「大村先生の世界」2011年7月18日(月)

神学モノローグ

前回のこの欄で「外の思考」について書いた。自分のなかの思いを整理し、記しておく必要を感じて書いた。それに対して、沖縄で長く伝道・牧会をされてこられた宮村武夫先生がレスポンスをくださった。 <いつも変わらぬ、興味深いメールを受け取りました。感謝します。特に文献。ここで取り上げられている課題は、聖書解釈史におけるスピノザの立場との関係で、私なりに注目してきました。> スピノザに注目してこられた宮村先生の視点に驚嘆した。

それに対して以下のような返事を書いた。<勝手に書いています記事を読んでくださり感謝いたします。先生のスピノザに関しての2回のコメントに同慶の至りです。何か小さくまとまり得ないスピノザの世界の背後を知る思いです。マラーノとの関係で、全く関係がないと思われるベーメが取り上げられていて、これは大村先生の世界にも通じることなので、余計関心があります。そんな思想に惹かれる自分の心を振り返っています。> それに対して、宮村先生が再度書いてくださった。<「大村先生の世界」との表現に好感を持ちます。世代を超えた継承の欠乏に、寂しさを覚え、あきれていますので。>

宮村先生の後半の言葉は分かるような気がするが、あえて「大村先生の世界」と言ってくださったことで、それ以来、さて大村先生の世界をどのように言い表すことがふさわしいのか、考えさせられてしまった。簡単には言い表しきれない深みと広がりを持っていて、全体像に迫ることはとても無理である。それでも、ミニストリーの20周年の記念誌の編集を始めているなかで、先生をお訪ねする度に考えさせられた会話を記した記事を読み返すことになって、思わされていることがある。

2004年7月26日のこの欄「神学の認識論」で、以下のように書いた。<いままでの会話で明確にされた視点がある。哲学的にはプロテスタントは認識論であり、カトリックは存在論である。プロテスタントの精神は、知ることの主体、すなわち、認識の主体を神の光で批判的に再考していくことである。その意味では近世哲学はプロテスタント精神の遺産である。プロテスタントの哲学者である大村先生の立脚点である。知れ得ないことの限界を悟り、知り得ることの恵み生きることである。「キリスト以外は知るまい」と言い得る姿勢である。存在の類比と存在の推論でキリスト以外をも取り入れていくカトリックと決別している。大学で哲学を専攻し、その後神学に曲がりなりに関わっていて大村先生の視点にようやく納得できる。その分、自分が関わってきた神学に認識論があるだろうか疑問を持った。その疑問をお伝えした。返事は、「神学者で認識論をやっている人がいたら教えて」と言うものであった。唸らされた。>

プロテスタントは認識論であると言っても、「神学者で認識論をやっている人がいたら教えて」と言われて、どんなに福音的、聖書的と言っても、結局カトリックと同じように、出来上がった自分たちの聖書理解と神学の護教に回っているに過ぎない現状を知らされる。自分たちのあり方を、その聖書理解を問い直す作業は上手に取り除かれている。取り除かれているというか、そのすべを知らない。厳しい自己吟味の手だてを持っていない。

その時に書いた自分なりの理解は今でも同じである。<プロテスタントの、しかも福音主義といわれる神学書でも、神学を取り扱っている自分の理性を批判的に再考しているものはない。聖書の文字の推論で神学を構築している。構築している理性の再考はない。聖書がそこまで語っていないことを論理で結論づけている。その結果それぞれの教派の神学が出来上がっている。それぞれの教派の前提の違いから、神学の強調点の違いがでてきている。その上で聖書を解釈して、異なった理解を排除している。全部を包み込んで大がかりにしているのがカトリックである。>

