「男性の品格」2012年11月22日(木)

 今回の日本のほとんど最後に持たれた男性集会で、「男性の品 
格」というテーマで、男性同士で話し合いました。『国家の品格』 
という本が一時ベストセラーになりました。その本は読んでいない 
のですが、「男性の品格」と言うことでどのようなことが出てくる 
のか、また聖書とどのように関わるのか、興味と関心がありました。

 それぞれの「男性の品格」として持っているイメージを分かち 
合って、最終的にそれに合う聖書の登場人物を挙げてみました。私 
はどういう訳かあのニコデモが出てきました。イエスのところに夜 
来て質問したユダヤ人の指導者です。そのやり取りの結論は何も書 
いていないし、彼がどのような思いでいたのかも書いていません。 
それでも、十字架にかけられたイエスのからだを取り下ろすときに 
登場しているのです(ヨハネ19:39)。そんな姿に惹 
かれます。

 一人の青年がイエスでしょうか、と出してくれました。「男性の 
品格」を取り上げて、それがイエスとどのように結びつくのか知り 
たいところです。なんと言っても、十字架へ向かうイエスの姿はま 
さに「男性の品格」を漂わせていると言うことができるのではない 
でしょうか。ペテロが後年振り返っています。「ののしられても、 
ののしり返さず、苦しめられても、おどすことをせず、正しくさば 
かれる方にお任せになりました。」(1ペテロ2:23)

 実はこの聖書に入る前に、一般の社会で「男性の品格」を感じさ 
せる人はいるでしょうかと聞いてみました。一人の方が、スポーツ 
が好きなのでしょうか、「長嶋や王」とだしてきました。なるほど 
と思うのと同時に、そういえば今年ニューヨーク・ヤンキースで活 
躍した黒田投手はどうでしょうかと出してみました。ただ黙々と投 
げ続けて結果的に16勝まであげたのです。シーズン前半に、 
テキサス・レンジャーズの10歳以上も年下のダルビッシュ投 
手と投げ合ったのを覚えています。敗戦投手になりましたが、最後 
まであきらめないで投げ続ける姿は印象的でした。

 そんな男性集会で話し合ってきたことを、滞在先のご夫婦に話し 
ました。そうしましたら野田首相のことを出してきました。政策的 
には全面的に同意しているわけでないのでしょうが、野田首相の姿 
勢に感じるものがあったようです。野党の党首として出てきた政治 
家の過去のことには何ともやりきれない思いを持っているようで 
す。それにしても、政治家で品格を保つのは難しいことです。野党 
から引きずり下ろされ、マスコミには貶され、信念を通そうとすれ 
ば国民を無視していると言われ、結局は針のむしろに曝されるので 
す。そのなかで自分の信念を何とか通そうとしているのは、確かに 
「男性の品格」に通じるものがあります。

 そういえば黒田投手も野田首相も、じっと耐えて自分の責任を全 
うしようとする姿勢があります。釈明したり、声高になったりしま 
せん。自分のなすべき務めがあり、責任があるときに、ただ黙って 
なし続け、成し遂げるのはまさに男性の姿です。家族を養い、子ど 
もたちに聖書の物語を語り伝え、少しでも神の祝福を継承していく 
ことが男性の歩みなのです。「男性の品格」はそれに付いてきま 
す。それとイエスの歩みを結びつけるのは、法外なことでもないと 
思います。

 「彼は痛めつけられた。彼は苦しんだが、口を開かない。ほふり 
場に引かれていく羊のように、毛を刈る者の前で黙っている羊のよ 
うに、彼は口を開かない。」イザヤ53:7

上沼昌雄記
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「「男性の品格」2012年11月22日(木)」への3件のフィードバック

  1. 『男性の品格』を読ませていただきました。
    自分のためにコピーをして、テーブルのすみにおいておりました。

    夜勤からかえって疲れて寝ている主人が、朝起き上がるや否や、「これいいね。」と話し始めました。
    「たしかに黒田はすごいね。」といいます。

    「イチローもある意味淡々としているよね。」
    「高倉健もすごいよね。」とあとからあとから話し始めました。
    「末松先生も品格あるな。」といいました。

    「僕はまだまだだな。」といいました。

    城山三郎さんが書いた『落日燃ゆ』という小説があります。
    東京国際裁判で文官で唯一A級戦犯として処刑された廣田弘毅という首相を描いています。

    太平洋戦争の最中、戦争拡大に突っ走る軍部との厳しい軋轢の連続でした。ただひたすら近隣諸国との平和を願いそのように生きました。

    しかし、連合軍の目は届きませんでした。当時の首相として責任をとらされ、刑場の露と消えていきました。

    廣田はその判決に抗いませんでした。なにもかも飲み込んで当たり前のように淡々と自分の死刑宣告を受け入れました。あの時代に首相を引き受けるということはそういうことだと淡々としています。日本の姿が見えていたのです。
    若い頃は上司にすすめられた華やかな縁談も断り、静子さんという質素な女性を選びました。

    戦後、靖国神社に合祀するという誘いも遺族は一切退けています。

    廣田の生き様が家族の生き様となっています。

    城山三郎さんが小説に書きたいといったとき
    ずいぶんとお断りされたようです。

    廣田もすごいし、御遺族もすごいし、その生涯に着目し光を当てた城山さんもすごいと私は思っています。

    1. 吉川さん、ご主人が気に入ってくれてうれしいです。同じアメリカにいて黒田投手の姿勢は見事です。目立たないのですが、生き方として好きです。末松牧師は品格もありますが、体格のいいです。『落日燃ゆ』は何時か読んでみます。感謝とともに。上沼

  2. 今年のゴールデンウィークは天候に恵まれています。

    ゴールデンウィークの5月4日にヤンキースとオークランドの試合が午前中放映されています。イチローに注目が当たっています。

    主人と黒田選手のことで話題が弾みます。「十億をけってヤンキースに残った黒田はいったい何を大切に生きているのか。。」ということが主人と私の関心です。

    それは私たち夫婦が探し続けているものに向かっていっている問いのような気がします。

    さまざまな価値観や先入観、劣等意識、優等意識を身にまとっている私たち夫婦は生活のあらゆる場面でがんじがらめな自分を発見します。

    私たち夫婦の共通点は、人の目を気にしてしまうと言うことです。
    ある言葉や評価に出会うと動けなくなってしまうような闇を主人も私も持っています。
    主人は父親との関係が、私は母親との関係が影響していると思います。

    一気に取れることはありません。一枚一枚薄皮をはがすように自分の闇と向かい合っています。

    ギクシャクしてみたり、共感してみたりしながら、井戸掘りの作業がゆっくりゆっくりとすすんでいます。それはつらくも楽しい作業です。

    お元気でいてください。

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