「晩秋のコスモス」2008年11月10日(月)

ウイークリー瞑想

 北海道で初雪を経験してから今回の最後の奉仕に出かけました。清里
での私にとっては2回目の静まりの時、黙想の時です。すでに晩秋を迎
え静まりかえっていました。そんな静まりに惹かれて、都会の喧噪から
も人からも離れて、ただ自分たちの歩みを振り返り、分かち合う集いで
す。故片岡さんに関わった人たちが続けてきて6年目です。

 『闇を住処とする私、やみを隠れ家とする神』の装丁を手がけてくれ
た方が会のまとめ役です。本を読んで来ることを勧めてくれました。こ
の一年の分かち合いなのですが、すでに闇の奥を辿ることになりまし
た。忘れていたと思う記憶が闇を辿ることで光をいただくのです。生ま
れ育った中で直接的に関わってきた父のこと母のことが、そこに痛みが
あり苦しみがあり、闇を辿ることで出てくるのです。約束したわけでな
いのに誰もが父のことか母のことに辿り着くのです。

 父親の仕事の倒産、高校受験の失敗、泣き虫、運動嫌いであった自分
が、人に追いつこうと言うコンプレックスで、衝動のように頑張ってき
たことを語るのです。放蕩息子の話の兄のように、父の期待に生きてき
た自分、好きなように生きている弟のように生きたいという願望、それ
を押し込んでいるために陥る無気力を語るのです。

 あることを契機に心の底に下りていくことになり、隠し事の人生、そ
れでいて自分の主張がない、人の喜ぶことをして同時に自分が傷つく、
故郷に帰って母の前で生まれてこなかった方がよいと言いながら泣き崩
れたことを語るのです。父の突然の死で出て来た家族の闇、母がその闇
を背負い教会に来ることになったこと、親しい者の死による悲しみを表
ではポケットに、裏では手に持っていることを語るのです。

 突然の父の訪問で突きつけられた父との絶縁状、昨年語ってくれたこ
とですが、不可解な母の死を知る手がかりを失ったこと、同時に自分の
人生を自分の足で歩いてみたいという願い、闇の向こうの出口を信じて
歩む決断を語るのです。

 闇の中に辿り、闇の奥に近づき、そして闇の向こうを垣間見ることを
分かち合うのです。そのように人生を振り返り心の底に下りていきなが
ら、それが清里に来た目的であるかのように互いに耳を傾けるのです。
闇の奥に一緒に辿る友がいることで、互いの愛と信頼があることで初め
て出来ることを知るのです。闇を語っていながら麗しさとすがすがしさ
が漂ってきます。清里から小淵沢に向かう車窓から見えた晩秋のコスモ
スのようでした。

 そんな思いをいただいて小淵沢から岡谷に向かいました。知り合いの
方のドライブの助けをいただいて、伊那谷の父の生家を訪ねることが出
来ました。従兄弟の案内で先祖の墓を訪ねました。墓誌の裏に江戸中期
にまで遡る系図が記してありました。記憶を辿る作業が導いてくれまし
た。1時間半の滞在でしたが従兄弟の奥様が、義母(叔父の奥様)が教
会に行っていたことを語ってくれました。岡谷から連れてきてくれた方
の関わりの集いであることが分かり一同感動しました。

 最後の礼拝の奉仕を東久留米の教会で許されました。20年近く前に
退いていますが、今でも祈り支えてくれています。以前と同じように3
回の礼拝をダビデの闇の経験から語りました。3回目の説教を終えて
ホッとして見上げたときに、講壇の横に飾られていたコスモスに、闇の
中で出会ったというか、闇の向こうに思いみるすがすがしさを感じまし
た。飾られたコスモスを見ると普段は目をそらしてしまうのですが、そ
の時は闇の向こうを見る思いがして、しばし見とれていました。

 2ヶ月の奉仕を終えて帰途につきます。

 上沼昌雄記
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