「手付かずの自然とヨブ記」2009年6月19日(金)

ウイークリー瞑想

一昨日札幌に入りました。本州の続きのようなどんよりとした空で
した。エゾ梅雨と言われているようです。最初の目的地の釧路に昨
日到着いたしました。迎えてくださった牧師が、この夏はこんな天
気で終わってしまうのではないかと言われました。梅雨入りして蒸
し暑さを感じる東京からの移動でしたので、からっとした梅雨のな
い北海道を期待していたのです。

釧路では他教派の牧師に呼びかけてくださって、4名の牧師と
の懇談会を午後いただきました。呼びかけると言ってもそれぞれの
教派も釧路では一つの教会だけなので、自然と他教派との交わりに
なるのですと説明をいただきました。闇の本を書くことになった背
景をお話しさせていただきました。どこかで共感をいただいたよう
です。夜の教会の祈祷会でも闇を考える手だてをさせていただきました。

釧路を朝出て斜里で、北見の友人ご夫妻と待ち合わせることになっ
ていました。空は雲に覆われて晴れそうもありませんでした。じめ
じめした湿原とどんよりとした空の中を列車が通過していました。
世界遺産の知床半島も同じように雲の中で、それはそれとして幻想
的な趣をいただけると思っていました。しかし列車が斜里に近づく
につれて空はきれいに晴れてきて、斜里岳が窓の向こうに浮かんで
きました。牧場を中心とした麓は緑に覆われていました。

斜里の駅で再会を果たしました。お忙しい中で一日の休暇を取って
くださいました。途中で、いきなり崖から多量の水が吹き出て海に
流れ出ているオシンコシンの滝を観ました。そんな豊かな滝を作っ
ている神秘的な知床半島の挨拶をいただいた感じです。用意してく
ださったおにぎりをおいしくいただきました。

午後の半島巡りの遊覧船に乗せてくれました。世界遺産に指定され
ているところは自然が手付かずのままですので、当然道もないの
で、遊覧船で海から海岸線と半島を眺めることになります。流氷で
削られて様々な模様を作っている岩肌には、所々水がわき出るよう
に数条の滝を作っています。女の涙、男の涙と呼ばれる滝がありま
す。種々の鳥たちが留まっています。

絶壁の崖の上は新緑に覆われた木々が生い茂っています。その向こ
うはまだ所々に雪をとどめているいくつかの山が半島を縦断するよ
うに伸びています。そしてその向こうは晴れ渡った青空が私たちを
迎えるように広がっています。少しの水しぶきを受けながら遊覧船
の最後尾に座って、所々で止まるたびに海を見つめると、紺碧の海
に透き通ったクラゲが浮いています。知床半島は野生の動物たちが
自由に行き来する地です。ヒグマ、エゾシカ、オジロワシなどの楽
園です。

そんな手付かずの自然を前にしていると、状景は全く違うのです
が、神が最後にヨブに語りかけたことばを思い出します。「わたし
が地の基を定めたとき、あなたはどこにいたのか。あなたに悟るこ
とができるのなら、告げてみよ。」(38:4)人としてできるこ
とを一生懸命にしても、それとわたしが世界の基を定めたときとは
関係がないと言われるのです。それはしかし、単に突き放された言
い方ではなく、最後にあなたが帰ってくるべき世界はここです、創
造の御手の中ですと言われているようです。

上沼昌雄記

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