「クラーク聖書研究会50周年記念」2014年11月  7日(金)

 月曜の「文化の日」に北大構内の遠友学舎でクラーク聖書研究会 
50周年の記念会が持たれました。雨とみぞれの天候でしたが50 
名ほどの卒業生と現役の学生が集まりました。この遠友学舎という 
建物は、その昔教養部の建物のはずれにあった農場の一角に位置し 
ていて、その脇を4年間毎日のように通ったことになります。 
三角屋根のガラス張りの集会室で冬をすぐそこに感じさせる秋の終 
わりの風景を眺めながら一時を持つことができました。

 プログラムを上手に組んでくださって、講演の時、食事の時、自 
己紹介と思い出を語るときと全員がシャッフルすることにな 
り、10時半から午後3時まで多くの人と自由に語り合う 
ことができました。私にとっては今回の4週間の日本での最後 
の集会でした。その晩の列車で札幌を離れ、水曜日にはロス郊外の 
両親に家に入って、昨日は義父を緩和ケアの担当医のアポに連れて 
行きました。振り返ってみて、それは何とも印象的な場と時であり 
ました。

 50周年というのは、1964年に学内で聖書研究が始 
まったことになります。その年に私は北大に入学しました。ミッ 
シェル宣教師、牧野さん、大宮司さんと何人かのクリスチャンの友 
人たちとその年に学内の活動として認められたのです。その1964 
年というのは東京オリンピックと東海道新幹線が走り出した年でし 
た。何と言っても60年代というのはビートルズと大学紛争に 
象徴される時代でした。少なくとも私にはそうでした。

 そんなことで今回与えられた記念講演を始めました。時代が動い 
ている中で信仰者として哲学を専攻したことから、今に至るまでの 
ことで考えさせられていることを語りました。このところの私自身 
のテーマである「聖書と哲学」のことです。そんなテーマに取り組 
み、そんな話がきるのも、北大の自由さでありそのキャンパスに身 
を置いたためではないかと思います。

 語り終わって懇談の時を通して北大でしかもクラーク聖書研究会 
に関わった皆さんが、それぞれ自由にしかも責任を持ってクリス 
チャンとしての人生を歩んでいることを知りました。信仰からしば 
らく離れていて40歳代でカトリックとして復活した仲間と再 
会しました。新聞記者として活躍している人もいます。数名の医師 
と牧師と宣教師もいました。これから神学校に行くという人もいま 
す。親子2代にわたって聖書研究会のメンバーという人にも会 
いました。50年の間に多彩な人たちを輩出していることにな 
ります。

 現顧問の千葉恵先生も来てくださいました。ギリシャ哲学とパウ 
ロの信というテーマで多くの論文を書かれています。ローマ書にお 
けるパウロの信を熱く語ってくださり、紀要の抜粋『パウロ「ロー 
マ書」私訳と解説』をくださいました。クラーク聖書研究会は贅沢 
な顧問をいただいていることになります。次回札幌訪問の折には研 
究室にお訪ねしたく思いました。

 50年北大のキャンパスで聖書研究会が守られてきたことは 
恵です。同時にそこには大きな責任があります。「みこころが天に 
なるように、地にもなさせたまえ」と祈っているクリスチャンの責 
任です。果たすべきこと、できること、多くあります。クラーク聖 
書研究会は通称「クラ会」なのですが、「暗―く会」という異名を 
持っています。緊張と祈りなしにはその部屋に入れないという伝統 
があります。この地への責任をいただいている緊張感と祈りです。

 北大とクラ会と同じ下宿で学生時代を一緒に過ごして、ほとんどこの50 
年間交わりをいただいている小林さんには講師紹介で先手を打たれ 
ました。下宿で小林さんがクラシック音楽を聴いているときに「キ 
リスト以外に慰めがあって良いのか」と失礼なことを言ったことの 
お返しでした。その小林さんのところに泊めていただき、会場にも 
ご一緒させていただきました。感謝と祝福の一時をいただきました。

上沼昌雄記
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