「真茶色の荒地と緑深い森」2011年8月8日(月)

シカゴでの滞在を終えて、先週ドライブをしてカリフォルニアの家に戻ってきました。シカゴの脇のミシガン湖からセントルイス行きの国道55号線を少しくだって、ニューヨークとサンフランシスコを結んでいる国道80号線をそのまま西にひたすら向かっていけば家の近くまで辿り着けます。何度か通った道です。ちょうど真ん中にワイオミング州のララミーという街があります。小さいときに「ララミー牧場」というテレビ番組を観たことがあるので何とも懐かしい街です。アメリカの田舎町の代表格です。

最初の晩はネブラスカ州の半分を超えたレキシントンという、名前は大きいのですが、小さな街で宿泊しました。2日目はネバダ州の半分を超えたWinnemuccaという街で宿泊しました。ウイネマカと発音するようです。次女の泉が中学生の時にこの街の名前を見つけて喜んでいたのを思い出します。私たちのUenumaに近い感じだったのでしょう。またシカゴ滞在の折りに、鈴木牧師の紹介で一人の同年配の方と一緒に食事をすることがありました。その方のお祖父さんがこの町に葬られているということです。ご本人は日本で生まれているのですが、お祖父さんは一世で、ネバダ州で開拓をしていたことになります。

このWinnemuccaを早朝発ちました。あと4,5時間で家ですので、買い込んだマクドナルドのコーヒーを飲みながらゆっくりドライブしました。かなり高地にあり、晴れ渡っていますので景色は鮮明に目に飛び込んできます。しかしどこを見ても真茶色の荒地です。岩肌をむき出した山、手の付けられない乾燥した台地、もちろんよく見るとどこかには緑が点々とあるのですが、あとは茶色の大地です。先の方のお祖父様たちが日本から入植してどんな生活をしてこられたのかと、想像しようにもどうにも思いつかない思い巡らしをしていました。

この思い巡らしは、しかし、あの荒野を旅した神の民のことになってきました。60万以上の民がそれぞれ家族を連れて、しかも40年も、約束の地をめざして旅をするのです。自分たちの車にはペットボトルと食料が積み込んであります。途中で美味しいコーヒーも手に入れることができます。60万以上の民たちが、このネバダ州の真茶色の荒地とは同じでないのでしょうが、あの荒野をどのように旅をしたのか、想像を超えています。それでも民数記では2回の人口調査でわずか1820人しか減っていないのです。それがまさに恵みですと、民を数えながらを楽しく語っていたチャック・スミスの説教を思い出します。

前々日のシカゴからネブラスカ州までは、緑豊かな、森とは言えないのですが、牧草地、トウモロコシ畑の間をドライブしていました。大地が緑に覆われていました。まさに農業国アメリカです。今ネバダ州は全くの茶色の荒地です。何ともコントラストのしっかりとした大陸です。そのコントラスを思い描いてみると、聖書の世界から始まって、後のキリスト教会の歴史にも当てはまるように思えてきました。聖書の世界は荒野の旅から始まっています。教会ができる頃からあの地中海が入ってきました。その後は緑深いヨーロッパの森の中に教会が建てあげられていきました。教会はしっかりとそこに根を下ろし、定着していきました。

神の民がいただいた命令は移動式の幕屋です。神を礼拝する幕屋は神の民と共に移動します。ヨーロッパの教会は定着しています。そこで執り行われ、定まったことが権威を持ってきます。その教会の枠で聖書を読んでいきます。身動きの取れない教会観に支配されます。閉塞感がただよい、クリスチャンは「理想的な教会」を探し求めて出ていきます。

神の民はどこであっても神を礼拝できます。幕屋と共に移動しています。それでもそれも一時的な「地上の幕屋」に過ぎません。ユダヤ人パウロは教会に関わっていながら、神の民としての歩みをしっかりと認めています。地上の幕屋ではまだ裸の状態でうめき、人の手によらない「天にある永遠の家」を慕い求めています。定着することがなく、一時的なこの地上のことには頼ることができないのです。その分、天からいただける神の家を慕い求めています。そこには切なるうめきがあります。

しかし教会から聞こえてくるのはそのうめきではありません。牧師の問題、 教会規則の問題、 教派の問題、神学校の問題です。何のために教会に行っているのですかと、聞いてみたくなります。家に着いたらばそんな関わりの郵便物が届いていました。聖書を引用して相手を非難しているのです。どちらがより聖書的か争っているのです。

かつてあの大村先生がどこかで、この2コリント5章の初めのパウロのうめきを真剣に語ってくださったことを思い出します。思い出すというより、大村先生のうめきが自分のなかにもしっかりと刻まれていることを知ります。すでに寝たきりという101歳の大村先生の天を思ううめきが届いてきます。

神は「天ある永遠の家」を慕い求めるうめきを生み出すために真茶色の荒地を備えているようです。緑豊かな森の中で安心して落ち着いて行き止まらないためのようです。そしてよく考えると、人生は真茶色の荒地の連続です。木陰もない、飲み水もない、すべてがさらけ出されている裸の状態です。緑深い森の中に隠れることができないのです。そこに自分の隠れ家を作ることもできないのです。荒地では何も隠すことができないのです。それだけ神の取り扱いは直接的です。

上沼昌雄記

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“「真茶色の荒地と緑深い森」2011年8月8日(月)” への 1 件のフィードバック

  1. 主の導きを感謝します。『真茶色の荒地と緑深い森』を読ませていただきました。
    アメリカのコントラストのはっきりした大地の旅行を思い浮かべながら、神の民としての自戒の文章を読ませていただきました。
    「神の民はどこにあっても神を礼拝できます。幕屋とともに移動しています。それでも一時的な『地上の幕屋』に過ぎません。」
    その言葉の重みを味わっています。

    私と娘はこの夏一ヶ月間、福岡の実家に帰っていました。母の初盆がありました。
    ふるさと再発見の旅でした。また和解と回復の旅でした。教会もない、神の民の交わりもない
    自分の過去ですが、今はふるさとの土地に教会があります。福岡に新しく開拓された教会に
    訪れました。末松先生の先輩、井之上薫先生が牧会されている福岡聖書教会です。
    小さなビルの二階のフロアーが温かい神の民の出会いの場になっていました。

    実家で決裂していた母の人生をたどりました。決裂していた父と一ヶ月生活を共にしました。
    父の生い立ちも聴きました。戦争の根深い傷と影があります。父はまだその時代に支配されています。
    そんな父を赦していくことができるようになってきました。
    神の民として自由に、両親を支配している価値観と自分の価値観のちがいを感じながらも自由に愛することを一ヶ月学びました。

    地上のふるさとは永遠ではありません。いつも定住はできません。
    移動していく民です。今いるところも常に変化が伴い、荒野の時があり嵐があります。
    それでもそれでも地上に支配されない、うめきながらも地上に支配されない自由が
    私たちには約束されている。。そのことを再確認する旅でした。

    いつもながら深いエッセイでした。

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