憶、特に自分の生まれ育ったなかでの記憶、そ
れは当然父のことか母のことに結びついています。それが闇の奥を辿る
ことでよみがえってきます。そんなことを清里での分かち合いでも経験
しました。約束をしたわけでも、計画をしたわけでないのですが、誰も
が父親こと、母親のことに帰って行きます。不思議なことであり、納得
のいくことです。

 そんな確かさを覚えながら、清里から小淵沢に出て中央線で岡谷に向
かいました。奥様の出身地と言うことで3ヶ月前に東京から移られた友
人が迎えてくれました。中央アルプスの麓を走っている中央高速を、向
こうに南アルプスを見ながら、雄大な自然のなかを1時間少しドライブ
して、飯田の手前で降りて、りんご畑の間を通って丘陵地にある父の生
家に辿り着きました。

 中学生ぐらいの時に父に連れられて、飯田線を長い間乗ってようやく
元善光寺駅に着いて、なだらかの坂道を登ったのをかすかな記憶として
覚えています。今ではその向こうに中央高速が走っているのです。その
向こうはただ山に入っていくだけの記憶とのズレに戸惑いました。当初
の計画は先方の都合で叶いませんでしたが、清里まで来たので何とかと
思い実現できました。

 闇のテーマを取り上げ、自分の記憶のなかで父に出会ってきて、今回
の日本訪問で父の生家を訪ねてみたいと思ったのです。不思議なことで
あり、驚きでした。父は群馬師範に入り前橋に出て来ました。そこで下
宿した家で母がいてそのまま居着いた格好です。名前は父の姓を名乗り
ました。自分の生まれ育った伊那谷のことを父はそんなにも話しません
でした。ただこの年になって父がどのようなところで育ったのか、それ
だけを知りたいと思いました。

 ふたつのアルプスの間にあり、その間を天竜川が太平洋に向かって蛇
行しながら悠々と流れている自然は、赤城山を最後にして関東平野と広
がっていく前橋の風景とは随分違います。伊那谷は大きな自然に囲ま
れ、包まれた感じがします。前橋は山が終わって平原と続き、空っ風に
吹きさらされた感じです。魂の地理学者を名乗る『神との友情』の著者
のジェームズ・フーストン師につられて、そんな自然の違いが父にどの
ように関わっているのか、自分の経験を逆さにして思い見ています。

 江戸中期まで遡れる系図を見せてくれました。この伊那谷でどんな家
業を営んで徳川幕府と関わっていたのか、想像する以外にないところで
す。ただ身近なところでキリスト信仰を持った人もいたようで、それは
大いに興味深いことでした。前橋の教会の初代牧師の舟喜隣一師の奥様
のふみ師が同じ飯田の出身であったことで、父が心を開いて信仰に導か
れる契機になりました。

 短い滞在でしたが、誘われるように来た甲斐がありました。そんな思
いを山形の滞在先のご夫妻に話していたら、父の生年月日を尋ねられま
した。記憶のなかでこれくらいと分かるのですが、正確なことは分かり
ませんでした。医師をしているこのご夫妻にとっては患者を知る初歩的
な手がかりとしての生年月日を、父のことを一生懸命に話していながら
無頓着であることに、驚かれました。姉に確認して、明治41年(19
08年)生まれで、今からちょうど100年前に生まれたことが分かり
ました。1986年に召されました。

 自律を目指す近代の精神に促されるように、自分の存在は親からも先
祖からも独立しているような思いで生きてきました。しかし、それでは
捉えきれない自分の背後に目が向いていきました。記憶の闇を辿ること
で、それで何かが解決するわけでもないのです。それでも自分の存在に
明らかに先祖からの結びつきがあることを認めることで、不思議に旧約
聖書の系図がストンと自分の中に入ってきたのです。そうしたら自分の
存在への神の導きの不思議さをより強く感じるようになりました。それ
は恵みであり、好奇心でもあります。取りも直さず神への好奇心です。

 上沼昌雄記

「晩秋のコスモス」2008年11月10日(月)

