「宣教師の子弟たち」2013年7月5日(金)

 日本から戻って一週間ほど体調を整えて、再度旅に出ています。 
旅の初めは、ポートランドでの妻の高校時代の同窓会です。東久留 
米の宣教師の子弟たちの学校であるCAJの60年代の同期 
会です。日本への宣教師の子弟であり、現在アメリカ大陸に住んで 
いるということもあってすでに何度も持たれているものです。前々 
回はコロラドで、前回はピッツバーグで、今回はポートランドで 
と、3年おきに集まっています。11年前にポートランド 
の同じ場所で持たれた同窓会には途中参加したのですが、今回は妻 
と全日参加いたしました。

 50年代に家族で日本に入って、60年代に日本で青春 
を迎え、CAJを卒業してアメリカとカナダに戻ってきている人 
たちです。早い人は40年代の終わりに、すなわち、戦後3,4 
年で日本に入っています。戦後の復興の日本を経験しています。東 
久留米の駅とCAJの途中の雑貨屋さんで買った串団子やメロン 
パンの話や、5円で買えた池袋のおいなりさんの話が出てきま 
す。それは懐古調というより、思いがけない時代に戻されて、頭の 
ねじを巻き戻さないとついて行けないところです。そんな時代が日 
本にあったのだとポートランドで思い出すのです。

 そんな経験をしている人たちですので、年齢的にも私たちより少 
し上で、健康の面でも試みを受けている人たちがいます。それでも 
どこかで突き抜けた経験をしています。宣教師の家族であったこと 
も、青春時代を日本で過ごしたことも、多分母国に戻って適応に苦 
しんだことも、自分の生い立ちを理解されないことも、それらを突 
き抜けて神の恵みとして感謝している穏やかさを漂わせています。

 宣教師2世として日本で奉仕してすでに引退している人も、 
アメリカで牧師になって引退した人も、日本を経験したことのない 
人と結婚している人も、あの秋田で生活したことを最上の喜びとし 
ている人も、長老派とホーリネスを背景に結ばれている人も、ビジ 
ネスマンとして活躍している人も、ホモであることを認めてそれで 
も同窓会を自分の拠り所としている人も、私たち以外にもうひとり 
日本人と結婚して人もいます。

 宣教師の家族であったことも、日本で青春を過ごしたことも、そ 
れが今の自分の一部であることをしっかりと受け止めて、またそれ 
ゆえに豊かな経験をさせられたことを特権のように受け止めていま 
す。MK、すなわち、Missionary Kidsではなくて、異文 
化を経験して豊かになっている成人としての誇りを持っています。 
その感覚は自然にこちらにも伝わってきます。異文化を経験し、そ 
のなかで何かを考えていて、それゆえに理解されないことがあって 
も、それはまさに与えられた豊かさなのです。

 そんなことを経験している人がしばらくぶりに日本に戻って驚か 
されたことは、日本の教会とクリスチャンが、自分の親たちが教え 
た生き方をそのまま踏襲していて、その虜になっていて、御霊の自 
由と豊かさを欠いていることだと、立ち話で話してくれました。何 
とも納得させられることです。初代の宣教師がその文化と聖書理解 
を持って取り入れたことが日本でそのまま聖書的なものとして生き 
残っているのです。そのような親の世代の遺産に驚かされることが 
あっても、その違いも認めることができ、しかもそれも自分たちの 
一部として生きているのです。

 しかし、そのような境地に達するのにはそれなりの葛藤があった 
わけです。むしろその葛藤の深さが今に生きています。それは幾重 
にも刻まれた断層の表面のように歴史を語っています。その断層の 
一つ一つをしっかりと生きてきたのです。それなりに時間のかかる 
ことです。近年日本でも宣教師の師弟に会うことがあります。生活 
してきた海外の文化と日本人としてのアイデンティティーの違いが 
生み出す葛藤の深さを生きていくことになります。

 それにしても高校生時代を同じ環境で過ごした人たちが今に至る 
まで、それも結構頻繁にこのように会って語り合っているのは、あ 
るいはそのようにできているのは、ただ恵まれたことです。この年 
齢で青春を一緒に過ごした人たちと人生を語り合えるのは貴重なこ 
とです。ほとんどの人はそんな機会に恵まれていません。当然そう 
することで互いを励まし、乗り越えてきたところがあります。

 そんな経験をしてきた人と人生を共にしているという単純な事実 
に、そういえばこちらもそれなりの異文化の経験をさせられている 
事実が重なってきます。それで、神がご自分の民を散らし、キリス 
ト者を「旅人」と呼んでいることにそれなりの意味があるのだろう 
と語り合いながら、続いての旅を一緒にして、アメリカ大陸を北回 
り、すなわち、モンタナ州、ノースダコタ州、ミネソタ州とウィス 
コンシン州を横切って、シカゴ郊外に来ています。

上沼昌雄記