「風景と『ある』」2014年2月26日(水)

 この日曜日に長男義樹が仕事の関係のカンファレンスでサンフラ 
ンシスコに来ました。夕方飛行場に迎えに行って、サンフランシス 
コ湾の桟橋で一緒に食事をしました。その夜私たちは対岸の八木沢 
さん宅に泊めていただきました。そのために新しくできたベイブ 
リッジを始めて自分の運転で行き来しました。ベイブリッジは二つ 
の部分からできていて、オークランドとトレジャーアイランドの間 
を長い年月をかけて新しくしたのです。トレジャーアイランドとサ 
ンフランシスコの間はそのままです。

 八木沢さんのお宅は対岸の高台にあって、サンフランシスコ湾が 
一望のうちに眺められます。この新しくできたベイブリッジの吊り 
橋の部分がライトアップされて浮かび上がっていました。今までに 
ない景色です。翌朝もその景色をじっと眺めました。古いベイブ 
リッジは黒い鉄骨で出来ていて、遠くからは見極めることができま 
せんでした。新しいベイブリッジは白く、また以前のものより脚柱 
も高く、橋の存在をしっかりと見極めることができます。風景が変 
わりました。

 今回義樹に会う前にメールで、レヴィナスが「他者」を取り入れ 
るときに、自分のアイデンティティーはどうなるのかということに 
ついてやり取りをしました。まさにその通りでレヴィナスもそのこ 
とについて真剣に取り上げています。そんなことがあってレヴィナ 
スは「他者」をどのように取り上げることになったのかを知りたく 
て、初期のものを読み直しています。

 「すべては空しいか」と「ある」という二つの論文が戦後すぐ 
1946年に書かれています。帰化したフランス軍に従軍してすぐにド 
イツ軍の捕虜になり、4年間の捕虜収容所から帰還し、故郷リ 
トアニアの家族がほとんどナチスによって殺されたことを知ったと 
きに書かれたものです。荒廃したヨーロッパの地に「生き残り」し 
かも「明日も生きなければならない」という現実の中で、目の前の 
風景は全く変わっていながら、なお自分が存在し、大地が存在して 
いることに恐怖を覚えるのです。どんなことがあっても、自分とは 
関係なしに存在している「ある」と言うことに目を見張るのです。

 戦争の後、大惨事の後、災害の後、風景は一変してしまいます。 
サンフランシスコの風景が変わるとは比較にならないことです。そ 
れでもそこに「ある」は変わることなくあります。どんなに惨めに 
思っても自分は生き残り、明日も生きていかなければならないので 
す。自分とは関係なしにそこに「ある」事実です。まさに自分とは 
関係のない「他者」があるのです。その「ある」ことに恐怖を覚え 
るのです。無への恐怖ではなく、存在への恐怖です。この点でレ 
ヴィナスはハイデガーを反転するのです。ハイデガーにとっては死 
への恐怖ですが、レヴィナスにとっては存在への恐怖です。手の届 
かない「他者」への恐怖です。

 レヴィナスはそれを「夜の恐怖」と表現します。昼間自己を守 
り、自己を主張し、自己を着飾っていても、夜には守るべき、主張 
すべき、着飾るべき自己を脱ぎ去り、裸になり暗闇のなかに横たわ 
ります。寝られない夜に目覚めているのは自分ではなくて、夜自身 
である、とレヴィナスは言います。寝ていても夜自身は目覚めてい 
るかのような表現です。昼には名があり、自己があります。しか 
し、夜は無名であり、匿名です。昼には自分の仕事があり、立場が 
あり、地位があります。そして、死への恐怖が襲ってきます。しか 
し、夜には自分の肩書きも意味を失います。ただ「ある」が夜のと 
ばりの中で迫ってきます。そして、存在への恐怖が覆ってきます。

