「秋田、秋桜、秋刀魚」2009年9月20日(月)

ウイークリー瞑想

 ダラスを発って、シカゴ経由で成田に着きました。秋田までの切
符を手配したのですが、新幹線「こまち」はどれも満席ですという
返事でした。それで、「こまち」と連結して走る八戸行きの「はや
て」で盛岡まで行って、そこで「こまち」に乗り移ることはできま
すかと尋ねたら、それでは一席だけ空いていますと言うこと
で、 金曜日の遅くに多少雨模様の秋田の石川教授宅に着きま
した。ダラスを出て24時間以上経っていました。

 次の日、すなわち、土曜日は気持ちの良い秋の空が迎えてくれま
した。昼においしいラーメンを食べて、少しドライブをしましょう
と言うことで、北に向かいました。家を出てすぐにコスモスが気持
ちよさそうになびいていました。別名「秋桜」と言われているとお
り、秋の到来を告げる花です。コスモスに出会うのを楽しみにして
きたのですが、でももう咲いているのかという驚きに自分が驚きました。

 八郎潟の近辺を通っていると、稲穂は早くも色づいています。茶
色かかった黄色の絨毯が一面に敷かれている感じです。ダラスまで
の何もない荒地のようなところを延々とドライブしてきたので、豊
かな実りの秋に突入して戸惑いました。まさに「秋の田」に降り
立った感じです。能代から穏やかに晴れ渡った海岸線に出てドライ
ブをしていると、ローカル線の代表格のような五能線が並行して
走っています。トンネルから抜け出るのを待ちかまえている写真家
の姿も見えます。秋田はまさに美しい秋の敷物です。

 連休初日の秋晴れの中を豊かな時をいただきました。その日の秋
の実りを締めくくるように石川夫人が夕食にサンマを出してくれま
した。ふんわりと焼き上がった「秋刀魚」はまさに秋の魚です。私
の体には夏の労働の熱がまだ残っています。でもこの一日で秋の劇
場に招き入れられていることを目と肌と胃で感じました。24
時間以上の旅をして豊かな空気の漂う空間に入れられました。

 そんな秋に満ちた秋田の教会に、来年の春の日本での奉仕を皮切
りに、夫婦で多少長く滞在するように招かれています。いつもはワ
ンポイント牧師として招かれました。そのワンポイントをもう少し
長く滞在できませんかという問いかけから、そんな可能性が生まれ
てきました。その背後に昨年の春に妻のルイーズを招いてくれて交
わりをいただいたことがあります。私より妻を呼んでくれているの
です。それでも私なりにミニストリーとしての日本での働きを秋田
の教会を中心にして継続することと捉えています。すなわち春と秋
に夫婦で秋田の教会に滞在して、今までのような旅を必要最小限に
縮小して、短期宣教師というか、協力牧師として奉仕をすると言う
ことです。

 秋田の教会はこの15年以上無牧のままです。近くの顧問牧
師が月一度礼拝の奉仕をされてきました。それ以外は教会員の証を
中心とした礼拝を守ってきました。そんな忠実な姿勢を主は見逃す
ことはありません。そんな教会にミニストリーの形体を少し変えて
奉仕できるのは導きのように思います。 実際には何かをする
と言うより、そんな教会の歩みの次の段階の足場を築ければと願う
のみです。 当然妻の前向きな姿勢が後押しをしてくれています。

 そんな方向をいただきながらこの秋の日本での奉仕が始まりまし
た。今日は全国から秋田に医療関係者が40名ほど集まります。EMF
の40周年記念シンポジウムがあります。その基調講演で「医
療関係者における霊性のこと」について話すことになっています。
「霊性と身体性」という方向で話をまとめられればと願っていま
す。秋の深まりとともに恵みの深みに共に入ることができればと
願っています。

上沼昌雄記

「父親のテーマとしての『1Q84』」2009年9月14日(月)

神学モノローグ

 『1Q84』はいくつもの大切なテーマがかなり複雑に絡み
合った物語である。どのテーマを取り上げ、どのように紐解いてい
くのかで、この小説に関してのその人の読み方が可能である。そん
なことを著者が許しているというか、意図的に仕組んでいるようで
ある。すなわち、この面から取りかかることができ、また別の面か
ら取りかかることができるという重層的な感じである。そのような
可能性を計算して書いているようにも思う。

 そのなかで今回初めて正面から取り上げられている父親のことが
どうしても気になる。前回の『海辺のカフカ』では、母親を探しに
行くために父親と決別をする、そして見つけ出すためには父親を
「抹殺」することが、あたかもギリシャ神話のオイディップス王の
物語のように取り上げられている。それでも正面から取り上げられ
ているわけでない。今回の『1Q84』も正面から取り上げられ
ているわけでないと言えばそのようにも言えるが、それでもかなり
中心的なファクターとして関わっている。

