「ラディカル」2012年2月13日(月)

先週末に三鷹のティームセンターに三晩宿泊しました。ホストご夫妻とはいろいろな関わりで長い間の知り合いです。ブレックファストだけ出してくれます。最初の朝、そのご主人が今アメリカで読まれている Radical と言う本を知っているかと聞いてきました。ニューオーリンズのハリケーンの被害を経験し、アジアの迫害のなかの教会のことも経験している牧師が書いたもので、いわゆるアメリカンドリームからの信仰の解放を語っているようです。その意味でラディカルな提言のようです。

その本のことは知らなかったのですが、私も内容が大変ラディカルな本を読んでいますと言って、旧約からの流れのなかで新約を捉え、クリスチャンであることを捉え直そうとしているもので、Simply Christianというタイトルのものだと言いました。それはN.T. ライトのものかと言ってきました。自分も何かを読んだことがあるというのです。タイトルは穏やかですが、内容はまさに旧約と新約を一つの神の計画の流れと捉え、ラディカルのもとの radix が「根っこ、根幹」を意味しているように、聖書の根幹に沿っているもので、大変ラディカルなものですと説明をしました。

二日目の朝には日系四世で日本への宣教の重荷を持っている青年が加わりました。ホストのご主人が再度 Radical の本のことを持ち出してきました。その本のレビューをネットで読みました。Simply Christianの本を、『心の刷新を求めて』のダラス・ウイラードの編集の本のなかで、N.T. ライト自身が紹介しているのを知って、日本に来る前に手に入れて、読み続けています。そのような話のなかで、その日系四世の青年はバイオラ大学、タルボット神学校を卒業していて今教会で奉仕をしているのですが、福音派のなかでのN.T. ライトとダラス・ウイラードの受容の様子を話してくれました。特にバイオラ大学でのダラス・ウイラードの影響は大と言うことです。N.T. ライトも浸透してきていると言うことです。

Simply Christianを奉仕の合間に、旅の途中で読み続けています。神の創造と契約の更新としてのキリストの十字架と復活による贖いと回復と、神の家族へ加えられるクリスチャンのこの地での特権と役割を、ブリティッシュ・イングリッシュで淡々と語っていきます。文章が所々韻を踏んでいるのです。うなずき、うなり、納得し、感嘆しながら読んでいます。旧約からの流れに沿ったものでまさに聖書の根っこにそのままくっついているのです。その意味はまさにラディカルなのです。それでいて新鮮なのです。2千年の西洋の枠に引き寄せられ過ぎて、聖書の根っこから離れてしまった聖書理解をもう一度その根っこに引き戻すものです。何ともラディカルであり、新鮮です。

大阪のある牧師とこんな本が翻訳されたらいいですねと話し合ってきました。これほど英語圏で読まれていながら日本語のものはないのです。 日本人の間でもN.T. ライトを読んでいる人が徐々に増えてきています。 同時にどのような反応が出るのか興味深いものです。 それこそが聖書の言っていることではないかという叫びのようなものが出てきます。 納得する面が多くあります。

アマゾンのレビューで、もうクリスチャンをやめようかと思っていた人が、Simply Christianを読んで、クリスチャンであることの新しい意味合いを再確認して、信仰に戻ったと記しています。そんな意味合いが読んでいてよく分かります。クリスチャンであることの特権と責任をしっかりと受け止めていきたいと思います。聖書の根っこに、神の計画の根幹にしっかりと繋がっていたいと思います。その意味でまさにラディカルでありたいと願います。

上沼昌雄記

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