「村上春樹のメッセージ性」2009年3月6日(金)

 
神学モノローグ

 イスラエルの文学賞「エルサレム賞」を受賞した村上春樹の記念講演
の全文が3月2日と3日の毎日新聞の夕刊に掲載されたのを、友人が
PDFで送ってくれた。すでにYou
Tubeでその状景を観ることがで
きた。友人の添えてくれた言葉が同時に魅力的であった。「翻訳者は新
聞社学芸部の佐藤由紀さんというかたで、昔からとてもいい記事を書く
かたで、日本語文もまた味わい深いです。もちろん、村上春樹の講演内
容が言葉を失うほどにすばらしいのは言うまでもありません。」

 記事の全文はmainichi.jpにも掲載されている。読んでみて、
小説家としての村上春樹のメッセージ性に唸らされている。イスラエル
軍のガザ攻撃で1000人以上が死亡した後で、受賞拒否の助言、本の
不買運動の警告がありながら、それを講演で紹介しながら、講演後は満
場の拍手に囲まれ、もみくちゃにされながらサインをしていたと解説が
伝えている。イスラエルの人々は村上春樹のメッセージを見逃さなかっ
た。

 村上春樹は、マラソンとか食べ物、音楽のことは自分のこととしては
よく書いている。自分が一人っ子であることも書いている。親のことは
どうなのだろうかと思っていた。この講演で、昨年90歳で亡くなられ
たお父様のことに触れてきた。教師であり、僧侶であったお父様が、中
国戦線から帰ってきて、朝食前、仏壇に向かって長い心のこもった祈り
をしてきた。戦場で死んだ人みんなのため、敵も味方もみんなのためだ
と言う。その死の影の存在を、遺産として受け継いだと紹介している。

 <高くて頑丈な壁と、壁につぶされ壊されてしまう卵があるなら、私
はいつでも卵の側に立とう> 壁は文句なしに強力なイスラエル国家と
軍である。卵はガザの人々である。それをメタファーで表現した。その
メタファーが今度は逆にイスラエルの人々に伝わった。あのホロコスト
で亡くなった600万の同胞は卵以下であった。そして自分たちもいつ
でも卵以下になるのだと。

 壁は「体制(ザ・システム)」である。その壁の前では卵は勝ち目は
ない。ただ「私たち自身の魂も他の人の魂も、それぞれ独自性があり、
掛け替えのないものなのだと信じること」と言う。そして締めくくる。
「体制が私たちを作ったのではなく、私たちが体制を作ったのですか
ら。」

 村上春樹はほとんどの小説で戦争のことに触れている。そののろい、
闇を受け継いでいるとみている。『海辺のカフカ』で、少年カフカが森
の小屋でアイヒマンのユダヤ人殺戮計画に触れた本を読んでいる場面が
ある。太平洋戦争に関わることでこの小説が始まり、それに関わること
でまた締めくくっている。そのなかでの15歳の少年が失ったものを探
し求める旅をしている。そんな小説がイスラエルにまで届いている。パ
レスチナの人たちにも届くことを願っているのであろう。

 「死者への祈りの姿」が淵源として村上春樹のなかにあったと、解説
がまとめている。拙書『闇を住処とする私、やみを隠れ家とする神』
で、その村上春樹とユダヤ教徒の哲学者のレヴィナスに触れた。出版社
が、本の帯に「レヴィナスの哲学や村上春樹の描く井戸の底などを糸口
に」と書いてくれた。まさにレヴィナスのうちには「死者への祈りの
姿」がある。紛れもなくある。あの600万の同胞の死である。故郷リ
トアニアの家族が含まれている。主著『存在の彼方』を、その600万
の同胞とそのためにいのちを失った人々のためにささげている。

 レヴィナスはこの卵以下のように死んでいった人々のために哲学をし
ている。その「責任」が哲学だとしている。哲学の手前の倫理である。
難解な哲学書にしがみついて読めば読むほど、この死者の語りが届いて
くる。私に語りかけ、私を揺るがし、私を新しい旅に誘う死者の語りか
けである。旧約の民の語りかけである。

 『海辺のカフカ』で、大学闘争の内ゲバで無意味な死を遂げた青年の
ことを取り上げている。その恋人であった女性に少年カフカが不思議に
結びついてくる。その背後に戦争のことが伏線としてある。『アンダー
グランド』で村上春樹は、地下鉄サリン事件の被害者のインタビューを
し、『約束された場所で』で、オウム信者らをインタビューしている。

 何とも言えない、それでいてしっかりと私たちを捕らえている闇であ
る。レヴィナスと村上春樹は、このことばの手前の世界への入り口を示
している。記事を送ってくれた友人が、さらに何人かを誘って、この春
に武蔵野の森の奥で「闇なべの会」を計画してくれている。

 上沼昌雄記

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