護教的な聖書理解ではなくて、絶えず自分の視点を聖書によって批判的に確認していく姿勢は、大村先生が今に至るまで聖書研究を実施していることにも伺える。昨年100歳の大村先生に全く失礼というか、それでも聞いてみたかったので、あえてお伺いしたことがある。それは大村先生が、今に至るまでホームにメンバーが訪ねてきて、ヘーゲル研究会と聖書研究会を続けているからである。

<全く失礼と思ったのですが、今回の会話の流れのなかで思い切って聞いてみました。先生にとってはヘーゲルと聖書は同等なのでしょうかと。そうでないことは分かっていたのですが、聞いてみたかったのです。しばらく沈黙されて、ヘーゲルは哲学の文献に過ぎないと、それだけを当然のように言われました。分かっていることをなぜ聞くのかという思いをもたれたかも知れません。それでもその一言で、ヘーゲルをはるかに超えている聖書の位置づけを大村先生のなかで知ることになりました。ヘーゲルの哲学大系がどうであっても、それは人間の思考の産物に過ぎないのです。おそらく先生のなかにはヘーゲルの言っていることは隅々にまで研究されている上で、なおそれを超えた聖書の神のことばとして位置づけているのです。それは同席された小泉氏にも私にもそのまま納得のいくことです。>(ウイークリー瞑想「聖書の権威?」2010/11/16)

失礼な質問であったが、聞いてよかった。大村先生の世界というか、姿勢がよく分かった。同時に聖書を最上級に置いていながら、ヘーゲルとは明確に区別していることで、カトリックのように哲学をもスコラ神学のなかに組み込むことを拒否していることが分かる。まさにプロテスタントの認識論である。神のことばと哲学が統合されることはない。明確に切れている。切れているので、哲学を哲学として学ぶことができる。ヘーゲルにおける神学の影響も自由に探求できる。神のことばにはキリストを知ることで、初めて関わりうることである。キリスト以外を知ることをしないでも済む。それはしかし、哲学を知っているので言えることでもある。

大村先生がヘーゲルの話をされるときには、必ずと言っていいほどヤコブ・ベーメの話をされる。ヘーゲルの『大論理学』がベーメに萌芽があるというのである。この5月に伺ったときにもその話になった。先生の『ベーメ小論』で詳しく論じられている。ベーメはその神理解の深さから、宗教改革後に出来上がったルーテル教会から破門された。いわゆる「外の思考」を強いられた人である。それでいながら、スピノザと同じように、後の哲学に深く影響している。ルーテル教会は出来上がった概念の護教に回っていたのであるが、ベーメはそのなかで神との関わりを深く思索した。後年の『キリストへの道』は現在にも通じる深い霊的な書物である。

聖書を最上級に置いていながら、大村先生はベーメのことまで深く研究されている。このベーメのことがマラーノとの関係で取り上げられている。「外の思考」として共通性があるというのである。前回大村先生に「ベーメは不思議な人ですね」と言ったら、「上沼さん、そのテーマで文章を書きなさい」と言われた。書けるかどうかは分からなが、書く自由はいただいている。大村先生がそうであるように、聖書を最上級に置いていて、なおベーメのことに触れることができる。まさに、キリスト者の自由である。

責任を伴う自由である。神のことばと世界を理解しようとする自分の視点を常に吟味していく責任である。その責任を負っているので、逆に自由に関わることができる。それは宮村先生も持たれているものである。それでスピノザのことにも心が開かれているのである。「大村先生の世界」を確認しながら、キリスト者の自由と責任を共有している。

上沼昌雄記

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「トルネード(竜巻)の爪痕」2011年7月12日(火)

ウイークリー瞑想

7月の初めにシカゴの長女のところに第3子が与えられました。その家族の支援のためにダラスからシカゴまで移動することになりました。ダラスから北に向かうとまもなくオクラホマ州に入ります。かつて『怒りの葡萄』の舞台になったところです。田舎道をドライブしながらそんな場面を思い出していました。幹線道路の44号線に入ってまもなくミズーリ州に入りました。そこにジョップリンという町があることに妻が気づきました。

