「破れ口を作る神、膿を出させる神」2012年2月22日(水)

エルサレムの羊の門の近くにあるベテスダの池で、イエスが38年間病にあった人を癒された話は、ヨハネ5章の初めに記されていて、有名な箇所です。それが安息日であったために、ユダヤ人がイエスを殺そうとすることにもなったのです。

今回の日本での関わりで、病床洗礼を受けられたご婦人をその関わりの人と一緒に訪問をしました。私の関わりはそれだけだったのですが、関わっておられる方々とその家族のために毎晩のように祈りました。その後日談の報告をいただきました。そこに病があり、兄弟間の確執があり、暴力があり、お金があり、信仰があり、迫害がありました。しかし、信仰を持たれている娘さんの信仰と、関わっている人たちの信仰の祈りが、その家族を覆っていたおおいを一気に破って、想像もしなかった方向に事態が展開したようです。

それは警察沙汰を通すことであったのですが、38年間その家で覆われていたものが一気に表に出され、その家から取り除かれたというのです。38年間家族が抱え込み、処理できないでそのまま耐えてきたことが、一気に吹き出してきて、一時的であったとしてもなくなることで、家族にようやく平穏なときが訪れたのです。

そんな報告をいただいて、神様は決して放っておくことのない神様で、「破れ口を作る神、膿を出させる神」ですと返事をしました。この言い回しに「吹き出してしまいました」と書いてこられ、さらなる後日談を記してくれました。その病床洗礼を受けられたご婦人は無事に退院をして、入院中のCT写真を持ってきてみたら、癌と言うよりも腫瘍の可能性が強いと言うことで、それを聞いた娘さんは「家からも、腹からも濃を全部吐き出さなければならない」と笑いながら言ったということです。

この娘さんの信仰が、さらに関わっている人たちの信仰を動かし、それが公の機関にまで届き、警察まで動かすことで、38年間の膿を吐き出させることになりました。それは厳しいことなのですが、どこかでそのままにしておくことができなかったのです。そのままにして覆いを掛け、それがその家の、その人たちの生き方と人生にまでなってしまうのですが、そこに信仰の祈りが介入するときには、神は放っては置かないのです。破れ口を作り、膿を出させるのです。

その関わりの働きにはベテスダの名前を付けられています。「ユーモアに富んだ神様」とも言われます。しかし、あのベテスダの池で癒された人を通して、イエスの存在はさらに隠されないことになったのです。警察沙汰まで通して膿を出された神は、このことでさらに放っては置かないのです。どのようなことが次に起こるのか、その意味では楽しみでもあります。厳しいのですが、楽しみでもあります。38年間も溜まっていたものが吐き出されるのは厳しいです。同時に出たことで、次に何が起こるのかは神の手にあることです。放っておかない神の責任範囲です。「破れ口を作る神、膿を出させる神」の責任範囲です。

上沼昌雄記

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「「破れ口を作る神、膿を出させる神」2012年2月22日(水)」への3件のフィードバック

  1. 闇に隠れた膿をほおって置かれない神様を思いつつ、一つの御家族がまた光の下にみちびかれていることをうれしく感謝しながら読ませていただいています。

    一筋縄ではいかない家族の歴史があります。どうしようもない無力さのまま長い季節が過ぎていきます。自分の家族だけが忘れられているような見放されているようなそんな孤独な闇を歩むことがあります。家族の中だけに外からの介入が難しいそんな限界がためいきとなってもれていきます。

    それでもそれでもと思います。
    先日母の一周忌が無事終わりました。福岡は大雪の中でしたが無事親戚家族が集って温かい交わりができました。

    弟がシチューを作ってくれといいます。「はいはい」といってつくりました。
    皿は四つだといいます。
    これで本当に四人がそろったとしみじみといいました。

    毎日毎日を自分としてはとぼとぼと歩んでいたように思います。父も弟も親戚も何がなんだかわからない日々を歩んだろうと思うのです。

    それでもそれでもこの地点から振り返ってみると苦しみが与えてくれた遺産が本当に大きかったと思えてきます。ここを通らされたことで感じる感謝を
    かみ締めています。

    1. 吉川さんのご家族にも神がどこかで破れ口を作られているようで、伝わってくるものがあります。どの家族もどこかで神の作品であり、神の家族の一部のように思うようになっています(エペソ3:16)。そのように思って接し、関わっていって良いのだろうと思っています。破れ口を作る神は、またそれだけの責任を取ってくれると信じています。毎日毎日とぼとぼと歩まれていても、かつてのイエスの歩みと、約束されている神の国の間で、その足跡を残しているのは確かです。私も歩んでいます。すでに3月になりました。春の息吹が届いていることと思います。お元気でいて下さい。祈りつつ。上沼 2012/03/04

      1. 破れ口を作る神は、またそれだけの責任を取ってくださる。。。
        その上沼先生のお言葉に深く慰めを感じています。アーメンと思っています。

        なぜこんなことがという問いが、こころからずっと拭い去れず、悲しみが深すぎて、悲しみに本当に向き合うことがなかなかできなかった一年でした。

        しかし、やっと最近ですが、母の死というものが、私の家族の「破れ口」のできごととして深い意味をもって、摂理をもって私の家族に起こった出来事なのだと感じ始めています。父がよく自分の感情を話してくれます。弟ともまた深い気持ちの交流が始まっています。ばらばらで互いに孤独であった家族にあたたかなものがゆっくりと流れています。

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