 そんな夜をユダヤ人として経験したレヴィナスにとって、それは 
自分だけのことではなくて、自分たちの先祖の歩みでもあります。 
ホロコストがあっても無神論になることはないのです。ユダヤ人哲 
学者であるレヴィナスは、神を語らないでなお語っています。「あ 
る」ことが他者によって成り立っているときに、それは自分の意に 
反して起こることです。それゆえに、どのようなことが起こっても 
当然として受け止めます。「自己に反して」生きることです。それ 
ではアイデンティティーはどうなるのか、息子からいただいた問い 
が夜のとばりの中で響いてきます。

上沼昌雄記

「これが聖書?」2014年2月19日(水)

 妻と士師記を読んでいます。一昨日は9章でした。ギデオン 
が死んで後の出来事です。私が日本語で読んで、妻が英語で読みます。57 
節と長い箇所で、時々日本語と英語のニュアンスの違いがあって、 
読んだ後にすり合わせをしなければならないときがあります。今回 
はそれだけでなく、内容に関して、どうしてこんなことが起こるの 
か、どうしてこんなことを書く必要があるのか、訳の分からない戸 
惑いというか、ため息が出てきて、顔を見合わせました。

 ギデオンに70人の男の子がいて、さらにシェケムにいたそ 
ばめから生まれたアビメレクという男の子がいました。このアビメ 
レクがシェケムの民をそそのかして指導者としてのし上がっ 
て、70人の兄弟を殺してしまいます。ところがこの70 
人の末子ヨタムだけが隠れて生き残るのです。このヨタムがアビメ 
レクとシェケムの民にたとえを用いてのろいをかけるのです。そし 
てそののろい通りにシェケムの民も滅び、アビメレクも死んでいきます。

 ヨタムが用いたたとえも興味深く長いものですが、その通りに書 
かれています。そしてのろいが実現していくプロセスもそれなりに 
複雑なのですが、詳細に書かれていています。結局アビメレクが 
シェケムの民を殺し、アビメレク自身はといえば、ひとりの女が投 
げた挽き臼の上石で頭蓋骨が砕かれ、それではみっともないので、 
若者の介助で死んでいくのです。

 それは、神がわざわいの霊を送った(23節)ことの結果で 
あり、アビメレクが「兄弟70人を殺して、その父に行った悪 
を、彼に報いられた」(56節)からであり、さらに「シェケ 
ムの人々のすべての悪を彼らの頭上に報いられた」(57節) 
からなのです。

 その通りで、多分私たちの倫理からですと、タイトルを付けてい 
る聖書が語っているように、「アビメレクの過ち」ということで、 
教訓的な意味合いを取って終わってしまいます。しかし、それだけ 
ではどうも落ち着かないのです。それだけですと、それではどうし 
てギデオンは70人の子どもがいたのかという問いも出てきま 
す。記されているとおりに「彼には大勢の妻がいたからである。」 
(8章30節)その上でさらにシェケムのそばめからアビ 
メレクを生んでいるのです。どのように理解したらよいのか迷いま 
す。「ギデオンの過ち」とも言えるからです。

 しかし、聖書は単なる教訓的なことを教えるためだけで終わって 
いるわけでないだろうなと、記述を思い巡らしながら、ため息が出 
てきます。それだけでは終わらないで、何かがしっかりと記憶に組 
み込まれてくるものがあります。それが神の民の歩みであると、こ 
れでもかというかたちで語られていて、認めざるを得ないからで 
す。まさに神が何かを、神の民の記憶にしっかりと刻み込もうとし 
ているかのようです。

 キリストによって救いがもたらされたのは事実です。ただそれ以 
後の教会はその救われた理想的な世界を描き、それに何とか合わせ 
ようとします。言葉による観念の世界です。それに合わなくて疲れ 
てしまいます。またそこに教会の偽善性をみて、教会から離れてし 
まいます。

