「足蹴にされている/踏みつけられている」2011年11月29日(火)

10月10日付で「私は結婚して以来怒っていました」を書きました。いくつかのレスポンスをいただきました。厳しい、しかし、心温まる夫婦の現実を書いてくださった方がいます。いまの時点ではまだお分かちできないのが残念です。ただその記事が引き金になったようか感じで、別の二組の夫婦の間で、奥様たちがすでに「足蹴にされている」「踏みつけられている」と言うことを、かなりシリアスに、あるいは多少かわいらしく言っていたことを日本にいる間に知ることになりました。このことを書いてみたいと思ったのですが、どのようにまとめたらよいのか戸惑っていました。それでも書いておく必要があるのだろうと思わされていました。

「足蹴にされている」と言われたのは、現実にそこにあることが起こって、奥様がどうにも我慢できなくて、結婚して以来足蹴にされてきたことをシリアスにご主人に伝えたようです。私の到着を持っていたかのようにご主人はその経緯を語ってくれました。隠さないでよく話してくれたと感心をしました。同時に子どもさんたちにもどのように思うかと問い合わせたと言うことです。

と言うほど隠さない、隠せない夫婦というか、家族なのです。今回はいつもとは異なってお嬢さん夫婦も同席している食卓でこの話題が出てきました。奥様は足蹴にされているから足蹴にされていると言っただけだといい、ご主人はそう思われても仕方がないと半分認めているようであり、そんなことは絶対にないと何とか奥様の分かってもらいたいようでもありました。その内容よりも、お嬢さん夫婦がそこにいながらも、私の前でこれほど自由に語り合えていることに驚いたのでした。

このご夫妻のことをよく知っている別の地域の牧師ご夫妻に話をしたら、その牧師が妻は「踏みつけられている」と言っていると、すでにその夫婦の間での確認事項のように言われました。その上で私のいるところで、牧師は奥様に「俺は何を踏みつけているのか」と問いかけるのです。奥様はお笑いなが「踏みつけられているから踏みつけられているの」と禅問答のような答えをしていました。「だってそうだもん」と、はぐらかしているようで、見事にその事実を伝えているのです。

帰りの車の中でその牧師が確認するように、妻は人格が踏みつけられていると言ったと伝えてくれました。先のご主人の時と同じように、そんなことはないという思いが伝わってくるのですが、そうなのかなという自省の思いも伝わってきます。そして互いに確認したのですが、それぞれの奥さんたちもそういっても家事のことで手抜きをしているわけでもなく、夫婦であることを否定しているわけでもないのです。ただそういうことがすでにこの二組の夫婦の間では懸案事項として出てきているのです。

足蹴にされている/踏みつけられている、その内容は異なっているのか同じなのか、それはその二組の夫婦で確認していただければよいのです。またそこには他人には分からない大変なことも含まれています。真剣なことです。ただこの話を聞いて以来、そういうことがすでに夫婦の間で話されていることに、何か思いを越えた新鮮な風が吹いているような感じをいただいてきました。そのように思っている奥さんたちは結構多くいるのかも知れないけれど、決して表には出て来ないで深く沈潜したままで、うずくっているのです。それが表に出ているのは夫婦の自由、それ以上に御霊の自由があるからなのだと思えてきました。

かつてジェームズ・フーストン師が日本からの留学生を観察して、「日本の霊的覚醒は女性の解放から始まる」と言われていたことを思い出します。足蹴にされている/踏みつけられている、そのように言わせてしまう夫のどうにもならない罪深さはあるのですが、同時にそのように奥様たちが自由に言えるようにしているご主人たちも桁違いに偉いものです。そのように思っていても奥様たちは決して出さないのです。出しても大丈夫という状況にはならないのです。それが出てくる、実際に出てきている、それはまさに御霊の自由なのです。大変難しいことです。しかし最も大切なことです。そのように思えてきたらようやく文章に書くことができました。

上沼昌雄記

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「「足蹴にされている/踏みつけられている」2011年11月29日(火)」への2件のフィードバック

  1. 夕方になると街のあちらこちらにクリスマスの控えめな明かりがともるようになりました。

    12月です。2011年という年が終わるのかと思っています。
    日本にとってはたくさんのいのちが失われていった年‥
    これからもいつまでも心に何かを問いかける年として2011という年を忘れないのだろうと思っています。

    12月8日の日米開戦の日を迎えます。今年は70年になるというのです。
    NHKスペシャルが「『真珠湾』から70年」と題して兵士たちとその家族の記憶を扱っています。見捨てられた太平洋の果てで起こった出来事です。絶望の戦場でおこった出来事です。

    この番組を見ることができるだろうかと葛藤しました。でも見なくてはいけない、避けてはいけないという思いがありました。

    70年たって人々が重い口を開いているのです。死んだ兵士たちが残した戦地からのはがきの文字です。

    そこから何がでてくるのだろうか、そのことを自分が向き合えるだろうかとしばらく動けませんでした。

    ニューギニアで次々と部下が病で飢えで疲労でなくなっています。。
    何でも食べたといいます。人肉を食べることもあったというのです。
    地獄です。

    残された部下のいのちを守りたいあまりに、隊長がオーストらリア軍に投降を決意します。
    それは生きて国辱をさらしてはならないという軍律を破ることでした。

    その行動を今も「軍人としてはあるまじきこと」といって苦々しい思いを抱いているひとりの老兵士がいます。

    上司の投降決意をうけてを部下が生きています。戦友には会えないといいます。慰霊祭の誘いを何度も受けたけれども一度も行っていないといいます。行
    けば国の恥と責められるからです。

    その責めを負ってずっと戦後を生きてきているのです。 
    「なぜあんなところにいったのだろうか。」とうめいているのです。

    今のことです。

    誰が兵士を殺したのだろうか?この番組の副題です。。

    今年母が亡くなりました。母はなぜ亡くなったのだろうか?母はどんな時代に生きたのだろうか。母は何を求めていたのだろうか?

    そのことをずっと問うています。これからずっと問うと思います。簡単には答えが出ません。でなくていいと思っています。それでいいと思っています。

    それでもわたしの先祖が、母が、この日本が歩んできた道がいったいどういうものだったのかをゆっくりと見たい、見る必要があると思っています。

    自分が自衛官の家庭に生まれた。苦悩を味わった。その苦悩の果てにキリストを知った。たった一人信じている。そのことのおもく深い意味を味わっています。

    命令がすべての世界の兵士の苦悩はまたわたしの苦悩です。

    わたしは意味があって、自衛官の家に生まれてきたのだろうと思っています。
    母をうしなって、あらためて過去と向き合っています。

           

  2. 吉川恭子さんへ
    真珠湾から70年に関してのNHKのスペシャルプログラムを教えてくださり、ありがとうございます。NHKのサイトで多少確認することができました。ビデオでも観ることが出来ればと思います。
    戦争の影を感じながら生きることは、記憶に生きることで、ユダヤの民が大切にしていることです。その影が光をもたらすことになります。
    すでに12月です。お元気でお過ごしください。
    祈りつつ。上沼

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