「ストーリーが出てきた」2012年5月29日(火)

日本に入ってそのまま関西に行き、続いて仙台で奉仕をして、いまは最上川の隠れ家でしばし羽を休めています。日本中新緑に覆われたなかで、みずみずしい集会と交わりをいただいています。教えることも説教もあるのですが、心のうちにあることを、怒りでもうめきでも嘆きでも、何とか分かち合えればと心がけています。そこで出てきた響きはいまでも残っていて、何かを語りかけてきます。もやもやしたものを残したままなのですが、何かを生み出すかも知れない響きです。

最上川の隠れ家の周りで信仰に導かれる人が起こされています。その方々の人生は、どのように見ても、幸せなものではなく、むしろ悲惨なものでありながら、いろいろな思いがけない関わりのなかで信仰に導かれています。その様子を、その人の人生の「ストーリーが出てきた」と、最上川の隠れ家の主ご夫妻が表現をされたので、興味深い表現をされると思って、「その意味は?」と聞き直すことになりました。

ある男性が信仰を持って洗礼を受けたときに、人生の意味を感じるようになり、「ストーリーが出てきた」といわれたと言うことです。死んでいた人生に新しい芽が出てきて、ようやく自分の人生を獲得したかのような言い回しです。それで聞き直し、ともに考えることになりました。確かに死んでいたような人生にいのちが与えられて、それまでの人生を受け止めながらも、新しい歩みが自分のなかで起こっていることを意味しています。罪と闇に閉じ込められていた人生に赦しと光が与えられて、新しいストーリーが始まったのです。自分の人生を生きることが始まったのです。

信仰者として自分のストーリーを持つことを禁じるような傾向が福音的な聖書理解にあります。信仰書でそのように言っているものがあります。個々人のストーリーを持つことは、聖書理解に反するかのようです。証があっても、そのあとはあるべきクリスチャン像を求めて生きなければならないのです。それで「ストーリーが出てきた」と、自分の信仰の歩みを表現されたことに、新鮮な感動をいただいたのです。

よく考えてみると、聖書的、聖書の教える信仰生活、結婚・家庭ということで、聖書からの規範をとりだして、それに合わせることが聖書的な生き方のように教えられてきました。自分もそのように教えてきたことがあります。あるべきモデルを聖書から導き出して、それに合わせることが信仰者のあるべき姿と思われてきたのです。ひとりひとりのストーリー、物語を持つことは聖書を勝手に解釈することになると思われてきたのです。

でも聖書をそのまま読むと、まさにストーリーの連続です。聖書はまさに神のストーリーです。失敗の物語であり、神の回復の物語であります。そのストーリー、物語に加えられることで神の家族、神の民となるのです。あるべき姿を実現したら神の家族に加えられるのではないのです。イエスの死と復活の物語を信じることで、神の家族としての自分のストーリーが始まるのです。

そして神の民に加えられることで、ひとりひとりが神の民としてのその責任を負わされ、果たしていくのです。交わりは、それぞれのストーリーを受け入れることで生じるのです。分かち合うストーリーが互いを励まします。そのストーリーは神のストーリーに繋がっています。神のストーリーが個々人のなかに実現するのです。「ストーリーが出てきた」と言われた男性も、その交わりで積極的に自分の責任を果たすことで、自分の人生を生きているようです。

上沼昌雄記

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“「ストーリーが出てきた」2012年5月29日(火)” への 1 件のフィードバック

  1. 上沼先生の来日の御奉仕の中で、多くの方々が御自分の歩んでこられた道にいのちを息吹を吹き返すきっかけを与えられているのではないかと思いうれしく感じています。

    私もまた、栄聖書教会で先生の闇のお話にスーッと引き込まれた一人であります。上沼先生にお会いして、静かな語りかけの中になにか引き込まれるような上からのやさしい力を感じ、それからずっとエッセイを通して助けていただいています。

    最近私も自分の中に「物語の流れのようなもの」が出てきたように感じています。
    この春、もうさまざまなことに遭遇しました。それは出会いたくないことがほとんどでした。
    心に張り裂けそうな思いや怒りがでてきました。あまり怒りを面には出さない私ですが、もうそれは自分の中にはとどめておくことはできないほどの大きな思いでした。

    数十年地中に埋めておいた地雷が爆発したしまうような感じです。
    自分の力ではとどめておくことができないので
    とにかくその自分ではないと思われる自分を書いて見ることにしました。

    涙を流しながら、搾り出すように書いてみました。

    影のようにずっと付きまとう闇の自分です。もうそれを認めてしまったら、私の昔の家族を壊してしまうと、周囲に大きな波紋を残してしまうと思い、決して表には出さなかったもう一人の子どもの自分です。

    一言でいえば、母に対して言えなかった思いです。

    心の病のために、あるいは生育上の課題のために、あるいは戦争中に親から十分な愛を受けられなかったために、ある時期から母は強い依存症になり情緒的にいつも不安定でありました。母に対しては、生前とうとう自分の思いを告げることはありませんでした。

    今、娘として、伝えたかった思いを「いい子の自分」ではなく、「ありのままの子どもとしての自分」として出しています。つらい作業です。
    でも避けてはいけない気がしています。

    心にさわやかな風が少しずつふき始めています。

    それは私にとっての「ストーリーがでてきた」「人生に川のような穏やかな流れがでてきた。。点が線になってきた。。一貫性がうまれたきた。。」そんな新しい一歩のように思っています。そんなに簡単に終わる作業ではありません。

    勇気があれは゛生前の母と和解ができたのかもしれません。
    でも、私にはそんな力はありませんでした。そうあることを願いながら、でもこころの恐怖をとうとう乗り越えることはできませんでした。

    母への手紙です。、「天国で幸せでしょうか。どうしているでしょうか。天国はいいところでしょうか。イエス様は隣にいるでしょうか。

    あなたの地上の人生を私なりにたどりながら、ずいぶん子どもとして妻として母親として厳しい道を歩いてこられたのだとゆっくり気づいています。
    あなたなりに一生懸命弟と私を育ててくださったことに心から感謝しています。

    あなたの人生が想像以上に大変なものであったと思います。わたしも母となったので想像の中で大変だっただろうとなおさらおもっています。
    わたしも本当はあなたの知らないところであなたの子として苦しんできました。あなたをずっと憎んでいました。
    でも最近やっと自分の人生に自分の家族に深い意味があったのだと少しずつ思うようになっています。失敗しながら思っています。
    自分の人生をゆっくり受け入れられるときが増えてきました。
    光をたどりながら1日1日を過ごしています。

    あなたも天国で楽しんでください。地上の苦しみがとても深かったでしょうから
    今は安心して、楽しんでほしいのです。

    あなたとやっと対話ができるようになった気がします。
    やっとあなたを一人の人間としてみつめ、感謝ができるようになったのかもしれません。まだまだ完成にはいたっていませんが。。
    娘の愛子も元気に育っています。お父さんも弟も寂しさはありますが元気に過ごしています。どうか祈っていてください。天国から祈っていてください。」

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