「だからこそ宗教が成立するー『1Q84』より」2009年 7月13日(月)

 

神学モノローグ

これは、6週間で200万部も売れたと言われている村上春樹の
新刊書『1Q84』のなかでの使われている一節である。発売日
の5月29日には最上川の隠れ家から、山形市内に用事の
あった友人の牧師ご夫妻にくっついて行って、市内の本屋さんに山
積みにされていたなかから2巻を購入した。週明けに24
時間かけて読了した。カリスマ集団のリーダーのことを取り扱って
いて、内容も深く、複雑なのでどのように理解したらよいか途方に
暮れた。ただ牧師は読んだ方が良いと思った。

日本での奉仕を終えて隠れ家に戻って荷造りをしながら、偶数の章
だけを読んだ。そしてアメリカに戻って時差ぼけのなかで奇数の章
を読んだ。二つの話が章ごとに展開しているのでこんなことができ
る。しかし2回目の読了といえるのかどうか分からない。1
回と4分の3ぐらい読んだ感じである。それでもこの本
について何かを書くのは気後れがしている。もう一度全部を読んだ
ら書けるとも思わない。ただ上記の言葉が使われている箇所と前後
関係は印象に残った。カリスマ集団のリーダーが、彼を殺しに来た
というか、殺すために招かれたというか、ともかく彼のところに来
た女性との緊迫した状況のなかで言っている箇所である。次のよう
である。

「世間のたいがいの人々は、実証可能な真実など求めていない。真
実というものはおおかたの場合、あなたが言っているように、強い
痛みを伴うものだ。そしてほとんどの人間は痛みを伴った真実なん
ぞ求めていない。人々が必要としているのは、自分の存在を少しで
も意味深く感じさせてくれるような、美しい心地良いお話しなの
だ。だからこそ宗教が成立する」(Book2 234頁)

この最後の一節だけを取り上げて村上春樹の宗教観を論じるのは性
急である。むしろカリスマ集団が成り立つというか、そのような宗
教を求めている人間の頼りなさを、そのリーダーの口を通して言わ
せているだけである。サリン事件の被害者のインタビューをまと
め、オウム真理教の裁判を傍聴し続けてきたなかで、そのような教
団が起こり、成り立ち、強大化していく生業を、そのリーダーで
あったらこう言うであろうと想像しながら書いたのであろう。

ただこのようなことは特定な集団だけに起こるのではない。私たち
に関して言えば、どの教会でも起こりうることである。牧師にカリ
スマ性が備わっているときにはその危険性はいつでもある。またそ
れに流されるというか、むしろそれを必要としているといえる、あ
るいはそれなしには生けられない人間のどうにもならない弱さを、
村上春樹はみている。私たちのなかにある満たされることのない欠
け、いやされることのない傷、どうにもならない悪、その追求が村
上春樹のどの本にも貫かれている。

強い痛みを伴う真実とは、そんな隠された私たちの反面・裏面に触
れることなので、自分ではどうすることもできない苦しみを引き起
こす。それが宗教の本質である。イスラエルの民が経験したことで
あり、キリストが人々に語りかけ、自らが示したことである。それ
は人間の罪深さに触れることである。律法でも、クリスチャンはこ
うあるべき、こうすべきという道徳主義でも取り扱うことのできな
いものである。心の深くに住み着く罪に触れることである。

「あなたが言っているように」と暗闇のなかでその女性に言う。何
とも象徴的なことである。この女性もある宗教団体に属している親
の元から抜け出してきた。リーダーはそのことも知っている上で
言っている。「壁と卵」、すなわち「システムと卵」と表現したエ
ルサレム賞受賞式の言葉は、すでに書き終えていたであろうこの言
い回しとも結びついてくる。システムとして築かれた団体や、そこ
での教義や神学に立ち向かうのは当然痛みを伴うものである。シス
テムはどうしても自己防衛に走るからである。それは個々の教会で
も、その教会の属しているグループでも、地域を越え、国を超えて
も起こりうることである。

そんな中から出てきたこの女性の背景も、自分のところに来た意図
も承知の上で「あなたが言っているように」と言って受け入れてい
る。受け入れることで自分の死も受け入れるのである。強い痛みを
伴う真実は、システムにあるのではなく、個人の深い心の中にある
ことを、村上春樹はカリスマ集団のリーダーを通して言わせてい
る。見事な手法である。

上沼昌雄記

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