私がまだ日本にいた5月22日に、このアメリカの中南部を大きなトルネードが通過して、このジョップリンという町に大きな被害を及ぼしたことを思い出したのです。この時には、ダラスの長男宅の近くも通過するような天気予報で、妻は家族と一緒にクローゼットのなかに自分たちで作った避難場所に1時間半も入っていたということです。

この町だから立ち寄って見ていこうと言われても、それがどれだけの近さなのか、よくこの広い国で惑わされたことがあるので、躊躇したのですが、ともかくフリーウエイを下りて町に入ったらまもなくその被害地に入りました。小さな町の中心地から両側の家が跡形もなく飛び散っているのです。さらに車を進めていくと一面に被害を受けた跡地が次々と広がっています。竜巻というともう少し局地的なものなのかと勝手に想像していたのですが、日本での町名が2つぐらい入る地域が飛び散っていました。(http://www.youtube.com/watch?v=XT7CtF5ljxY)

ほとんどの家が飛ばされて跡形もなく、残った家も壊滅的なダメージを受けています。車も飛ばされて滅茶苦茶になっています。家の前にあった立派な木だと思われるものも、根っこから4,5メートル残されただけで丸裸です。結構大きな町の病院も、建物は残っているのですが、窓ガラスは全部破がされて使い物にならない状態です。過去60年来のトルネードによる最大の被害と言うことです。死者も150名を超えたようです。

車をゆっくり運転しながら、今回日本で石巻と気仙沼の津波の被害地を友人に連れて行っていただき時に見た情景と、ほとんどと言っていいほど似ているのに驚きました。海と風の違いなのですが、被害地とそうでないところが結構はっきりと分かれています。被害は両方とも壊滅的です。家の跡形もなく、車も、ガラクタも飛び散っています。石巻の湾の脇の市立病院も建物は残っていたのですが、使い物にならない状態でした。確かに石巻と気仙沼では、海の貝殻や海草や流木を見ることができたのですが、情景としては見渡す限り同じような被害の爪痕が続いています。

トルネードの爪痕をこのアメリカの地で思いがけなく見ることになって、日本での津波の爪痕を当然思い起こすことになったのですが、同時に、津波の時に思わされたことを思い出すことになりました。それは、あのヨブへの神の答えが自然界を示すことだったことです。嵐のなかから神がヨブに創造の時にどこにいたのかと問いかけた問いであり答えなのです。自然界は、当然神の被造の世界です。それを神がどのように用いるのかはただ神の手の内にあることです。それに対しては何も言えないのです。どうしてこんなことを起こしたのかと、文句も言いたいのですが、黙っている以外にないのです。

津波もトルネードも神が起こしたとは言えないことです。ただ自然界は神の手の内にあることなので、どのような仕方でも神は用いることはできるのです。その可能性を御手の内に納めているのです。まさに神のリザーベイションです。シカゴに入って次の日の朝に雷雨がありました。向こう側の木の枝が落ちて、止めていた車のすぐ横に、道をふさぐように横たわっていました。大きな木が倒れてきて家が崩壊したところもあったようです。木が車の上に倒れ落ちて、使い物にならなくなってしまったこともあり得ることです。10年前に近くで山火事があったのですが、その時に家も焼けてしまうこともあり得たことです。

神のリザーベイションには、人は関わり得ないことです。受け止める以外にないことです。そのリザーベイションには、最後の最後まで取ってある神の奥義が隠されています。その時にはすべてのものが神のさばきの元に下るのです。駆け引きなしです。すべてが根こそぎに奪い取られてしまいます。被害地とそうでないところの区別もありません。すべてが焼き尽くされるのです。それは神の前に生きるものにとっては厳粛なことです。日本で津波の爪痕を、アメリカでトルネードの爪痕をみることで、神のリザーベイションに思いを向けることになります。

上沼昌雄記