 今回雑誌『リバイバル・ジャパン』の9月15日号に
「なぜ村上春樹は読まれるのか?」という記事を書いた。その記事
の前に編集者の谷口氏が「村上春樹の新刊『1Q84』に描かれ
た宗教世界」というポイントを見抜いた記事を書いている。そこで
『1Q84』に描かれている父親のことに見事に言及している。
編者者としてのすぐれた視点である。

 幼児期の母親の記憶で悩まされていた30歳になった天吾と
いう小説家志望の男性が、17歳の少女の作品「空気さなぎ」
を書き直すことで、この少女のもたらす世界1Q84年に引き込
まれていく。そうでなかったらそのままで終わってしまったであろ
う人生に見逃すことのできない碇が据えられる。母親を通して生ま
れた自分の父親は自分を育ててくれた父親ではないであろうとい
う、どうにも避けることのできない問いである。そんな問いを抱え
ていながら長い間そのままにしてきた。そのままにしたままで人生
を終わってしまったかもしれない。しかし不思議な1Q84に引
き込まれたことでそのままにしておくことができなくなる。

 すでに引退してしかも認知症の父親を、何かにひかれるように訪
ねる。小説では2回訪ねることになる。2回目はすでに
意識を失った父親であるが、それが同時にこの物語の最後になって
いる。最初の訪問ですでに自分を育ててくれた息子を識別できない
そんな父親に、天吾は避けられないとこととして自分を生んだ母親
のことと父親のことを尋ねる。そんな問いを識別できないようであ
りながらこの父親は、「空白」が母親と交わって天吾が生まれたと
いう。その空白を埋めるのが自分の仕事であったと告白する。それ
以上の説明を拒む。説明できないことは、説明しても分からないと
哲学めいたことを言う。しかし天吾には分かった。そして去るとき
に父親の目に涙が流れていることに感激する。

 『1Q84』にはもう一人の主人公になる青豆という女性がい
る。二人の物語が奇数と偶数の章で展開している。天吾が父親を施
設に訪ねるときは、青豆はカルト集団のリーダーを訪ねるという
か、殺しに行くというか、ともかく対面するときである。青豆は
「証人会」という宗教団体に属している両親のところから抜け出し
て、交流も全く断って、自立している。彼女の特殊な技術がこの
リーダーの殺害に使われる。そのために遣わされる。リーダーはそ
んな背景を知りながら、しかも自分が殺されることを知りながら彼
女と会話をする。

 天吾が自分を育ててくれた父親とする会話と、青豆が殺害に向
かったカルト集団のリーダーとする会話がパラレルに
『1Q84』のクライマックスのように展開していく。自分の本
当の父親は「空白」であると言うことで、真実を間接的に告白して
くれたことで切り離された父親と、両親とは宗教的な理由で切り離
されてしまった青豆が、カルト集団のリーダーの中に見いだして抱
かれるような父親のイメージとも言える。

 パラレルに展開するこの二つのことは切り離せない。それが何を
意味するのかは不明である。不明であるというのは多義的な意味が
含まれていると言うことである。すでにビックブラザーのいないリ
トルピープルの世界で探し求める父親の姿である。父親に返ること
でしか見いだせない自分の姿と、なお父親のようなイメージに宗教
指導者を結びつけてしまう小市民の意識である。

 この夏、父親に関する原稿を出版社に送った。親しい友人の牧師
に原稿を読んでいただいた。男性集会をし、闇のテーマを取り上
げ、そして避けられないかたちで父親の課題にぶつかった。そして
今回の村上春樹の新刊 『1Q84』でその父親のことが取
り上げられている。しかしその意味合いはかなり複雑である。それ
は、取りも直さず父親のことが複雑で面倒なテーマであることを
語っている。

上沼昌雄記

「労働祝日」2009年9月7日(月)

ウイークリー瞑想

 この9月初めの月曜日はアメリカではLabor Dayの休
日です。夏が終わってこれから秋の収穫に向かって一生懸命に働く
ぞという前に、そんな堅苦しいことを言わないでともかく最後の夏
休みをゆっくり過ごそうというので定められた休日です。それが本
当の理由かどうかは知りませんが、多分そうなのだろうと勝手に想
像しています。Labor Dayを迎えるたびにアメリカ人のそんな
ユーモアに感心しています。実際にクリスマスや感謝祭に続いて
人々が旅行に出るときです。それでも今年は不況の影響でいつもよ
りはかなり少ないようです。

 そんななかであえて旅に出ることになったのは初めてです。いつ
もはもう日本人ですから夏は終わった、仕事をしなければと言う思
いと、そんな人混みのなかであえて旅行もしたくないと思って家に
いました。今回はそんな人が動き出す週末に妻とドライブを始めて、LA
郊外の妻の両親のところに来ました。そしてLabor Dayが終
わってから丸二日のドライブでテキサスのダラスに向かいます。こ
の8月に生まれた孫に会いに行くためです。そしてそのダラス
に妻を残して17日に日本に向かい、この秋の活動が始まりま
す。妻はその間ダラスで二人の孫と一緒です。

