「神への好奇心」2008年11月17日(月)

ウイークリー瞑想
「神への好奇心」2008年11月17日(月)

 思い出したくもない記憶、特に自分の生まれ育ったなかでの記憶、そ
れは当然父のことか母のことに結びついています。それが闇の奥を辿る
ことでよみがえってきます。そんなことを清里での分かち合いでも経験
しました。約束をしたわけでも、計画をしたわけでないのですが、誰も
が父親こと、母親のことに帰って行きます。不思議なことであり、納得
のいくことです。

 そんな確かさを覚えながら、清里から小淵沢に出て中央線で岡谷に向
かいました。奥様の出身地と言うことで3ヶ月前に東京から移られた友
人が迎えてくれました。中央アルプスの麓を走っている中央高速を、向
こうに南アルプスを見ながら、雄大な自然のなかを1時間少しドライブ
して、飯田の手前で降りて、りんご畑の間を通って丘陵地にある父の生
家に辿り着きました。

 中学生ぐらいの時に父に連れられて、飯田線を長い間乗ってようやく
元善光寺駅に着いて、なだらかの坂道を登ったのをかすかな記憶として
覚えています。今ではその向こうに中央高速が走っているのです。その
向こうはただ山に入っていくだけの記憶とのズレに戸惑いました。当初
の計画は先方の都合で叶いませんでしたが、清里まで来たので何とかと
思い実現できました。

 闇のテーマを取り上げ、自分の記憶のなかで父に出会ってきて、今回
の日本訪問で父の生家を訪ねてみたいと思ったのです。不思議なことで
あり、驚きでした。父は群馬師範に入り前橋に出て来ました。そこで下
宿した家で母がいてそのまま居着いた格好です。名前は父の姓を名乗り
ました。自分の生まれ育った伊那谷のことを父はそんなにも話しません
でした。ただこの年になって父がどのようなところで育ったのか、それ
だけを知りたいと思いました。

 ふたつのアルプスの間にあり、その間を天竜川が太平洋に向かって蛇
行しながら悠々と流れている自然は、赤城山を最後にして関東平野と広
がっていく前橋の風景とは随分違います。伊那谷は大きな自然に囲ま
れ、包まれた感じがします。前橋は山が終わって平原と続き、空っ風に
吹きさらされた感じです。魂の地理学者を名乗る『神との友情』の著者
のジェームズ・フーストン師につられて、そんな自然の違いが父にどの
ように関わっているのか、自分の経験を逆さにして思い見ています。

 江戸中期まで遡れる系図を見せてくれました。この伊那谷でどんな家
業を営んで徳川幕府と関わっていたのか、想像する以外にないところで
す。ただ身近なところでキリスト信仰を持った人もいたようで、それは
大いに興味深いことでした。前橋の教会の初代牧師の舟喜隣一師の奥様
のふみ師が同じ飯田の出身であったことで、父が心を開いて信仰に導か
れる契機になりました。

 短い滞在でしたが、誘われるように来た甲斐がありました。そんな思
いを山形の滞在先のご夫妻に話していたら、父の生年月日を尋ねられま
した。記憶のなかでこれくらいと分かるのですが、正確なことは分かり
ませんでした。医師をしているこのご夫妻にとっては患者を知る初歩的
な手がかりとしての生年月日を、父のことを一生懸命に話していながら
無頓着であることに、驚かれました。姉に確認して、明治41年(19
08年)生まれで、今からちょうど100年前に生まれたことが分かり
ました。1986年に召されました。

 自律を目指す近代の精神に促されるように、自分の存在は親からも先
祖からも独立しているような思いで生きてきました。しかし、それでは
捉えきれない自分の背後に目が向いていきました。記憶の闇を辿ること
で、それで何かが解決するわけでもないのです。それでも自分の存在に
明らかに先祖からの結びつきがあることを認めることで、不思議に旧約
聖書の系図がストンと自分の中に入ってきたのです。そうしたら自分の
存在への神の導きの不思議さをより強く感じるようになりました。それ
は恵みであり、好奇心でもあります。取りも直さず神への好奇心です。

 上沼昌雄記

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