「疲労」2014年9月17日(水)

 父は小康状態を保っていますが、疲労困憊の状態でもあります。 
朝、できるときには自分で体を洗って服に着替えて出てきます。そ 
れでもモルヒネのゆえか日中よく眠っています。そんな自分に落ち 
込んでもいます。一日何もできなかったことを嘆きます。

 ルイーズはそんな父を励まします。このようにいてくれるだけで 
自分たちには感謝であること、またこのように世話をすることがで 
きることは恵であると、よく父に語っています。父の疲労困憊の状 
態について、それは坂道を絶えず登り続けているという比喩を用い 
て説明しました。先週家に戻って散歩に出たときに、坂道を息を切 
らせながら登った時に気づいたようです。

 父は納得したようで、母や他の人に何度か説明しているのと聞き 
ました。私たちは平地を歩くときには疲れも感じないですたすた進 
んでいくのですが、父にとっては家の中を歩くことも、日常生活を 
営むことも、きつい坂道を息を切らせながら登っていることになり 
ます。そのつらさはこちらには分かり得ないことです。それでも父 
は気分のよいときには冗談をいって家族を笑わせます。

 他者を視点に哲学をしてきたレヴィナスに「疲労」についての文 
章があります。ユダヤ人でしたが、フランス軍に従軍してドイツ軍 
の捕虜となって重労働についていたときに書いたもので、戦後すぐ 
に出版されています。興味深いのは「疲労」を哲学のテーマに取り 
上げていることと、「疲労」が他者をとらえていく契機にもなって 
いることです。

 それまでのドイツ観念論を中心にした西洋の哲学は強者のための 
ものでした。現象学が出てきてから人間が醸し出す重い気分が哲学 
のテーマになってきました。ハイデガーの存在の「不安」とかサル 
トルの「吐き気」が、人間のあり方を知る手がかりになってきまし 
た。それでも自分を中心とした存在理解です。レヴィナスにとって 
は、自分の手に負えない「疲労」が、自分の手に負えない「他者」 
を考える契機になっています。他者を視点に自分の存在を考える、 
今までにない思考です。

 疲れたとき、疲れ果てたとき、自分が自分でなくなり、手が負え 
なくなります。それでも自分から逃れることはできません。疲労を 
負ったまま自分であることに耐えなければなりません。休息取るこ 
とで自分を回復していきます。それでも休息を取っても回復しない 
疲れがあります。疲れが知らないうちに積み重なって、自分である 
ことを放棄したくなります。それでも自分から離れることはできま 
せん。誰にも理解されない、誰とも共有できない「一存在の孤独」です。

 レヴィナスはそんな疲労のもたらす「ずれ」を人間の存在を理解 
する手がかりにします。「疲労の基本的性格」を「存在の自分自身 
とのくい違い」と表現します。「ものに従事できなくなること」で 
あり、「存在が自分の執着しているものと不断にますますくい違っ 
てゆくこと」です。自分の存在には自分の手に負えないことが避け 
られないこととして侵入してきます。どんなに堅く自分を守ってい 
ても忍び込んできます。レヴィナスはそれを疲労という誰もが経験 
する現象の分析から捉えたのです。

 レヴィナスは、疲労をこのように他者を視点に入れる手がかりと 
して、さらにそれに伴う私たちの営みそのものをも他者の視点で見 
ていきます。仕事、結婚、家庭、子を生むこと、年を取ること、ど 
れも疲労が伴っています。驚くことに実際に、レヴィナスはこれら 
を哲学のテーマとして展開していきます。身近なことで自分の手に 
負えないこと、それに囲まれていること、それがまさに人生です。 
自分ですべてをまかなっているかのような錯覚からの断絶です。

 父の看病も当然疲労が伴います。それでもどこかで回復できま 
す。父は少しだけ回復して、また休む間もなく坂道を登り続けなけ 
ればなりません。そんな父を見ていて、また父を看病していて、 
「疲れること」「疲労」が人生に重くのしかかっていて、しかも自 
分を外から見ていく手がかりになり、さらに自分を超えた彼方を見 
ていく手がかりにもなっているのだろうと、思いを馳せています。

上沼昌雄記
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