 このようにLabor Dayを過ごすのは初めてですが、さらに
Labor、すなわち、労働を意識したのも初めてです。労働と言っても
まさに肉体労働です。肉体労働と言っても糧のためと言うより生活
環境のためです。20年前にアメリカに移住したときはペンキ
塗りを数年しました。その時はまだ40代でしたが、今回は
60代の老体をむち打って、夏の期間中敷地の整備をさせられまし
た。山火事予防のために木を切ったり、枯れ木を集めたり、何年も
積み重なった枯れ葉を一カ所に集めたりと、カリフォルニアのまぶ
しい太陽の下ですることになりました。

 火災保険会社からこのままでは更新ができないから、きれいにす
るようにと言う通達が夏の初めに来たのです。今まで18年間
何の問題もありませんでした。どのようにするのかも何も言ってき
ません。妻が問いただしたら、消防署の基準に従って、しかもその
検査の証明書を送るようにと言うことでした。それでこの夏はゆっ
くりしようという楽しみは吹っ飛んでしまいました。だいたいの基
準は分かっていました。8年前には近くで山火事がありまし
た。いったん火がついたらば乾燥しきったこの夏にはあっという間
に広がっていきます。冬の雨で春先は緑であった雑草が、夏に近づ
くにつれて茶色になり、黄色になり、今では赤茶けてきます。事務
所のある街では先週は強風のために一日で60軒が焼け出され
ました。LA郊外の山では今でも燃えています。

 基本的には土曜日以外は事務所から帰ってきた夕方2,3
時間労働をしました。実はこの時間帯が一日で一番気温が高いとき
です。朝は結構涼しいのですが、夕方は40度近くになるとき
もあります。なるべく木陰を探して仕事をするのですが、どうして
も太陽の下にでないといけないときがあります。汗は出てくるので
すが、体を動かしているほどには汗をかきません。かくのですが乾
燥してしまうのです。 枯れ葉を一カ所に集めるために何度も
繰り返して太陽の下に出ます。 疲れて水分を欠いた体が焼け
出すのかと一瞬思います。そんな労働を木陰もない炎天下で一日中
している労働者のこと、そんな労働でアメリカを開拓してきた汗の
歴史を思います。大げさですがアメリカの開拓の疑似体験をしてい
る感じです。

 高く大きくなった杉や松や樫の木で、下の方は枯れ枝になってい
るものを切り取る作業は、枯れ葉から火が木に伸びていかないため
に避けられないことです。はしごをかけて延長ポールの先にのこぎ
りのついたもので切り取っていきます。はしごに寄りかかり、まっ
すぐに見上げ、10メートルぐらいのポールで枝を切っていく
のです。そんな木が何本もあります。首が痛くなります。心臓はこ
れ以上ふくれあがれないほど鼓動します。今まで使ったことのない
筋肉を使っている感じです。ヘトヘトになるのですが、枝を切るた
びに視界が開かれてきて、そこから吹いてくる風に癒されます。

 消防署と言っても営林局の消防署です。山火事担当です。町の消
防署は家の火災を担当します。その営林局の消防隊を3回も呼
んできていただきました。車寄せの周りの木をもっと切らない消防
車が入れないと言われたり、屋根に掛かっている枝を切った方が良
いと指導してくれました。夏場は忙しいときなのに、保険会社のこ
とで結構の呼び出しを受けているという。それでもとても親切で好
意的である。実際に山火事になったときにどの家を救い、どの家を
あきらめるかは彼らの判断に任されているという。そのためにも消
防車が入りやすいようにしておいたほうが良いと教えてくれま
す。3度目に来てくれたときにはよくやっととほめてくれました。

 実はこの旅行があるために期限付きの作業をしてきました。それ
で体をむち打ってでも終わらせなければなりませんでした。待った
なしです。それは土地に関わる農作業をしている人が直面している
ことです。最上川沿いの隠れ家から腰が曲がったおばあさんが炎天
下で農作業をしている光景を思い出します。毎朝農作業に出る前に
点滴に来る患者の話を聞きました。労働は好きなときに、好きなよ
うにできるものではないのです。からだがダメになりそうでもその
限られた時間のなかで終わらせなければならないのです。もっと根
本的には家族を食べさせるためには待ったなしにしなければなりま
せん。そんな労働を神は創世記の3章で定めているのです。と
ても厳しい、そして現実的な待ったなしの労働です。たとえそこに
収穫の実を味わうことができるという祝福があったとしても、どう
してもやり遂げないといけないことです。そんな労働で家の周りは
今までにないほどきれいになりました。山火事のないことを祈るの
みです。

上沼昌雄記