「コスモス・秋桜」2011年9月26日(月)

 このところ朝晩はめっきり肌寒さを感じるようになりました。この乾燥しているカリフォルニアでは、日中太陽が上るとTシャツで十分ですが、朝晩は長袖が必要です。妻の両親の面倒があって季節の移り変わりを楽しむ暇もない感じですが、確かに夏は終わり秋になっています。サンフォゼでグラフィック印刷をされている方からいただいた卓上の9月のカレンダーにコスモスが散りばめられています。残暑がまだ厳しいときにはそんな絵にも心が動かされなかったのですが、肌寒さを感じるようになってそのコスモスの絵に自然に心が向いていきます。日本語で秋桜と書くコスモスが日本に招いてくれています。

 月が変わって10月の初めに日本に入ります。着いてそのまま関西方面での奉仕に向かいます。岐阜の可児というところで可児黙想の家を提供してくださっている牧師ご夫妻の計らいで、4組の牧師夫婦と私で一泊のリトリートを持つことになっています。特にアジェンダがあるわけでなく、夫婦としてのあり方を多少見直し、分かち合うときとしています。この牧師ご夫妻が奥様のご両親の家を手入れして黙想の家としているのです。住宅街の外れなのですが、その先はうっそうとした林になっています。この牧師の庭いじりの趣味が本格的になって、庭が見事に手入れされ、その先に色とりどりの木が植えられています。黙想の家にふさわしい風景が目の前にあります。

 一方の隣は空き地になっていて、その垣根のところにコスモスが植えられています。植えられているというのか、自然にそこに咲き出したのか、何度がお訪ねしていますが、いつも秋にはそのコスモスが迎い入れてくれます。立ち止まってじっと眺めて、心が静まる思いがします。今回は大阪の隠れ家で一泊して、次の日にこの黙想の家に向かいます。そのコスモスが咲いているのか、まだなのか分からないのですが、手入れされている庭の外れの垣根に沿って、観てくださいと主張しているわけでもなく、観られなくてもへそを曲げるわけでもなく、ただコスモスとしての自分の存在を静かに楽しんでいるようなそんな風情に心が惹かれます。

 秋の日本の奉仕の旅は、このコスモスに思いがけないところで出会います。滞在先のお宅の窓を開けたらば目の前にコスモスが楽しそうに咲いています。農家の庭の外れに申し訳なさそうにここに居させてくださいと訴えているようにコスモスは咲いています。風に揺られて気持ちよさそうにコスモスが揺れています。もう秋も深くなってどんよりとした空模様に色とりどりのコスモスが季節の名残を示しています。コスモス畑があり、花屋さんの店頭で売られているコスモスがあるのですが、ここは自分の居場所でないと訴えています。やはり誰にも見られていないようで、しかも自分の居場所を確保してコスモスはしっかりと咲いているのです。

 ミニストリー20周年の記念誌が出来上がりました。製本も終わりました。45名の寄稿者がそれぞれの視点で書いてくださり、豊かなものになりました。お届けするのが楽しみです。

上沼昌雄記

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「私はヘブル人です」2011年9月19日(月)

 これは、あのヨナが荒れ狂う嵐のなかでくじに当たって船乗りたちに身分を問われたときの返事です。前後関係からすでにヨナが船に乗り込むときに、ヨナ自身が自分の状況を明かしているようなのですが、船乗りたちがあえて問い、ヨナがそれに答えて自分の身分を明かしているのです。船乗りたちはすでにいろいろなところから来た人に接しているので、話を少し聞いただけで、このようなことをいう人物がどのような者なのかは見抜いていたでしょう。エジプトの地を追われ、カナンに定着しているアブラハムの子孫と名乗る人たちだと分かったのでしょう。しかもこの人物はくじに当たる前に嵐のなかで船底でぐっすり寝込んでいたのです。こんな者を船に入れたことで海の神が怒っているとも思ったかも知れません。

 ヨナは、思わないかたちで身分を明かし、しかも信仰の告白までしています。「私は海と陸を造られた天の神、主を恐れています。」そのことだけで船乗りたちは恐れ、結局ヨナ自身にどうしたらよいのか尋ね、しかもヨナの神に祈って、ヨナに言われたように海に彼を投げ込み、嵐は嘘のように静まったのです。その結果彼らはさらに恐れ、ヨナの神にささげものをささげるのです。この後日談はヨナは知らないのですが。

 異国のニネベへの宣教を課せられたのですが、どうにも納得できなくて地中海まで逃げてきて、そこで思いがけなく異邦人である船乗りたちに自分の信仰を告白し、全く思いもよらないことに彼らまでも自分の神に祈りを捧げているのです。あたかもヨナにとって異邦の民であるニネベへの宣教は避けられないことを身をもって知らせているかのようです。たとえヨナが納得できなくとも、異邦人にまで神の手が及んで言うことが神の計画だったのでしょう。そしてユダヤ人たちはこのヨナの出来事を、自分たちを通して神の祝福が全人類に及んでいくしるしとして、贖罪の祭り、ヨム・キプールには読むのです。

 神はそのような何かの意図があって、ヨナが自分の身分を明かすように促しているかのようです。しかし、ヘブル語を話すこのヘブル人たちが自分の身を明かすことがどれほどの危険を伴うものなのかは、キリスト教が成立してからこの2千年の歴史で明らかです。あの名映画「戦場のピアニスト」での最後の場面が浮かんできます。ドイツ将校に見つかって「ユダヤ人か」と問われる場面があります。正直にうなずく以外にないのです。しかしピアニストであることが分かってピアノを弾くように命じられて、暗闇のなかでショパンを弾くのです。ドイツ将校の心を動かし、彼は密かに食料を届けるのです。そのようにしてシュピルマンは命を長らえ、ホーランドの国民的ピアシストになるのです。

