「雨の吉祥寺で」2009年6月9日(火)

ウイークリー瞑想

先週末金曜日の夕方に小雨降る吉祥寺に降り立ちました。闇の本の
装丁をしてくださった方の事務所が井の頭公園の近くにあります。
「闇」の本の中身と装丁の共同作業をしていたら、「闇太郎」とい
うお店が五日市街道沿いにあるというので、できたら一緒に伺っ
て、闇の本を置いてこようと思ったのです。

この方の事務所に伺う前に、駅ビルの2階の本屋さんに立ち寄って
確認したいことが二つありました。一つは、話題になっている村上
春樹の新刊『1Q84』の売れ行きを実際に見てみたかったので
す。うずたかく積まれているコーナーを横目で見ていたのですが、
金曜日の仕事帰りのどちらかというと若い女性が立ち止まり、本を
取り上げて眺め、レジに向かっている光景がかなり目に入ってきました。

私は、発売当日に山形市内の本屋さんで手に入れました。その後の
日曜日の説教が終わってから読み出して、月曜日の夕方までかけて
2巻を「一応」読み終わりました。その時しか読む時間がないの
と、発売当初から増刷を繰り返しているほど売れているということ
で、ともかく読んでみておきたかったのです。

もう一つは、本の装丁をしてくれた方がシベリヤ抑留を経験した信
仰者で詩人の石原吉郎という人を紹介してくれたので、本か詩集が
あれば手に入れたいと思ったのです。闇の本は村上春樹の井戸の底
に降りていく話と、さらにホロコーストの生き残りのユダヤ人哲学
者のレヴィナスの存在の手前の闇を観る経験を参考にしているの
で、村上春樹の本と同時に、日本人信仰者のシベリヤ抑留の体験を
知りたいと思ったのです。 

本はありませんでした。しかしこの方の事務所を訪ねてしばらく談
笑をしているうちに、石原吉郎の話になりました。そして彼の著書
の共有を申し込んでくれました。それで、シベリヤ抑留の体験の記
録と、帰国してからの記録の2冊のエッセイ集を半無期限にお借り
しすることになりました。

そのまま談笑をしていたかったのですが、当初の目的を果たそうと
思い、五日市街道まで雨の中を歩いて「闇太郎」というお店に向か
いました。そんな名前を付ける店主に会ってみたかったのと、実際
にそんなお店があるのかという思いが交差していました。「闇太
郎」の看板に引きつけられるように入ってみると、10脚ほどの椅
子が並んでいるL字型のカンターの奥に多少無愛想にご主人が
立っていました。

おでんをいただきながら、カンター越しに話しかけ、闇の本を紹介
して、ご迷惑でなければと思って差し上げました。闇のテーマに興
味を示してくれました。本の帯にレヴィナスのことが書いてありま
す。それを眺めながらご自分も大学で哲学を学び、サルトルやメル
ロ・ポンティやブレヒトを読んできたことを独り言のように話して
くれました。1941年生まれで、「あなたは?」を聞いてこられ
ました。すなわちともに何らかのかたちで60年安保に関わってい
るのです。

20年ほど会社勤めをして経験なしに無からお店を始めたというの
です。「闇太郎」という名前で世に関わる道を選んだのです。名前
は最後まで迷ったがこれで行こうと決めて、すでに30年以上経つ
というのです。逆にどうしてこのような本のタイトルを付けてきた
のかと聞いてこられました。「やみを隠れ家とする神」という表現
が聖書にあって、それに合わせて「闇を住処とする私」と付けたと
説明させていただきました。聖書に闇のことは多く書いているよな
と、また独り言のように言われました。

「闇太郎」をご自分のお店に名前を付けることになった心の風景
と、闇について書くことになった心の風景がどこかで結びつくようで
す。
私たちは「闇」仲間だといってほほえんでくれた店のご
主人の笑顔を後にして、雨の上がりかけた吉祥寺の街に出ました。

上沼昌雄記

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