「和辻哲郎『鎖国』を読む」2013年1月10日(木)

 最上川の流域にもキリシタンの史跡と殉教碑がある。その最上川 
からキリシタン宣教師が迫害を避けて山越えで酒田に出て、日本海 
を渡って北海道に入り、さらに樺太に渡りシベリヤを経由して本国 
に帰ったという話もある。それは1639年のことで、日本で鎖 
国が体制として確立したときである。その鎖国について和辻哲郎が 
書いている岩波文庫(上下)を、最上川の隠れ家の川向こうで牧会 
されている坂本献一牧師から昨年の秋に紹介されて、ようやく読み 
終えた。

 和辻哲郎は『古寺巡礼』や『風土』で有名である。『鎖国』は戦 
後に書かれたもので、副題「日本の悲劇」が付いている。風土論に 
基づく倫理学、国家論を打ち上げる和辻哲郎にとって、敗戦は 
ショックであった。「太平洋戦争の敗北によって日本民族は実に情 
けない姿をさらけ出した。」これが序説の冒頭の言葉である。そこ 
には決定的な欠けがあったからだと言う。それは「科学的な精神の 
欠如」であるというのが主張で、その傍証のために書かれたのが 
『鎖国』である。岩波新書で『和辻哲郎』を書いた熊野純彦は、 
『鎖国 日本の悲劇』(1950年)が「和辻の失意のたまもの 
である」(153頁)とまで言っている。

 ヨーロッパが東と西に世界的な視野を拡大していった近世の初め 
の、いわゆる大航海時代の記述が、この本の3分の1以 
上続いている。しかもその記述の細かさに驚く。ようやく日本の近 
世の初めの状況の説明になるのであるが、西洋の拡大にともなって 
日本に入ってきた宣教師たちの活動について、これも事細かに記さ 
れている。和辻本人がこれは「キリスト教史」ではないと、あえて 
断りを入れないといけないほど日本宣教史の一面も持っている。

 そのキリスト教が為政者の中枢にまで届いていながら、同時に為 
政者たちの保守精神によってキリスト教が閉め出されるようなかた 
ちで、西洋の世界的視野を閉め出し、「日本人は近世の動きから遮 
断される」(下307頁)ことになる。鎖国は250年に及 
ぶことになった。それは「ベーコンやデカルト以降の250年の 
間」であり、「イギリスのピューリタンが新大陸へ渡って小さな植 
民地を経営し始めてからあの広い大陸を西へ西へと開拓していって 
ついに太平洋に到達するまでの間」(同)のことであった。

 その新大陸を開拓者たちが西に向かっていって辿り着いた太平洋 
側に、いま住みついている現実を振り返ると、さらにその太平洋の 
向こうで日本が250年にわたって自国を封鎖していたことが現 
実感をともなってくる。すなわち、もし鎖国がなくて日本が開国さ 
れていたらどうなったのだろうかという、歴史に対する仮定であ 
る。歴史に対する「もし」は意味がないといえばその通りである 
が、この問いは逆に、250年の鎖国によって日本と日本人は何 
を負い、何を負わされることになったのかという問いになる。

 そしてそのこと自体が和辻哲郎の問いであり、結論でもある。ま 
さに「日本の悲劇」である。鎖国の影響は「国民の性格や文化のす 
みずみにまで及んでいる。」それは「開国後の80年をもって 
しても容易には超克することはできなかった」ことである。「現在 
のわれわれはその決算書をつきつけられているのである。」(同) 
これが和辻の結論の最後の言葉である。

 すでに開国してから150年以上経っている。 鎖国の 
影響が国民の性格や文化のすみずみにまで及んでいるという和辻の 
提言は、今にも当てはまると言えるのだろうか。確かに世界中の情 
報が日本に入ってくる。日本人も世界中に出ている。鎖国は全く過 
去のことになった感がある。しかし同時に、メンタルな意味で日本 
と日本人が自国のなかに閉じこもってしまうイメージはぬぐい去る 
ことができない。日本文化の独自性の優越感が、他を否定する劣等 
感に相まって、メンタルに自分のなかに閉じこもってしまうのであ 
る。そんな面を負っていることを海外で生活していても自分のなか 
に感じる。

 和辻哲郎の「科学的な精神の欠如」に関わるかのように、近世哲 
学史家の大村晴雄先生が日本の開国に関わる洋学の受容に関して、 
キリスト教関係書が除外されたことを『日本プロテスタント小史』 
(いのちのことば社)で鋭く指摘している。西洋の技術だけが取り 
入れられ、ヨーロッパの精神であるキリスト教は上手に除外されて 
きたのである。そのための蘭語の習得だけが手だてとなった。それ 
はかつてカトリックであるキリスト教を容認しているようであって 
も、結局は西洋の技術だけを目的にしていたと和辻のいう織田信長 
の姿勢にも通じる。今回はプロテスタント国であるオランダ語の習 
得が手だてとなった。精神と技術を問題なしに峻別できる日本精神 
であり日本文化である。

 開国にともなってプロテスタント宣教が日本で始まった。もし鎖 
国の影響がいまでもあるとすれば、それは組織化された整ったキリ 
スト教の受容であって、精神としてのキリスト教を上手に除外して 
いることになるのではないか。学問として整ったキリスト教の習得 
であって、精神としてのキリスト教との格闘は問題にならない。神 
学校での手だてが聖書の原語の習得に傾いていることはその証左で 
ある。あたかも語学学校のようであるといわれる所以である。結果 
的には、鎖国の影響を受けている日本精神にかたちだけのキリスト 
教の装いを整えているだけである。そんな姿のままでいられる自分 
に恐れを感じる。

上沼昌雄記
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