 ユダヤ人が自分たちを「書物の民」「記憶の民」と呼んでいると 
きに、そんな理想の世界に生きているのではなくて、自分たちの先 
祖が現実に歩んだ歩みをしっかりと記憶に刻んでいて、今でも現実 
に自分たちに起こりうることとして確認しているかのようです。書 
物に記され、記憶に刻まれていることは、それが先祖たちにとって 
現実であったように、自分たちにとっても現実として受け止め、生 
きています。

 聖書はきれい事の世界ではありません。神の民の現実を描いてい 
ます。神の民はクリスチャンにとってはまさに自分たちの先祖で 
す。その先祖の歩みがそのまま記されています。これでもかと思う 
ほど何度も記されています。「これが聖書?」と言いたくなりま 
す。そしてその通り、それが聖書なのです。そしてまさにそれゆえ 
に、変わることのない神の真実にただ唸らされます。

上沼昌雄記

「ある礼拝後の会話」2014年2月13日(木)

 ニーチェという過激な思想家を取り上げているのですが、その視点がギリシャ哲学と融合したキリスト教に対する批判であると分かると、逆にどのような意味合いで批判しているのか、知りたくなります。同時にそのようなギリシャ的な影響を取り去っても、また、取り去ることで見えてくる聖書の世界を、N.T.ライトが提示しているように思います。そんなことをウイークリー瞑想に書いているのですが、同じように哲学をかじってきた友人の坂本献一牧師とニーチェについてやり取りをしている中で、今週以下のような記事を送ってくれました。ニーチェが指摘し、ライトが取り上げようとしていることが、教会員との会話の中で出てきます。坂本牧師の独特な文章もあって、許可をいただいて全文を掲載いたします。上沼昌雄 

「現世と来世」

今週の日曜の午後、教会員たちとお茶を飲んでいると、こんな話しが出ました。「最近、本屋に行くとお寺のお坊さんが書いた本が沢山並んでいるのに、牧師が書いた本は全く見当たらない」。確かに、私も同じように感じていました。仏教書というのではなく、一般向けの人生論、生き方の秘訣といった類の書物をお坊さんたちが書いているのが、ずいぶんと目に留まるようになったのです。

「中味はそれほどたいしたことは言っていない。ごく当たり前のことばかり。でも、現実生活に即した話しで、よくわかるんだよね」。その人は附け加えました。

私の理解では、本来の仏教は今あるこの世、現世を如何に生きるかを追求した宗教だと思います。来世については何も語ろうとはしなかった。浄土信仰、阿弥陀仏如来などが登場するのは、時代が下ってからのことです。ですから、来世について語るよりも、現世について、今の生活をどうするかを語るほうが得意というか、本来的であるとも言えましょう。

それに対してキリスト教は来世を語る宗教と位置づけられてきました。十字架のイエス・キリストを救い主として信じ受け入れるならば、永遠のいのちを与えられ天の御国に入ることができる。この地上でどのような困難に出会ったとしても、天の御国において悲しみは癒され労苦は報われる。それが「福音」と理解されてきたように思います。それがキリスト教のすぐれている点。死を越えた希望を語ることができる宗教。そのように教えられて来たのではないでしょうか。

しかし果たして、それが聖書本来のメッセージだと言い切ることができるのでしょうか。旧約聖書、特に知恵文学などを読んでいくと、違った世界観があるように思います(ヨブ記14:7~12、伝道3:16~22)。「地上での生活は一時的、仮の世であり、天国での祝福こそが大切。」という考えは、再検討すべきではないかと思えるのです。

それに関し私は、「現世ではなく来世。」という考えが、聖書本来のメッセージとは言えないような気がします。それは聖書本来の考えというより、ギリシア哲学の影響を受けて歪められていったキリスト教思想ではないでしょうか。つまり、プラトンはイデア論を唱え、現実の世界はイデア界の写しに過ぎないとしました。そして本来的イデア界に到達することが人間の理想であり哲学の目標であると考えました。この現実界とイデア界の二元論をキリスト教がそのまま引き継ぐことになったのです。

