「なぜ今、聖書なのか」2010年5月10日(月)

 「クリスチャン新聞」5月9日の最新号のトップペー
ジ「再発見?!キリスト教の世界」で、新潮社の季刊誌『考える
人』の最新号「はじめて読む聖書」を取り上げている。季刊誌のな
かで取り上げられている新約聖書学者の田川建三氏、思想家の吉本
隆明氏、作家の池澤夏樹氏のことに触れている。

 友人でクリスチャンのジャーナリストでありフリーランスライ
ターの山川曉氏が、その季刊誌に載っていた内田樹氏の「レヴィナ
スを通して読む旧約聖書」を数日前にコピーして送ってくれた。山
川氏は私がレヴィナスを読んでいるのを知っている。内田樹氏はレ
ヴィナスを師と仰いでいる。多方面に活躍していて、『村上春樹に
ご用心』という本まで書いている。ただ「レヴィナスを通して読む
旧約聖書」は何とも興味をひかれるタイトルである。

 内田氏は20代の終わりからレヴィナスを読み出した。ホロ
コーストの生き残りであるレヴィナスがどうして自分だけが生き
残ったのかが哲学のテーマになっているとみている。それでもそん
な背景のない自分がどうしてそんな哲学にひかれるのか、ともかく
そんなレヴィナスの叫びにも似た哲学の虜になったという。レヴィ
ナスがタルムードの師であることから、内田氏もタルムードを学
ぶ。知識欲旺盛である。ともかくタルムードを通しての重層的な旧
約聖書の解釈を手だてに読んできたことを記している。

 レヴィナスを手がかりにしている日本の哲学者も少なからずい
る。その人たちの本を読むと、どうしてレヴィナスに出会ったのか
記している。レヴィナスのようなユダヤ教の背景も、ホロコースト
の経験もない者がどうしてレヴィナスにひかれるのか、釈明が求め
られるのである。そこには西洋の哲学と神学の行き詰まりがある。
すなわち、ホロコーストの背景にある西洋の哲学と神学を打ち破る
ものとしてレヴィナスの哲学を受け止めている。

 この西洋の思考についてレヴィナスは『存在の彼方へ』(講談社
学術文庫)でタルムードの学者のようにメタファーを用いて描いて
いる。「西欧思想は、魂が必ずや入港するはずの安全な港ないし避
難所として、体系を探し求めてきたのだった。」(310頁)
「そもそもヨーロッパ史それ自体は、わが家の獲得とわが家の防衛
に汲々とすることにすぎない。」(397頁)そんな汲々として
体系を築こうとする思想は戦争を前提にしていることになる。そこ
に暴力を認めているからである。「戦争とは、存在することのかか
る我執を描く武勲詩ないし劇なのだ。」(23,24頁)

 戦後の生き方を真剣に求める哲学者の心に触れるものがある。哲
学と神学への自己批判である。この数年レヴィナスを読むように
なって気づいた。レヴィナスがいう体系を築こうとする思惟が、ど
ちらかというと聖書よりギリシャ精神によっていることに納得して
きた。それというのも、自分の聖書解釈が成り立ち、それに基づい
た神学が形成されるとそれは暴力になることを身近に知らされてい
るからである。「戦争とは」とレヴィナスがいう思いがけない言葉
に重みがある。

 そんな体系を汲々と求めるギリシャ精神に対して、レヴィナスは
神がアブラハムを自分の生まれ故郷から出して約束の地を求めされ
る道筋を、人の生き方、存在のあり方としてみてくる。自分の存在
の我執に留まらないで、自分を出ていく旅を存在のあり方とみてい
く。『全体性と無限』(岩波文庫)の本文の初めは、アブラハムが
旅に出て行くところであり、終わりはメシア待望である。そんな哲
学が日本でも本気に取り上げられている。

 毎週土曜日に秋田の教会の方々とエレミヤ書を学びながら、体系
的な教えや、そこからどのように霊的な教えを引き出すかではなく
て、神のなされた民への「永遠の愛」の行為として読むように心が
けている。すなわち、エレミヤ書を背景に持つユダヤ人のように読
んだらどのようになるだろうかと思いながら読んでいる。エレミヤ
の嘆き、哀歌をどのように聴き取ることができるのか、陶器師のた
とえで語る神の教え方がどのように心の残るのか、試行錯誤をしな
がらエレミヤ書を学んでいる。

上沼昌雄記

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