「MK」2010年11月3日(水)

 私の妻はMKです。Missionary Kid、すなわち、宣教
師の子どもです。当然兄姉6人みなMKです。よく日本で
の経験が話題になります。私がその場にいなければかなり深刻なこ
とも話し合っているようです。妻の友人で同じMKの人に何人
か会っています。またそのような人のことを妻から聞いています。
私たちと同じように日本人と結婚しているMKのことも聞いて
います。

 昨日、日本人のMKに会いました。以前にも会っているのです
が、MKというのは感覚として欧米人だけと思いこんでいると
ころがありましたので、この日本人のお子さんがMKであるこ
とをあらためて確認することになりました。彼女のご両親に宣教地
での経験をうかがうために、青函トンネルを夜行列車で通り抜け
て、早朝の札幌駅で友人が会い、昼に旭川の手前の、すでに紅葉が
終わって冬がすぐそこまで来ている小さな町にきました。15
年以上の宣教活動を終えて実家のあるこの町で高校3年生のお
嬢さんと、静かに、しかし楽しそうに生活をしています。

 今回はインタビューに伺うと言うことで、こちらの聞きたいポイ
ントで話をしたいと思っていたのですが、このご夫妻も自分たちの
経験を確認するように、ためらわずに、昼から夕方まで途切れるこ
となく話をしてくださいました。学校が終わってお嬢さんが帰って
きました。今回の私の訪問の目的を親から聞いていたようで、イン
タビューに快く応じてくれました。

 宣教地で生まれ、8歳の時にお姉さんを含めて4人家
族で日本に帰国し、この町に住みつきました。上のふたりのお兄さ
んはすでに家から離れていました。ホームシックになりお姉さんと
ふたりで泣きながら戻りたいと訴えていました。ただ自分はすぐに
友達もでき、陸上部で励むことができたのですが、地元の中学に
入ったお姉さんにとってはすでにグループが出来上がっていて、友
達もできず、自分より大変であったと、お姉さんに変わって話して
くれました。誰も自分たちのことを分かってくれる友達はいなかっ
たのです。それでも自分にとっては姉がいて、お姉さんにとっては
自分がいたことは救いだったのです。

 自分の心あることをとても上手に表現され、こちらがそれに乗っ
て質問することに、的を射た矢に反応するように受け答えしてくれ
ました。絵も上手に描くことができ、この2年ほどはその絵の
カレンダーが印刷屋さんから多くの人の手に渡っています。経験し
たこと、心にあることを気張らないで、スムーズに言い表しますの
で、こちらもそれに乗って結構遠慮なく聞くことができました。そ
うなので日本人でMKのコーディナーターになれますねと言い
ましたら、すでにそのような交流が起こされているようです。

 小学校の半ばで生まれた宣教地からも友達からも切り離されて、
日本人でありながら住んだことのない日本に強制的に帰ってきたこ
とは、自分にとっては神に翻弄されたことだと正直に言います。今
はそこにも意味があるのだろうと思うようになりました。ただ日本
になじめないままで留学しているお姉さんのことを心にかけています。

 ご両親へのインタビューの後にMKの視点からの話が加わっ
たことで、このご一家のストーリーの深さと広がりを知ることにな
りました。いずれ4人のMKの子どもさんたちが、海外で
の経験を踏まえてさらに広い恵みをこのご家族のもたらしていくの
だろうと、インタビューの締めくくりで思わされました。そして、
そのことが妻の家族のことと重なってきて、望みが新たにされ、う
れしくなりました。

上沼昌雄記

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