教会員とのお茶飲み話では、こんな話題も出ました。「主イエスは、自分の宝は地上にではなく虫もさびもつかない天にたくわえなさい、と教えられたよね(マタイ6:19~21)。言い換えれば、地上の銀行にではなく天国銀行に貯金しなさい、ってことだ。じゃあ、その貯金はいつ引き出すことができるんだろう」。そばにいた人が即座に応じました。「それは天国に行った時だろう。この地上で神に喜ばれる歩みをし、神の栄光のために持てるものを用いるなら、天国に行った時にいっぱい利息がついて、豊かな報いをいただくことができるってことでしょう」。すると、最初に話しを出した人が言いました。「この頃、それって違うんじゃないかって思うようになったんだ」。

彼は続けました。「天国に行ったらすべてが満たされているはずだから、貯金をおろす必要なんかない。むしろ、天国銀行の貯金は『彼の世』ではなく『この世』でこそ必要なんじゃないかな。この世で生きていく中で行き詰ってしまうというか、この世の知恵や宝ではどうすることもできない現実にぶつかる。そんな時に、『ああ、天国銀行に貯金をしてたんだ。あの貯金を使えばいいんだ』と思い出し、『神さま、貯金をおろします!よろしく。』って叫ぶ。そのために貯金するんだよ」。

なるほど、と思いました。天国銀行の貯金は天国で使うためのものではない。この世で生きていくためのもの。それなのに、教会では「地上ではこの貯金をおろすことはできません。」と教えられる。そして、多くのキリスト者が「地上では苦しくて当然。ひたすら我慢。」という道徳にしばられ、無理の多い、律法主義的生活を強いられてしまう。これはたいへんなことだと感じるのです。

この「地上でどんなに苦しんでも、天において報いがある。」という考え方の背後に、「現世と来世」、「現実界とイデア界」というギリシア哲学的二元論が存在しているのではないでしょうか。

キリスト教思想がギリシア哲学の影響によって歪められていることを見抜いたのは、哲学者ニーチェでした。ギリシア古典文学の研究から出発した彼は、その影響がいかに深刻であるかに気づいたはずです。「キリスト教は民衆のためのプラトニズムである。」(『善悪の彼岸』)という一言がそれを明確に示しています。そして、それは単に神学上の議論ではなくヨーロッパの人々の生活・道徳を支配しています。その発言の過激さのゆえに、教会からは「敵」としてしか捉えられなかったニーチェです。しかし、彼が否定しようとしたのは聖書ではなく、アブラハム、イサク、ヤコブの神でもなく、ただ、ギリシア化されたヨーロッパのキリスト教とキリスト教道徳だったのかもしれません。そして、現代の教会のありさまを思う時に、彼の戦いが他人事とは思えなくなってしまうのです。

坂 本 献 一  (2014.2.13)

「アテネ捕囚?」2014年2月5日(水)

 ニーチェが目の敵にしているかのようなキリスト教とは、現実に 
はどのような信仰形態のキリスト教なのか、そして逆に、現在のキ 
リスト教の視点からニーチェをどのように捉えているのか、そこま 
で踏み込んだものはないだろうと思っていたのですが、ホイートン 
大学の哲学教授のBruce Bensonという人が、かなりしっかり 
と取り上げていることが分かりました。

 父の病院通いの世話でロス郊外に来ているのですが、幸いに近く 
にバイオラ大学とタルボット神学校があり、その図書館を、教職者 
パスを購入して使っています。今は自分のネットで図書館の検索が 
できるので、いくつか可能性のある書物をリストしてから図書館に 
向かいます。その昔論文を書いていたときには、図書館に閉じこ 
もって、その関係の雑誌から当たって、文字通りに図書館のカード 
から可能性のある書物をリストして行きました。今や、異次元の情 
報世界に生きていることを実感します。