 「私は日本人です」とアメリカ人の間で言うときには、美しい京都のイメージで事が終わります。しかしアジア系の人たちとの間では過去の戦争の時の暗いイメージが付いてきます。「私は日本人です」と言わなくても相手には分かります。今では日本食が韓国人や中国人のスーパーでも手にはいるので行く度に、自分が日本人であることを感じます。そこにはぬぐい去れない過去があります。背負わなければならない過去です。それは、本当は抜け出したいのですがいつでも付きまとってくる影のようです。

 自分自身に「私は日本人です」と言うときには、どうしてもそこにただ限りないグレーが漂ってきます。「私はヘブル人です」とヨナが言うときには、そこにはしっかりとした天地の造り主の信仰があります。アブラハム、イサク、ヤコブの神への信仰です。明確な始まりがあります。澄み切ったブルーです。しかし「私は日本人です」という始まりを考えたら、限りないどろどろした世界に入る以外にないのです。しかもそこは誰にも触れさせないような泥沼です。信仰の根も腐らせてしまうおぞましい世界です。

 あの大村晴雄先生が「日本人の根底にあるどろどろしたものをことばで言い表すことができたらば、自分の日本プロテスタント史は終わる」と言われたことを思い出します。そのどろどろしたものは教会にも神学校にもはびこっています。それゆえに、「我は天地の造り主、全能の神を信ずる」という告白は、とてつもない重みを持っています。どろどろしたものをぬぐい去れるか、逆にとらわれてしまうか、厳しい闘いです。

上沼昌雄記

「パウロのユダヤ性」2011年9月1日(木)

 ユダヤ人であるパウロのユダヤ性というのは変なことですが、それでも何かこのことを全くというか長い間無視してきたような思いをしています。パウロを捉えるこちら側の視点で書かれたパウロ像があって、それがパウロであるかのように思っていたのだと思います。こちら側というのは大まかには2千年の西洋の視点で、そこで描かれたパウロを受け継いでいるだけのように思えてきたのです。パウロのユダヤ性・ヘブライ性はきれいに落とされて、いわゆるギリシャ性・ヘレニズム性だけが無理に取り付けられているだけかも知れないのです。

 レヴィナスというユダヤ人哲学者の『全体性と無限』(岩波文庫)の本論の初めがアブラハムの約束の地への旅立ちであり、その終わりがメシア待望であることに、ユダヤ性の哲学性を見せられました。以来、パウル・シェラーン、エドモン・ジャベツ、ジャック・デリダのものを読み、さらにマラーノのことを知り、その関係の本を読んできました。西洋をユダヤ性から読み直すことの可能性というか、必要性を知らされます。まさに影の歴史、敗者の歴史、流浪の歴史と言えるのかも知れません。キリスト教を基にした光の歴史、勝者の歴史、定着の歴史ではないのです。

 聖書をその通りに読んでいればそのようには取れないのですが、イエスを十字架にかけたのはユダヤ人であるという理由で、キリスト教会からのユダヤ人迫害の始まり、十字軍によるユダヤ人圧迫、15世紀にカトリック教会によるマラーノへの異端審問と火刑、ルターの「ユダヤ人と彼らの嘘」という文章、さらにその文章がヒットラーに用いられたと言うこと、ホロコースト下での教会の無為性と続いています。歴史は勝者の側でしか書かれなのですが、今ようやく長く闇に隠れていたものが顔を出してきているようです。

 パウロのユダヤ性を前面に取り上げてみたらどのように読めるのだろうかと思いながら、妻とローマ人への手紙を読んでいます。ローマにいる人びとと言っているのですが、ユダヤ人を初めギリシャ人にもと繰り返しています。ユダヤ人だけに当てられているようでありながら、ユダヤ人のかたくなさと罪深さを遠慮なく暴き、律法と割礼の大切さを言っていながら、それを越えて信仰による義を説いています。そこにはユダヤ人であるがゆえに見えてくるものがあるようです。ユダヤ性のゆえに、メシアであるキリストの意味づけが浮かび上がってくるようです。決してユダヤ人として受けたものを切り捨ててはいないのです。むしろその実現、成就としてみています。

 ルターによって律法と福音という二元的な見方が強くなって、律法に関わることをすべて否定してしまうのと同時にパウロのユダヤ性も切り捨てているのでしょうか。それが西洋の歴史観の根幹にもなっているというのは言い過ぎなのでしょうか。もしそのような歴史観で聖書を捉えているとするならば、どんなに聖書的と言っても、型にはめられた聖書観と言えないでしょうか。そのような問いを持って新約聖書を読み直しているのが、イギリスの新約学者であるN.T.ライトと言えるのでしょうか。

 パウロのユダヤ性とは、それでも簡単にユダヤ人の回復とか、イスラエル国家の回復とかには結びつかない、もっと大きな歴史観を感じます。唯一神と、選びの思想と、律法と、メシア待望と、計り知れない豊かな信仰と思想の民の歩みのなかで、キリスト者を迫害しているときにダマスコで出会った復活のキリストとのことを、アラビヤに退いて3年間思い巡らしていたパウロの息づかいがあります。ガイドブックがあって理解したのでも、牧師や神学校の先生がいて教えられたのでもなく、ユダヤ人であり、律法学者である知識を総動員して、あの復活の主を受け入れ、捉え直す作業を必死の思いでしていたのではないでしょうか。その息づかいに触れたくなります。そんな息づかいをパウロの手紙を読みながら少しでも感じたら、今までとは多少異なった聖書の世界が開けてきそうです。

上沼昌雄記