「海の源まで」2011年4月4日(月)

ウイークリー瞑想

今回の東北の巨大地震が三陸沖の日本海溝のプレートのずれによ
るものと聞いて、何ともやりきれない気持ちで、神が最後にあのヨ
ブに嵐のなかから答えたことばを思い出していました。「あなたは
海の源まで行ったことがあるのか。深い淵の奥底を歩き回ったこと
があるのか。」(38章16節)それは次のような全く突
き放したようなことばの続きで言われています。「わたしが地の基
を定めたとき、あなたはどこにいたのか。あなたに悟ることができ
るなら、告げてみよ。」(4節)全くノーとしか答えようのな
いことが分かっていることを、神はヨブへの答え(問い)としてい
るのです。

あの日本海溝の深い淵で何が起こったのかは知るよしもありませ
ん。数日前にも大きな地震が起こっていながら、全く予知もされて
いなかったようです。こちらには全く知ることのできなかったこと
ですが、ヨブへの神のことばを思うと、神はその海の深い淵にも
行ったことがあり、その奥底を歩き回ったことになります。少なく
とも神は海の源を知っているのです。ですので、プレートがずれて
大きな地震になることも、それが大きな津波になることも知ってい
たと、こちらの論理では少なくとも繋げたくなります。

神が造られた自然が、神に合い向かうようになってから、平和の
状態なのか、争い合う状態なのか、神の民と神の教会が数千年にわ
たって考え続けていることです。美しい自然を見ると神との調和を
実感します。自分の肉の欲が神の霊と相反していることを知ってい
ます。その両面を経験させられて怖じ迷います。そしてたとえ相反
していても、神は被造物のことはすべて知っていると思われます。
被造物のうめきを漏らさないで聞いていてくださると思うからです。

神のヨブへの答えは、苦しみの意味を知ろうともがいているヨブ
に、それとあなたとは何の関係があるのか、地の基を造ったときに
そこにあなたはいなかったし、海の底にも行ったこともないと、突
き放しているのです。今回の巨大地震が2万人以上の死者と行
方不明者を出していながら、どこかでそれとあなたと何の関係があ
るのかと言っているかのようです。家を失い震災で苦しんでいる人
のことを思っても、あの瓦礫の山の向こうに、何もなかったかのよ
うに静まりかえっている太平洋のように、神は静まりかえっている
のです。

それでもヨブは、神が自分を突き放すようなことばであっても、
自分のことを気にかけていてくれることはよく分かったのです。人
としては想定内のこととしてその意味を知ろうとしても、神は想定
外のところから返事をすることが分かったのです。願っているよう
には答えてくれないのです。意表をつく神であることが分かったの
です。そんな神の取り扱いと思いを、ヨブは嵐のなかで知るのです。

神のこととして地震が起こったのか、神に相反することとして地
震が起こったのか、それはあなたとは関係がないと言っているので
す。そしてそのように言って下さる神は、同時に、こちらのことを
予想以上に気にかけていてくださるのです。少なくともそう信じる
ことができます。またそう信じたいと思います。神は日本のことを
想定外と思えるほどに気にかけていてくださるのです。想像もでき
ないほどのことをもって神が日本に関わってくださるのだろうと、
少なくとも期待できるのです。聞いていてくれるのかどうかは分か
らなくても、それだけの責任を取ってくださいと言いたいほどです。

上沼昌雄記

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