「アメリカ独立記念日」2010年7月4日(日)

 今日は独立記念日です。私たちの住んでいる地元の町では昨晩の
うちに花火が打ち上げられました。鉄道とサンフランシスコ・
ニューヨーク間の国道が走っているのですが、小さな昔の西部劇の
ような町です。教会のある町フォレストヒルはふたつの支流の上に
あるむしろ隔離された町です。サクラメントのベッドタウンのよう
な感じです。独立記念日のパレードは礼拝の時間に重なっていたと
言うことです。

 黒人のスラッツお婆さんの孫に当たる方が毎週サンフランシスコ
郊外からきて説教をしてくれています。1776年7月4
日に東部の13州がイギリスからの独立を宣言した経緯を説明
してくれて、独立の意義と、なお全面的に神に頼っていく信仰者の
姿をキリストの生き方を顧みながら語ってくれました。

 礼拝が終わって、80代半ばの方が話しかけてこられまし
た。奥様の病気のことがあって長い間住んでいたフォレストヒルの
町を下りて、大きな病院の近くのある町に移り住んでいます。近く
にふさわしい教会を見つけることが大変難しいという話でした。と
いうのは導入で、この方は正直に、黒人の牧師と言うことで、来な
くなったり、来ても二度と来ないことだろうと言われました。この
ことを言いたかったようです。そしてこのようなことはとても英語
では書けません。日本語だから書けるのです。

 ご自分も偏見の強い家族のなかで育ったと言われます。黒人とユ
ダヤ人に対して父親がひどい偏見を持っていたと正直に言われま
す。でもこの教会を自分の教会のように思っていると言うのです。
この説教者のメッセージを聞きたいのだと繰り返して言われます。
今居るところでは、近所のメキシコ人が助けてくれたり、黒人の家
族が妻のために毎日祈っていてくれると付け加えてくれました。よ
く考えてみると、ということを日本人の私にそのまま話してくれて
いるのです。ただ聞いていてユダヤ人のことが黒人のことと一緒に
出てきたのは驚きでもあります。このアメリカで、黒人への偏見は
ことあるごとに感じてきました。しかし、それと並んでユダヤ人の
ことが出てくるとは思っていなかったからです。

 政治的に独立を宣言して、社会的に平等になったとしても、私た
ちのなかにはいつまでも根付いている人間観の消しがたい感情が、
呪いのようにあります。表面的にはすでに解決しているように見せ
ています。しかしそれはあまりに奥深く隠れたことなので闇のよう
に顔の後ろに漂っています。どこの民族にも、誰の心にもあること
です。その傷はあまりにも深くてとても触れることが出来ないので
す。思いがけないときに、しかも、今回のように、確実にどこかで
蓋が開けられたように出てきます。ユダヤ性やユダヤ人の歴史を振
り返ってみても、繰り返されていることが分かります。

 今回、山のこの小さな教会が黒人の方を、たとえ臨時でも、牧師
として迎え入れたことは、もしかすると計り知れない神の計画があ
るのかも知れません。あとで分かったのですが投票の結果は大多数
であったということです。そして彼のメッセージに関心を持つよう
になっています。そのような個人的なことより、このことがどのよ
うなことに導かれているのか、祈りつつ探っていく必要を感じてい
ます。思いがけない、思いもよらない、このアメリカの地に対して
の神の導きがあるのだろうと思わされて仕方がありません。

 アメリカの独立記念日の午後に、そんなことをひとりで考えています。

上沼昌雄記

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