「モンタナ州とノースダコタ州―寡黙な旅」2013年7月 15日(月)

 日本での奉仕の終わりごろに、モンタナ州とノースダコタ州を 
通ってシカゴに入ることになるようなメールが、 妻から入り 
ました。ポートランドでの妻のCAJの同窓会は予定していたの 
ですが、そのままどうもシカゴに向かうことになるような話でし 
た。日本でも結構動いていましたので、アメリカに戻ってさらに旅 
行に入るのを心配しているような文面でした。しかしモンタナ州と 
ノースダコタ州をドライブできるのはこの機会を逃したら二度とな 
いことと思い、二つ返事で決行することになりました。

 ポートランドからは水量豊かなコロンビア川に沿って東に向か 
い、川が切れて乾燥地帯に入ったところを北に向きを取って、シア 
トルから通じている国道90号線に入ります。その時点でワシ 
ントン州に入っていて、すでにロッキー山脈の一部に入っていま 
す。アイダホ州が北に延びていてカナダに接している部分は、一時 
間少しで横切るのですが、すでに渓谷の間に流れる川合を何度も横 
切ることになります。

 モンタナ州もロッキー山脈の一部なのですが、ワイオミング州の 
雄大な山並みというより、氷河が溶けて緑豊かな山並みが手に取る 
ような感じで続いています。何度も横切る川には雪融けの水が太陽 
に照らされながら輝いています。冬の間は深い雪に覆われているの 
だろうと想像します。その雪が解けて山並みや平地を潤していま 
す。乾燥しきったアリゾナ州とニューメキシコ州を横切るのとは 
違った、豊かな緑に覆われた自然のなかを通過します。

 そのモンタナ州の山並みの街で一泊して、次の日に同じルートを 
ミネソタ州の親戚を訪ねた帰りにポートランドに向かってドライブ 
していた友人夫婦と落ち合いました。愛知県の知多半島での宣教を 
終えて引退して帰国した夫婦で、その奥さんとは妻が日本で高校の 
時から友人でした。モンタナ州の真ん中で名古屋以来の再会を果た 
すとことができました。

 その落ち合った街は分水嶺の街でもあります。西に流れていた川 
が分水嶺を境に東側に流れます。それは長い旅をすることになり、 
いずれどこかでミズーリー川となって、さらに南下してミシシッ 
ピー川に合流してメキシコ湾に下ります。アメリカ大陸のまさに大 
まかな地形です。

 ロッキー山脈を下りた町でさらに一泊しました。それでもまだモ 
ンタナ州の3分の2を過ぎただけです。その街から90 
号線のもうひとつ北に延びた94号線を走ります。モンタナ州 
の残りの250マイル(1マイル=約1.6キロ)は平 
坦な地をドライブとなります。 それが次のノースダコタ州に 
入っても続きます。その州を横切るのにさらに350マイルかか 
ります。全部で600マイルの道のりはロッキー山脈からおりて 
中西部に入るなだらかな道です。

 行き交う車もほとんどなく、専用フリーウエーを走っている感じ 
です。途中で大きな町もあるわけでなく、ただ広大の大陸をひたす 
ら走り続けるだけです。それだけのための一日です。それを通過し 
ないと大陸横断を縮めることがでません。通過しなければならない 
寡黙な旅です。頭が真っ白になるときです。そんなときが人生のな 
かでも確かにあるのだと納得させられます。

 それでもノースダコタ州に入ってしばらくして、岩肌が、人間の 
皮膚の吹き出物のように、いくつも盛り上がっていて、平坦の地に 
突然異様な風景に出合います。しかもその岩肌が赤と橙と紫を混合 
したような色合いで続いていて、何でこんなところにと不思議に思 
わされます。Painted Canyonと呼ばれていますが、神様の 
ジョークだと妻と言いながら、ただなだらかに延びている地をひた 
すらドライブしているものを楽しませてくれます。

 その後ミネソタ州に入って一泊して、次の日はさらにウイスコン 
シン州を南下してシカゴの郊外に到着しました。中西部の緑豊かな 
なかですが、見渡しても山を見ることがありません。そんなところ 
に無事到着して早くも10日経ちました。すでに過ぎ去った旅 
ですが、ロッキー山脈を下って悠然と構えている自然のなかをひた 
すらドライブしたことで、心のどこかのそれだけの空間が空けられ 
て、そこだけの景色がその場にふさわしく留まっていて、心の風景 
を確かに広げてくれます。

 信仰者は「旅人」といわれます。物理的な旅が信仰者としてどの 
ような意味合いを持ってくるのか、人によって違います。それでも 
通過した景色は心の襞のどこかに消えることなく残っています。ど 
の被写体を襞に刻んでいくのかは、まさにその人が歩んだ心のぬく 
もりによっています。その人の人生の旅が、創造の世界を自分の心 
に合うように写していきます。どういうわけか大きな自然、人っ子 
ひとりもいない風景、大きな空、通過しなければならない寡黙な 
旅、頭がただ真っ白になる時間、そんな風景が心の襞に刻まれています。

上沼昌雄記
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