「どうしてこんなに人が集まっているのだろうか」2014年  10月21日(火)

 10時から礼拝ということで5分前に2階の泊めていた 
だいている部屋から降りて礼拝堂に入りました。ここは田舎ですか 
ら皆さんゆっくり集ってきますという牧師先生の説明を聞いていま 
した。先生は教会の方のお嬢さんの結婚式がこの時しかとれなかっ 
たということで、すでに行かれていました。そんなことでこちらも 
ゆったりとした思いで礼拝に備えることができました。

 若い方々を中心にドラムとピアノとベースとボーカルで賛美が始 
まりました。それほど熱狂的でなく、むしろ遠慮がちに、賛美を導 
いてくれました。礼拝式順序を記したプログラムもないので、どこ 
でメッセージが始まるのかは分からなかったのですが、前に立って 
みましたら礼拝堂はしっかりと溢れていました。年を召された方た 
ちが多くいらっしゃいました。

 2年前にも伺いました。そのときも随分話しやすい雰囲気の礼拝 
だと思いました。今回も自分のなかで思わされていることを導かれ 
るままに語ることができました。メッセージの後に質疑応答の時を 
持ちますからと先生から言われていました。祈りを持ってメッセー 
ジを終えましたら、司会者がそのまま皆さんの中で質問がありまし 
たらと言うことで、早速始まりました。

 少々面食らったのですが、初めに質問してくださった方の質問 
で、礼拝で言い切れなかったことに触れることができ補足すること 
ができました。またある質問には自分の経験を入れて応えることが 
できました。そうしましたらメッセージで話したことが肉付いてき 
ました。 皆さんもそのように感じられたようでした。牧師先 
生も質疑応答の途中に戻ってこられました。

 昼食は、皆さんが一緒にという感じではなく、あるテーブルで教 
会のすぐ隣のご夫妻とその息子さんと話が始まりました。もう一人 
の息子さんもその前の週に授業をしてきた聖書学院で学ばれている 
と言うことで、その家族の試練といやしと祝福の物語を聞くことに 
なりました。会堂のすぐ隣のご家族なのです。

 この日は町の行事があって結構来られなかった人がいたようです 
が、それでも小さな町で多くの人が集まっています。先生にその秘 
訣は何ですかと聞きましたら、辞めないで長くやってきたことと言 
われました。40年以上に渡って同じところで伝道、牧会をされて 
こられました。しかし先生の返事は答えになっていないので、勝手 
に思い巡らしています。

 先生が一緒に開拓で学んだある宣教師のその姿勢のことを話され 
ました。礼儀正しい日本人への伝道は、ただ上から教えるものでは 
なく、福音による人格形成で神に用いられる青年を育てていくこと 
であったというものでした。それを引き継いだ先生は高校生の伝道 
から、その人たちの人格形成を聖書から助けていくものでした。そ 
の人たちが教会の中心になって行ったというのです。

 廊下いっぱいに置いてある書棚には信じられないほどの種々の本 
が並べられています。また先生の著書もあります。まだ先生のメッ 
セージを聞いたことはないのですが、著書からその雰囲気を感じ取 
ることができます。肩の力を抜いて、それでいて聖書からどのよう 
に生きることがよいことなのかを、歴史的な人物の例話を踏まえて 
語っています。その例話が書棚から来ています。聖書と歴史と皆さ 
んが生きています。そのいのちの息吹を感じ取ることができます。 
それ以外のことは皆さんにまかせっぱなしで先生は40年以上牧会 
をされてきたようです。気負うこともなく、それでいて心が通って 
いる教会です。

上沼昌雄記
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