「JCFN20年 EC10回目」2011年1月4 日(火)

 暮れの31日にイクイッパー・カンファレンスの最後の日の
集会に一日参加しました。午後に「父よ、父たちよ」のテーマの
ワークショップの担当がありました。夕べの集会は全体集会のあと
にカウントダウンまで集会が続きますが、その前に失礼をしまし
た。いつもの渋滞はなく行き帰り1時間15分ほどで行っ
てくることができました。夕べの食卓で神学校の同窓の平湯牧師ご
夫妻、現役の本屋敷ご夫妻と奇しくも一緒になりました。平湯牧師
ご夫妻は近くで元気に牧会をされています。本屋敷ご夫妻には2
年前のこの集会でお会いしていました。当時はニューヨークで仕事
をされていました。

 午前の集会のテーマは「JCFN20年 EC10回目」と
なっていました。いくつかの賛美ティームが集会中編成されて奉仕
をしてくれるのですが、その時は高校生のバンドティームでした。JCFN
の20年の歴史を振り返るときに、あえて組んだことなのかど
うか分かりませんが、20年前にJCFNが産声を上げたと
きには彼らはまだこの世には存在していなかったのです。そんな事
実に直面しながら、この20年のうちで関わってくださった
方々のことを思い出しました。その人たちの労苦と奉仕がなければ
ここまで来ることはできませんでした。またその時の交わりを尊く
思っています。

 この集会で黒田総主事が、ご自分がどのようにJCFNに関わ
るようになったのかをメッセージとして話してくれました。彼女特
有なユーモアを含めて話を進めているのですが、あのことに触れる
のかなと思いながら話を聞いていました。それは、EC2回目の
集会のあと、帰途についているときに交通事故にあって一人の姉妹
が召されたのです。その運転をしていたのが彼女だったのです。動
物が出てきて避けることができないことでした。しかしこのことに
遭遇して彼女は神の愛が分からなくなり、神から離れる決心をしま
した。隠すことなく自分の思いを語ってくれました。

 自分の方で神から離れるために手を離しても、神は彼女をしっか
り捕まえていました。何度もあの十字架のイエスの姿を見ることに
なりました。そしてその十字架に自分も掛けられているのです。何
度も何度もそのような場面を見ながら、最後にイエスは息を引き取
り、彼女は解放されるのです。そんな内面のことを隠すことなく語
られました。しばらくして彼女がJCFNの主事に導かれまし
た。当時理事をしていましたので、その時の面談のことをよく覚え
ています。神に愛されていながら、同時にこれほどの苦悩を抱えな
ければならない、痛々しいほどでした。

 JCFNの働きの始まりに一人の姉妹のいのちが捧げられたの
です。理事としてこの事実を厳粛に受け止めました。こちらも命が
けでこの責任を負わなければならないと覚悟しました。彼女も十字
架を負ってJCFNの主事として総主事として奉仕をされていま
す。2005年の集会で、召された姉妹の妹さんとふたりで会衆
の前に立って証をされました。その場面もよく覚えていま
す。JCFNとECには、捧げられた一粒の麦があります。
神ご自身がそれを覚えておられます。その実を味わうことを許して
くれます。痛みを通しての豊かな実です。理事長としての責任をい
ただいたこともただ光栄なことでした。

 2010年の最後にもう一度厳粛な思いにさせられました。彼
女の痛みはまだあります。JCFNの責任もより重くあります。
帰国者を中心に日本での活動が広がっています。神が何かをさせよ
うとしておられます。捧げられた命が生きてきているのです。それ
は自分から出たいのちではありません。また尽きることのないいの
ちです。そんな尊いわざに関わっていることに背筋をただされなが
ら帰ってきました。このミニストリーもこの新しい年に20年
を迎えます。

上沼昌雄記

広告

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中