「夢・男性集会」2013年12月9日(月)

 過ぎる金曜日の夜に20センチほど雪が降りました。時々雪 
が降るのですが、いつもですとカリフォルニアの太陽が出てきて、 
すぐに溶けてしまいます。しかし今回は、そのまま寒気が入ってき 
て、大地を覆った雪は凍り付いてしまいました。土曜の夜は零下 
8度まで下がりました。初めての経験でしたが、蛇口から水を少し出 
しっぱなしにして、凍結を防ぎました。日曜の朝には太陽が出てき 
て、氷と光の祭典を展開してくれました。

 山の教会は私たちより高いところにあり、傾斜地にあって危険な 
ことから土曜のうちに礼拝をキャンセルしました。私たちの住まい 
から公道に出るまでにも一箇所氷付いてしまう坂道があって、出ら 
れない状態です。昨日は、木々を覆っていいた雪が太陽に照らされ 
反射し、温められて落ちていく様子を眺めていました。充分暖を取 
ることができ、食料の蓄えもあり、感謝しながら一日を過ごしました。

 ゆっくり休むことができました。そのためでしょうか。朝方夢を 
見ました。男性集会の夢です。しかし、いきなり男性集会の夢では 
なくて、その前に女性たちが登場してきました。ある庭園のような 
ところで、女性たちが集っていて、それをこちらが眺めているので 
す。その園に咲く花に囲まれながら、その麗しさに感嘆している様 
子です。あたかも雅歌に出てくる園で何かを慕い求めている姿で 
す。そこには言葉はないのですが、主との親密な交わりを求めてい 
ることが分かります。それがそのまま夫との親密な交わりを求めて 
いることを伝えています。

 そのためには男性集会が必要だ、と心で叫んだら、男性たちに囲 
まれている場面になりました。知らない若い男性たちです。どこか 
で自分たちで男性集会を持っていて、その経験をうれしそうに語っ 
てくれています。何とも輝いています。自分よりはるかに年下の男 
性たちで、「そうだ、そうだ」と叫んでいます。どうもまだ独身の 
ようで、先の女性たちのご主人たちでもなさそうです。あたかもそ 
のようなご主人たちに、自分たちの見本になるように頑張ってくれ 
と、訴えているようです。

 この5月に仙台で土曜日に一日男性集会を持ちました。5月 
29日付のウイークリー瞑想で書きました。その牧師から、男性たち 
の願いもあって12月に男性集会を持つという連絡を、11 
月の終わりにいただきました。そのことをうれしく思い、祈ってい 
ますと返事をしました。そのことがあって夢に出てきたのでしょう 
か。若い男性たちに訴えられて目が覚めました。まだ暗いうちでし 
たので、床の中で男性集会のことを思い巡らしていました。

 10月の終わりに名古屋郊外の教会で礼拝後、男性セミナー 
と言うことで集会を持ちました。礼拝で報告するので、どのような 
タイトルにしますかとその牧師に聞かれたので、仙台の男性集会の 
分かち合いでした「自分の罪の歴史」と伝えました。その牧師は、 
それでは恐れをなして来なくなる男性がいるかも知れないと言うこ 
とで「自分の歴史」として案内してくれました。25名ほどの 
男性が、女性がひとりもいなくなった会堂に集いました。

 礼拝の聖書箇所であったローマ書8章の初めを再度確認し 
て、結局は「自分の罪の歴史」を語っていただくことになりまし 
た。仙台では導かれて左側から行ったのですが、名古屋では雰囲気 
として右側から行くことになりました。そこの牧師が2番目に 
立ち上がってご自分の家庭のことを話してくれました。個人的には 
聞いていたのですが、皆の前で隠すことなく語られたので、その場 
に解放感が広がりました。御霊の自由です。

 その右側の列には、この春に神学校を卒業して伝道師と来られた 
若い牧師と、さらに牧会を一時離れて待機している3名の牧師 
がいました。それぞれ自分の思いと状況を語ってくれました。その 
ような人たちを受け入れるだけの豊かさと自由が教会の交わりにあ 
ります。まだ礼拝2回目という男性も自分の仏教体験を語って 
くれました。予定より30分超過したのですが、それぞれの罪 
の歴史を分かち合いました。そこで出てきたことはいっさい外に出 
さないで互いの祈りとしていくことを確認しました。

 その集会を終えて下に降りていったら、ある女性が「男性集会の 
後は、男性たちはみな晴れ晴れとしていますね」と言ってくれまし 
た。突然言われたので、そのことに返事をすることもできず失礼を 
してしまいました。こちらの思いを代弁してくれたのです。来られ 
たばかりの若い牧師も「日本の教会にとって男性たちがあそこまで 
胸の内を打ち明けることは非常に稀なこと」と後で伝えてくれました。

 男性集会、それは夢です。男性集会の効果は、と考えないで、た 
だやり続けることで神が働いてくれることを期待する夢です。男性 
集会は、ただ集うことに意味があります。その場をできるだけ提供 
できればと願います。今日まだ一日閉じ込められています。夢の続 
きを見たいものです。

上沼昌雄記
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