ウイークリー瞑想

 北海道で初雪を経験してから今回の最後の奉仕に出かけました。清里
での私にとっては2回目の静まりの時、黙想の時です。すでに晩秋を迎
え静まりかえっていました。そんな静まりに惹かれて、都会の喧噪から
も人からも離れて、ただ自分たちの歩みを振り返り、分かち合う集いで
す。故片岡さんに関わった人たちが続けてきて6年目です。

 『闇を住処とする私、やみを隠れ家とする神』の装丁を手がけてくれ
た方が会のまとめ役です。本を読んで来ることを勧めてくれました。こ
の一年の分かち合いなのですが、すでに闇の奥を辿ることになりまし
た。忘れていたと思う記憶が闇を辿ることで光をいただくのです。生ま
れ育った中で直接的に関わってきた父のこと母のことが、そこに痛みが
あり苦しみがあり、闇を辿ることで出てくるのです。約束したわけでな
いのに誰もが父のことか母のことに辿り着くのです。

 父親の仕事の倒産、高校受験の失敗、泣き虫、運動嫌いであった自分
が、人に追いつこうと言うコンプレックスで、衝動のように頑張ってき
たことを語るのです。放蕩息子の話の兄のように、父の期待に生きてき
た自分、好きなように生きている弟のように生きたいという願望、それ
を押し込んでいるために陥る無気力を語るのです。

 あることを契機に心の底に下りていくことになり、隠し事の人生、そ
れでいて自分の主張がない、人の喜ぶことをして同時に自分が傷つく、
故郷に帰って母の前で生まれてこなかった方がよいと言いながら泣き崩
れたことを語るのです。父の突然の死で出て来た家族の闇、母がその闇
を背負い教会に来ることになったこと、親しい者の死による悲しみを表
ではポケットに、裏では手に持っていることを語るのです。

 突然の父の訪問で突きつけられた父との絶縁状、昨年語ってくれたこ
とですが、不可解な母の死を知る手がかりを失ったこと、同時に自分の
人生を自分の足で歩いてみたいという願い、闇の向こうの出口を信じて
歩む決断を語るのです。

 闇の中に辿り、闇の奥に近づき、そして闇の向こうを垣間見ることを
分かち合うのです。そのように人生を振り返り心の底に下りていきなが
ら、それが清里に来た目的であるかのように互いに耳を傾けるのです。
闇の奥に一緒に辿る友がいることで、互いの愛と信頼があることで初め
て出来ることを知るのです。闇を語っていながら麗しさとすがすがしさ
が漂ってきます。清里から小淵沢に向かう車窓から見えた晩秋のコスモ
スのようでした。

 そんな思いをいただいて小淵沢から岡谷に向かいました。知り合いの
方のドライブの助けをいただいて、伊那谷の父の生家を訪ねることが出
来ました。従兄弟の案内で先祖の墓を訪ねました。墓誌の裏に江戸中期
にまで遡る系図が記してありました。記憶を辿る作業が導いてくれまし
た。1時間半の滞在でしたが従兄弟の奥様が、義母(叔父の奥様)が教
会に行っていたことを語ってくれました。岡谷から連れてきてくれた方
の関わりの集いであることが分かり一同感動しました。

 最後の礼拝の奉仕を東久留米の教会で許されました。20年近く前に
退いていますが、今でも祈り支えてくれています。以前と同じように3
回の礼拝をダビデの闇の経験から語りました。3回目の説教を終えて
ホッとして見上げたときに、講壇の横に飾られていたコスモスに、闇の
中で出会ったというか、闇の向こうに思いみるすがすがしさを感じまし
た。飾られたコスモスを見ると普段は目をそらしてしまうのですが、そ
の時は闇の向こうを見る思いがして、しばし見とれていました。

 2ヶ月の奉仕を終えて帰途につきます。

 上沼昌雄記

「晩秋の北海道で」2008年11月4日(火)

ウイークリー瞑想

 青函トンネルを越えて函館から大沼公園までは秋の続きでした。札幌
に近づくにつれて秋の終わりを迎えました。むしろ晩秋と初冬の狭間に
到着しました。白樺と赤い実を付けたナナカマドが対照的に映えていま
した。雪がいつでも降ってきそうなどんよりとした日があります。暗闇
に覆われた重い気分にもなります。秋の活動を終えて冬を迎える北国の
人たちの心が伝わってきます。

