「民族と信仰」2009年11月30日(月)

神学モノローグ


 今回日本で平凡社ライブラリーに新しくまとめられたジャック・
デリダの『精神についてーハイデッガーと問い』と言う本を購入し
た。その帯に記されていた「問題はいぜんナチズムだ」と文句に惹
きつけられた。すでに自分の年と同じ64年を過ぎてもいぜん
問題はナチズムだという、このテキストを見事に読み込みながら哲
学をするユダヤ系フランス人哲学者の言説に聞いてみたかった。同
じフランスのユダヤ人哲学者のレヴィナスはハイデッガーを挟んで
ホロコーストを体験しているが、デリダは一世代以上置いてハイ
デッガーに対峙している。その分ハイデッガーのテキストに切り込
んでいく。

 その切り込んでいく手がかりが「精神」という用法であ
る。1927年の『存在と時間』は、存在者とは区別される存在
そのものを問い進めていく。そのために存在そのものを伝統的に存
在者の最高存在、あるいは根底のように理解する西洋の枠組みを取
り払って、存在と存在者の差異を強調して、存在そのものに執拗に
近づこうとする。そこには「心」も「魂」も「精神」も入る余地は
ない。ハイデッガーが「避ける」と言ったことにデリダは注目して
いる。当然だと観ている。

 しかし6年後の1933年に、ハイデッガーが大学総長に
就任するときの「ドイツ大学の自己主張」と題される『総長就任講
演』では、その避けてきた「精神」という用法が、ドイツの大学と
民族の総意を言い表すかのように、全面的に使われてきていること
を指摘している。「総長に就任することは、この大学の精神的なる
指導への義務を負うことである。」「ドイツ大学の本質を意志する
ことは、自らの国家において自己を知る民族としてのドイツ民族に
課せられた歴史的、精神的な使命への意志という意味で、学問を意
志することである。」「精神とは存在の本質への根源に調和の合っ
た、かつ知である決意性である。」

 すなわち、ドイツ民族と大学の存在の本質に調和した決意性、意
志のあり方が精神であるという。まさにドイツ民族の精神である。
その精神的な指導の義務を負うという。デリダは、ハイデッガーが
本来避けていたこの「精神」という用法が、ナチスの台頭とそのド
イツでの大学の責任を負うものとして避けられないものとして、あ
たかも亡霊のように付きまとっていたものが前面に出てきたと見て
いる。だからハイデッガーにとっても「精神は自らの分身である」
とデリダはいう。存在の探求としては避けようと試みたものが、ド
イツ民族を語るときにはまさに戻ってきた亡霊のように前面に出て
くる。ハイデッガーでも避けられなかった。

 もし哲学者のハイデッガーでさえ避けられなかったとすれば、当
時の多くのドイツの教会とクリスチャンが、かたちとして信仰者の
枠を取っていても、当時の状況からドイツ精神に流れてしまったの
だろうと想像できる。分身としての亡霊は、かたちとしての外側の
ものをあっさりと飲み込んでしまう威力である。哲学をも信仰をも
囲み込んでしまう魔力である。

 当然対岸の火事ではない。どんなに福音的に、聖書的に信仰の立
場を守り、実行し、神学を築いていると思っても、思いがけないと
ころで、思いがけないときに、日本的精神が顔を出してきて、飲み
込まれてしまう。福音的、聖書的というのが外側でくっつけたもの
であるので、内側で分身のように付きまとっている日本的精神が夕
闇とともに忍び込み、覆われてしまう。そんな暗い歴史を日本の教
会は負っている。

 妻はそれに近いことを言ってくることがある。ハッとさせられる
が、どこかで自分の分身に従っているところがあることは認めざる
を得ない。信仰と言うより、どこかで闇のように隠れていてしかも
付きまとっている、ある精神的なものに流され、それで判断してい
るときがある。戻ってきた亡霊に惹かれ、居心地の良さを感じてい
る自分がいる。

 「問題はいぜんナチズムだ」とデリダが言い続けるヨーロッパの
苦悩は、民族の本源、人間の本源に切迫することで、逆にその責任
を厳粛に受け取ろうとする問いかけになっている。そんな内側から
の問いかけに襟を正される。今回の日本の訪問の最後に訪ねること
のできた99歳になられた大村晴雄先生が言われた言葉の重み
をあらためて思う。「日本人の根底にあるドロドロしたものをこと
ばで言い表せたら、私の日本プロテスタント史は終わる。」

上沼昌雄記

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