「哲学者と死」2009年4月6日(火)

 
ウイークリー瞑想

 いのちのことば社の新社屋の奉献式、闇なべの会、リバイバル・ジャ
パン誌の編集者との村上春樹についての歓談、高校時代の友人との会
合、大村晴雄先生訪問、最上川沿いの隠れ家を訪ねてくれた方々との肘
折温泉巡り、シンガポールからの「帰国者」との上野での花見、牧師就
任式の司式と、この一週間は何とも言えない多面性を持った交わりをい
ただきました。

 今週は受難週です。この5月2日に99歳になられる大村晴雄先生を
宇都宮のホームに訪ねたこともあって、哲学者が死をどのように見て、
哲学をしているのか興味をそそられています。レヴィナスの苦難に関す
る論文でヨブ記が取り上げられていて、その脚注にあるカントの小品
「弁神論の哲学的試みの失敗」について前橋在住の元群馬大学教授の小
泉氏に問い合わせたのが契機で、そのドイツ語の原文を大村先生が見せ
てくださるというので一緒に伺うことになりました。その典拠をすらす
らと言って、花文字のドイツ語の原典を見せてくれました。

 死に対する恐怖を不安の概念として実存の現象学的分析をしたのがド
イツの哲学者ハイデガーです。乗り越えることのできない死への不安を
哲学の基点としています。存在へ投げ出されている孤独な自己を引き受
けることで、存在の一回性を実存のあり方としています。その分析は存
在のどうにもならない神秘性にまで辿っています。抜け出せない存在の
迷路に陥ってしまいます。死の前にたじろぐのみです。

 同世代のウイーンの哲学者ヴィトゲンシュタインは、死の陰をいつも
抱えていたと言われています。しかし自分に問いかけるように言いま
す。「もし、不老長寿の薬があって、それを飲むことが死に対する答え
になるのか。」 生き続けることが生きることの意味を知ることになる
のかと、問うのです。そして、人生の「意味」はこの世では見いだせな
いと結論づけるのです。「沈黙」を哲学の結論として、一時期哲学教授
を辞めるのです。それは見事です。

 ホロコーストの生き残りといえるリトアニア出身のユダヤ人哲学者レ
ヴィナスは、600万の同胞の死がありながら、死を哲学の基点とする
ことを避けています。死を自己の外にある他者と見ることで、自我に固
執する内在性を打ち破る起因と見ています。未来としての時間をもその
他者と見ることで、他者の他者としてのメシア信仰を哲学の結論として
います。死を超えた「存在の彼方」を見ています。その「彼方」は「手
前」にあるとして、アブラハムの信仰を継承しています。

 最上川沿いの隠れ家の母屋を訪ねてこられた方が老年看護学の専門家
と言うことで、文化の違いのなかでの死生観を伺いました。少なくとも
哲学者の死の理解がその人の哲学を形作っています。ハイデガーの死生
観がいわゆる実存哲学、新正統主義神学に影響しています。死に対する
不安という概念が、聖書とは別に、西洋のキリスト教世界観に影響して
います。その対極にあるレヴィナスの死生観は、西洋の視点を抜きにし
た旧約聖書の世界をもう一度開示しています。

 この隠れ家の母屋の奥様は地元の方で、お年寄りの死生観を語ってく
れました。どこかで旧約の世界に結びつきそうな思いをいただきまし
た。もしかしたらキリスト教の死生観はギリシャ・ローマの文化に影響
されたもので、その視点で聖書を見ているのかも知れません。それは避
けられないことですが、もう一度イスラエルの民の死生観をこの受難週
に解きほぐしてみたくなりました。

 それにしても大村晴雄先生は、死を通り越してその先を見ているかの
ようです。去るときに、いつものように「祈ってよ」と言われます。腰
を曲げ、耳を傾けて「アーメン」としっかりと合唱されます。玄関まで
来てくださって、小泉氏と私に手をあげて見送ってくださいました。

 上沼昌雄記

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