「レヴィナスと『1Q84』」2014年3月6日(木)

レヴィナスと村上春樹の『1Q84』が結びつくことに気づいて、自分のなかで納得するものがある。結びつきそうもないふたりであり、当然ユダヤ人哲学者でタルムードの学者であるレヴィナスと小説家である村上春樹では、その表現方法は全く違うのであるが、どこかで似たような考えをしていて、それにこちらが共鳴しているのかも知れない。

レヴィナスにディアクロニー(diachronie)という考えがある。「隔時性」と訳されているが、訳さないでそのまま使っている人もいる。その対語がシンクロニー・共時性である。シンクロナイズ・スイミングを思い描いていただくと分かる。同じ動きを同時に行うのがシンクロニーである。それは統一が取れていて美しい。ディアクロニーはそれに反して断絶している時間のことである。時間の不連続性である。統一もなく、美しいわけでもない。

これはレヴィナスの「同」と「他」、自己と他者の対比に繋がる。すなわち、シンクロニーは自己のうちにすべてを包摂して同一性、全体性を求めるものであるが、ディアクロニーは他者によって自己が打ち砕かれて、無限が広がっていくことである。意識の連続と意識の非連続でもある。すなわち、ディアクロニーでは想像したこともないことが時間に関わってくる。記憶にもないことがよみがえってくる。意識の断絶である。

そもそもレヴィナスは、ギリシャ的な天と地という二元的な世界観ではなくて、ユダヤ人としての時間の流れで世界を捉え直そうとしていることが分かる。それで意識の断絶といっても、空間的な意味で超越的な世界を考えているのではなくて、時間の流れの中で断絶した不連続性を見ようとしている。しかしそのような思考が可能なのかとなると、まさにここにレヴィナスの他者の意味がでてくる。他者の顔が意識の流れを断絶して、「殺してはならない」と叫ぶからです。あるいは他者の困惑した顔が思いがけない世界に私たちを導くからである。

そのようなディアクロニー・隔時性が身近なかたちでどのように現れるのかと考えていたときに、村上春樹の『1Q84』がまさにそれではないかと気づいた。1984年に、主人公のひとりである青豆が高速道路からはしごで下りていったのが、1Q84の世界である。その世界に入っていったのであるが、むしろその世界が現実の1984年にどこからか入ってきて、ことを起こし、意味をもたらし、もうひとりの主人公の天吾とともに、忘れられた世界に引き戻されるのである。

1Q84では青豆はカルト集団のリーダーを殺すことになり、天吾は17歳のふかえりという少女の『空気さなぎ』という小説の書き直しをする。そこにはリトルピープルが登場し、月がふたつ出てくる。意識のどこかが切り替えられて断絶した世界がふたりを動かしていく。当然思いがけないことが展開する。それでいてそのすべてが連動していて結びついてくる。ふたりがもう一度結ばれる愛の物語である。

『1Q84』の読者は、そこで展開されていることに、こんなことは起こるはずがないと思うより、一見不思議と思えることが自分の心のどこかに触れてきて、意識は断絶されていながら、それでも納得しながら読んでいるのではないかと思う。レヴィナスの哲学書は難解であるが、他者とか他者の顔とか、沈黙の響きとか、意識の不連続性とかが出てくると、心のどこかに届いてくるものがある。納得するものがある。

村上春樹は小説を書くのは、「目覚めたままで夢を見るようなもの」という。確かに『1Q84』でも他の小説でもその通りであるが、良くここまで書けるものと驚く。実はレヴィナスも意識の断絶した世界を「目覚めた夢」と言っている。目覚めていながら意識が断絶して別の世界が展開することを認めているというか、そのよう世界がどこかに開かれていることに気づかせてくれる。単なる神秘的な世界ではない。なぜなら、そこでは他者の顔が現れて「殺してはならない」と叫んでいるからである。そこにレヴィナスは倫理の始まりを見ている。

ユダヤ人哲学者としてその倫理はモーセの律法を前提にしている。その繋がりで、ディアクロニー・隔時性としての時間の断絶性において神を捉えようとしている。基本的に西洋の神はシンクロナイズされた「同」の世界に中に閉じ込められていると見ているからである。「同」の世界で概念化され、体系化された意味での絶対者としてみているからである。体系化もされないで、意識にも上らないでなお神を語ることをレヴィナスは試みている。神の語りは意識の外から届いてくるものだからである。

神の民の物語がどれだけ不可解であっても、それはなお神の物語でもあるからである。ホロコストを経験したレヴィナスは神と世界をそのように見ている。断絶した時間、それは聖書の物語の世界でもある。

上沼昌雄記

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