「1980年代の陰影」 2009年8月3日(月)

神学モノローグ

村上春樹の新刊『1Q84』に関して、かつて村上春樹の経営し
ていたジャズ喫茶「ピーター・キャット」に通っていた友人で、文
学好きな友が、マニアックで文学オタクの村上春樹の全開と称して
メールを送ってきた。村上春樹が文学オタクでも、この友人もそれ
に輪をかけてようにオタクぽくても、そこまではのめり込めないで
いる者には、ともかく『1Q84』はなんだと思わせるものを
持っている。少なくとも「なんだこれは」と言わせる。言いたくな
る。それだけ考えさせる何かを持っている。そう言うと友は、「考
え過ぎるとややこしくなるのでヤメる事にしてください。それが今
回の『1Q84』を読む一番の方法論です」と平気で言ってく
る。それでも考えないわけに行かない。そして確かにややこしくな
る。それがこの本の嫌みである。

それでも、当然『1Q84』が元になっているジョージ・オー
ウェルの『1984』との関わりで、どうしても1984年が
気になる。オーウェルにとっては近未来であり、村上春樹にとって
は、「近い過去、暗い過去」である。そしてそれは、麻原彰晃がオ
ウム真理教を起こした年である。裁判を傍聴し、地下鉄サリン事件
の被害者をインタビューして『アンダーグランド』という本でまと
めた村上春樹が、じっと心の目で見つめていた年であった。それ
は、またジョージ・オーウェルが見ていた年でもあった。そこに無
限大に近い村上春樹の想像力が展開していった。60年
代、70年代の学園紛争のグループが追われて山梨の過疎地で
始めた活動が、いつの間にか宗教法人となり、カルト集団となって
悪の影響を及ぼしていく。

そこに、ビック・ブラザーに対してリトル・ピープルが登場し、そ
の背後に10歳の少女への性的虐待があり、さらにロマンスが
ある。ヤナーチャックの『シンフォニエッタ』がタクシーのラジオ
から流れ、チェーホフの『サハリン島』が朗読される。文学オタク
の面目躍如たるところである。物語はしかし、当然のように複雑に
絡まってくる。それでもどうして1984年が問題であり、その1984
年が、空気が代わるようにどうして1Q84年になるのか考えて
しまう。

考えないで楽しめるのは、物語にはコンピュータも携帯もない、
ワープロと公衆電話でことが進んでいくことである。そんな時代も
あったねと言いたくなる。CDもまだなかった。それでも人は
しっかりと生きていた。当然村上春樹も当時は手書きで書いてい
た。そして書くことに集中していった。その年にピーター・キャッ
トを友人に譲ったと、友が教えてくれた。個人的には村上春樹を解
く鍵になると思われる『世界の終わりとハードボイルド・ワンダー
ランド』は次の年、すなわち、1985年に出ている。1984
年はその草稿に沈潜していたときである。

そんなことを思っていたら、自分にとっての1984年は何で
あったのだろうと、問いかけてみたくなった。その年をピンポイン
トのように思い起こすことはできなくても、もう少し大目に見て、1980
年代は自分にとってどんな時代であったのであろうかと思うように
なった。60年代、70年代を学園紛争で過ごした者も、
その次の世代、すなわち、日本がまさに経済的の絶頂に向かって突
き進んでいった怒濤のような動きに否応なしに組み込まれていっ
た。その先鋒を担ぐことにもなった。そして日本全土が、バブル崩
壊の前のバブル景気で酔っていたときである。

それに合わせるように福音派の教会も拡張していった。そのなかで
教会を牧会し、神学校で神学を教えていた。その神学校も経済成長
に合わせて、都内の土地を売って、郊外に移転した。自分たちが理
解し、教えてきたことがそのままに行くと思わせるときであった。
教会も神学校もそれなりに成長し、経済的にも拡張し、自信を持っ
ていた。しかしどこかで傲慢の種が埋め込まれ、落とし穴が仕組ま
れていった。

そんな80年代の陰影を見抜いているかのように、村上春樹は
「世界の終わり」に言及する。隠れて密かに始まったオウム真理教
の臭いをかいでいたかのようである。それが表に出てきたときに、
その臭いの元を探るように1984年に焦点を合わせていく。
「暗い過去」を見据えている野の獣のように、狙いを定めて静かに
辿っていく。そこに、1984年とパラレルに存在する、不思議な
Question Markを付けたくなる1Q84年に突き当たる。

『1Q84』の物語に入っていくと複雑に絡まっていて出られな
くなる。そこに引き込まれないように、その1Q84年が関わる
80年代を振り返えることになった。それでどうなるわけでもない。
それでもどのような時代に生かされてきたのか、多少とも考えるこ
とになる。当然教会として、神学を志す者として、80年代の
陰影を抱えることになる。その意味を、歴史をも支配する神に問い
ただしてみたい。

ともかくその80年代にいろいろなことがあって、まさにその
80年代の終わりに、すなわち、1989年の夏に家族でアメリカ
に移り住むようになった。20年前のことである。そのいろい
ろなことを思い起こすことになる。そのいろいろなことが今にも意
味を持っている。ただその1989年に、中国天安門事件があ
り、ベルリンの壁の崩壊を迎えている。80年代の終わりを象
徴するかのように。

上沼昌雄記

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