 いつものように小林牧師が駅に迎えてくれました。ホッとすると同時
にどのような鋭い問いかけが出てくるのか恐ろしくもあり、楽しみでも
あります。ともかく闇の本を受け入れてくれていることが分かりまし
た。そんな話をする前に思いがけないお客さんを迎えました。時間を見
つけて会いに来てくれました。闇の本がそのようにしてくれたようです。

 宣教の働きを終えて深川に退かれているご家族を訪ねることが出来ま
した。宣教地での体験、去った宣教地への思い、子どもさんたちへの配
慮、妻の両親も日本での宣教を終えて退かれているので多少思いを重ね
ることが出来ました。同時にこれからどのようなかたちでこのご夫妻を
用いられるのか主に期待できます。

 ふたつの教会での祈祷会の奉仕と交わりで、すでに闇を深く下りて行
かれていて、そのぶん自分の裏の部分に光が届いている方々との会話を
いただきました。闇を認め、それに蓋をかけることでは間に合わない自
分に気づいているのです。そんなことを笑顔で語るのです。心に負いき
れない重しを抱えている姉妹がうれしそうに賛美祈祷会のリードをして
いるのです。どのようになるのか分からない課題を抱えながら、なお信
じて前進しているのです。闇は深いのですが、そのぶん光で生かされて
いるのです。

 竹本牧師の教会では男性会の主催で26名の参加者と夫婦セミナーを
持ちました。表の自分と裏の自分に夫婦で振り返る作業をいたしまし
た。裏の自分を神に見せないようにしている、神に触れさせないように
している、それは夫婦の間でも同じことが起こっているのです。夫婦が
裏の自分で付き合っていくための作業です。そんな直接的な闇との関わ
りに入っていくことが夫婦セミナーでも出来るのです。光を信じている
からです。

 11月1日は14年目の早朝祈祷会です。たったの30分のこの祈祷
会にこの数年何回か参加することが出来ました。そして礼拝は一ヶ月前
ほどに、今までの教育館の続きに献堂した新礼拝堂です。そんな大変な
ことが起こったとは思えないほど静かな教会の動きです。中心点がしっ
かりとしているのでどんなことがあってもぶれないのでしょう。

 礼拝奉仕終えて北見に向かいました。札幌の友人ご夫妻が大きな責任
をいただいて北見に移りました。惹かれるように4時間半の列車の旅を
しました。北海道の中心部を通ってオホーツク海に近い北見に来まし
た。途中から夜になってしまったのでどのような地形なのか分かりませ
んでした。タマネギのおいしいところと言われておもしろいところに来
たように思いました。そんなことを言うこのご夫妻が生き生きとしてい
るのに、何かを通り越したすがすがしさを感じました。

 これが名所と言うことで博物館網走監獄に連れて行ってくれました。
一通り観て最後に独居房に入っているところを写真に撮りました。その
一つは真っ暗な部屋に閉じこめて刑罰を与えるものでした。その案内の
立て札に「闇室」と書かれていました。網走に来て「闇」に出会いまし
た。

 オホーツクの海を触ってみたいと思って浜辺にもいきました。太平洋
でも日本海でもないオホーツクの海です。流氷が押し寄せる海です。そ
れでも穏やかな海だと言うことです。札幌からもなお遠い北見に来て
も、神の導きの中で穏やかに新しい生活を初めているこのご夫妻を象徴
しているようです。浜辺で小さな流木と貝殻を記念に拾いました。

 網走湖の湖畔の宿で温泉に入り、夕食を終えて帰途につきました。
「闇室」の話からそれぞれの背後の闇のことに自然に及んでいきまし
た。表では信仰を表明していても、裏ではなお理屈を付け、多少疑いを
持っている自分、またどこに行くのか分からない自分、そんな裏の自分
を抱えていることを、まさに晩秋の暗い夜道をドライブしながら分かち
合いました。闇の中でもしっかりと光を見つめている信仰があります。

 北見から戻ってくる朝、大雪山の峠は真っ白に雪に覆われていました。

 上沼昌雄記