「懐疑論と信仰」2011年5月18日(水)

懐疑論とは、伝統的には、神の存在そのものを疑うという意味で
ある。しかし、神の存在を前提にした上で、なお神のわざに関し
て、その意味がわからない、理解を超えている、それでもどうにも
ならない無意味におおわれている、という意味合いでの懐疑論が真
剣に取り上げられている。それは、あのホロコーストを経験したユ
ダヤ教徒のうちに、避けられない信仰との闘いとして顕現化してき
たことである。戦後すぐには言葉に言い表せなかったことが、時間
のなかで言語化されてきたことである。信仰者にとっての懐疑論である、

ホロコーストがあっても、自分たちの神をなお、アブラハム、イ
サク、ヤコブの神と信じ続けているその信仰は、神を前提にしてい
るその分、その意味の無意味さに直面させられている。神の存在そ
のものも無に帰してしまいそうな無意味さのなかで、なおその意味
を問いかける懐疑論から生まれる信仰である。いわゆる神義論の終
焉の上に出てくる信仰である。すなわち、神に対する絶望的な問い
かけのなかで、なお神を信じていく信仰である。

目映いばかりの新緑の日本に入っている。みずみずしい美しさに
潤いをいただいている。震災から2ヶ月以上経っているので表
面上は落ち着いている。すぐに関西での奉仕に入っているので震災
の現実感がない。来週には被災地を訪ねることができそうである。
そうであってもどこかで何かの喪失感に近いものが日本の地をお
おっているように思われる。喪失感とは、本来あるべきものが失わ
れているという意味でのことであるが、感じるのはそのような意味
ではなくて、もともとないものが露わにされたという意味での喪失
感である。取り戻すこともできないもの、すなわち、どのようにも
答えのないものが露わにされたことで、決定的な喪失感に怖じ惑っ
ている感じである。

被災地への支援と復興のためのボランティアの活動が活発になさ
れている。その報告を伺うことが出来る。それでも何かの喪失感が
どこかにうずくまっているようである。 地震のニュースを聞
いて、インターネットで観た津波の被害の大きさに対して抱いたあ
の「なぜ」という問いに対する答えのない喪失感である。ボラン
ティア活動ですばらしいことが起こっているのであるが、答えのな
い問いは残されたままである。問いそのものが問われていないかの
ようである。問うことさえ避けている感じである。問うても答えの
ないことが露わにされたことの喪失感におおわれているからである。

震災2ヶ月以上経って、問うても答えのない喪失感がより深
く沈潜している。問うこと自体をためらってしまう喪失感である。
声に出して、言葉として出すことをためらってしまうことである。
出しても答えがないことを知っているからである。特に神を信じ
て、すべてを益に変えてくださる神を信じている教会の民にとっ
て、どうすることも出来ない喪失感である。なぜ神はそのようなこ
とをこの日本に、あの東北の地にしたのかは、出しても答えのない
問いである。ただ意味の欠落のなかに陥ってしまうだけである。

しかし言葉に出さなくても、その問いは心の深くに留まる。「な
ぜ」という信仰者にとっての問いかけが、新しい懐疑論を抱えなが
ら歩むことを仕向ける。そしてそれは、その問いが深ければ深いだ
け、神を信じていく信仰の飛躍へと導く。答えを導くものがないな
かで、なお信じていく信仰の勇気である。「なぜ」という問いの深
刻さに対応するように、振り返ってくる信仰の深刻さである。答え
を期待しないで、なお「なぜ」という問いをしっかりともって信じ
ていく信仰の純粋さである。

今年は新緑がひときわまぶしく輝いているように見えますと、日
本にいる人が言う。何かあたかも、信仰者としての新しい懐疑論に
おおわれているなかで、その信仰がひときわまぶしく輝いていく姿
を語っているようである。

上沼昌雄記

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「「懐疑論と信仰」2011年5月18日(水)」への1件のフィードバック

  1. 上沼先生へ 
    先日は温かいお返事をいただきました。ありがとうございました。
    今まで、ずっとウイークリー瞑想や神学モノローグを、末松先生から転送していただいていました。その間、末松先生ご自身の信仰の深み、上沼先生を通してあじわっておられる、闇の奥の光も、分けていただいていました。何年間かのそういう静かな反芻を通して上沼先生の表現される神様の静かさ・深さを楽しみにしながら、あじわってきました。

    今回、二、三年たって上沼先生ご自身からお返事が届いたことを不思議な感覚でうれしく受け止めています。本当にありがとうございました。

    『懐疑論と信仰』を読ませていただきました。ありがとうございました。

    ユダヤ人のうめき、神の民であるけれども、どうしようもない神への問い、「神がいるのか」「神がいるのならなぜこんなことが。。。」という答えのない問い、そこから生まれる懐疑論
    。その懐疑論から生まれる純粋な信仰。そのことの描写が本当に私の胸の奥深くにしみました。

    今年、日本を襲った大地震と共に、そして家族に起こった悲しみと共に、自分自身もなんともいえない闇をあじわっています。そして神を知るものでありながらそのことに簡単に出口を見つけられない迷走を味わっています。神の民でありながら懐疑論を自分のこととして味わっています。

    今年2月の中旬、私は母を突然なくしました。自死でした。昨年夏ごろより逆流性食道炎をわずらっておりました。よわっておりました。しかしそのことと共に母は三十数年間「心の病」をわずらっておりました。時に激しく攻撃的に、時にどうしようもなく落ち込んで、そうとうつを繰り返しておりました。母の自死を思うときに、自衛官の家族の悲劇を思います。父の単身赴任をきっかけに母は心の病を患うようになりました。三十数年前のことです。
    母の死はこころの病の延長線上でおきました。長く苦しんでいました。家族も苦しんでいました。当日朝は普通の様子だったといいます。その死は突然でした。

    葬儀を終え、その後の法事もひとつひとつ終わっています。
    あれから三ヶ月たちました。混乱に混乱していた父も、まもられて日常の中におります。父を実家で支えている弟もまた日常の中にいます。

    しかし、三ヶ月たって、母がいたときとは違う深く思い喪失感が家族を覆っています。
    どうしようもない喪失感です。
    神様を知っている私にもなんともどうしようにもならない闇がぽっかり覆っています。

    「なぜ」という思いが去来します。「神がいるならなぜ?」。。
    でもその問いに今すぐでてくる答えはありません。
    ただただ喪失が家族を覆います。時に悲しみのあまり
    神様を知っている私でも「母をなんとか助けられなかっただろうか」と自責の思いにかられます。「神様は母の近くにいただろうか。」
    私の問いです。深く重い問いです。。。

    でもその問いを通して、私の気持ちが神様を求めています。
    嘆きやうめきを祈りでささげます。ゆっくりささげます。
    神様は沈黙しておられます。答えはありません。
    神様はいつも静かです。でもその静けさと沈黙がわたしをゆっくり癒してくれています。
    神様も静かにまた慟哭しながら、私と共に私の家族と共に涙を流しておられるようです。
    その静けさがわたしをさらなる神様の深みへと、神様への信頼へとに導いているように思います。
    それは不思議な道のりです。。。
     
    神学モノローグが胸にしみます。
    とても胸にしみます。
    この文章から見えてくるものは絶望ではなく静かな光です。
    神様の光です。
    そのことを深く感謝しています。

    在主

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