 Bruce Bensonは、福音的な立場で現代ヨーロッパ哲学の流 
れをしっかりと捉えています。ベルギーの大学で博士号を取得して 
います。 その著 Graven Ideologies-Nietzsche, Derrida & 
Marion on Modern Idolatry で、まさにニーチェとデリダとマリオ 
ンを取り上げています。そこには当然ハイデガーとレヴィナスも登 
場します。ダラス・ウイラードがその本の推薦文を書いています。 
そんな人がホイートン大学で教えていることに希望を感じます。ホ 
イートン大学は妻と長女の母校です。

 ニーチェの哲学史上での理解に関しては、ハイデガーの貢献があ 
ります。ハイデガーの晩年のニーチェ講義が、ニーチェを西洋思想 
の再解釈の試みと見る新しい理解を示しました。すなわち、ニー 
チェのキリスト教批判はそのまま西洋哲学の批判でもあり、その源 
をハイデガーはアリストテレスに、ニーチェはプラトンに見ている 
のです。

 西洋哲学は確かにプラトンとアリストテレスによっているのです 
が、そこにキリスト教が相乗することで、まさに西洋思想と社会が 
築き上げられてきました。キリスト教神学はギリシャ哲学を用いる 
ことで自己防衛と自己確立をしてきました。そのギリシャ哲学の発 
祥地アテネを拠り所にしたのです。それをBruce Benson 
が “Athenian captivity”「アテネ捕囚」と呼んでいます 
(P.11)。なるほどと思わせる歴史理解です。しかもハイデガーと 
ニーチェがそこからの解放を助けたと認めています。

 アテネ捕囚とは、まさにバビロン捕囚を踏まえて言っていること 
です。しかし、このふたつを並べてみてみると、何とも不思議な思 
いにさせられます。すなわち、バビロン捕囚から解放されたら、そ 
れで自由にされて神の国の建設が近づいたのかと思うと、結局はア 
テネ捕囚がそこに待っていたと言うことになるからです。この流れ 
をどのように捉えたらよいのか、すなわちそれも神の計画と言える 
のかどうか、何とも考えさせられてしまいます。

 歴史的に、バビロン捕囚から解放されてエルサレムに戻るのです 
が、そのエルサレムが後にギリシャとローマの支配に置かれ、その 
なかでイエスが生まれ、十字架にかけられ、復活していくのです。 
そのキリスト教が地中海を中心にローマにまで浸透していきます。 
それはまさに神の計画であったというのが、おそらく伝統的な西洋 
の教会の理解であったわけです。しかし、それはアテネ捕囚の代価 
によると見る歴史理解が徐々に明確になってきています。そのさき 
がけをニーチェが見て、叫んでいたのです。それがホロコストを経 
験することで多くの人がニーチェの叫びを聞くことになったのです。

 それでは、アテネ捕囚からの解放、すなわち、ギリシャ哲学で身 
に着けてきたものをいっさい取り除いたらどのようになるのか、何 
か裸にされるようで戸惑いを覚えます。しかし振り返ってみるに、 
そのように聖書を理解しても大丈夫だという、もうひとつの方向が 
出てきているようにも思います。すなわち哲学的な超時間的な抽象 
概念とか、精神分析的な霊的理解で聖書を理解するのではなくて、 
神の物語として聖書を理解していく世界が開かれて来ているようで 
す。イギリスの新約聖書学者のN.T.ライトの膨大な試みもこ 
の辺にあるのではないかと思わされます。世界的な聖書学者であるN.T. 
ライトは、歴史家でもあって、アテネ捕囚からの解放の必要をしっ 
かりと見ています。

 二つの世界大戦とホロコストを経験して、西洋の没落というか行 
き詰まりが明確になってくるにつれて、ニーチェの叫びに不思議に 
耳を傾けるようになってきています。ハイデガーがニーチェを前面 
に出してきたところがあります。その西洋の始まりを「アテネ捕 
囚」と言い切ることで、問題点の指摘という以上に、アテネ捕囚か 
ら解放された意味での聖書の読み直しの責任が問われてきます。ア 
テネの申し子ではなく、神の民としての責任です。

上沼昌雄記