「義父への約束を」2015年2月11日(水)

 義父は昨日(2月10日)午後4時5分 
に最後の息を神に委ねました。朝方3時から昏睡状態に陥り、 
まもなく息を引き取るのかと思ったのですが、それから13時 
間父の心臓は確実に動き続けました。すでに前立腺癌からの全身転 
移でからだはやせ細っていたのですが、心臓は働きを辞めることは 
ありませんでした。その動きと父の息をじっと見守ることになりました。

 5年前にバイパス手術をしてペースメイカーを付けていま 
す。しかし3年前に高圧酸素ボンベの治療の効果か、心臓の機 
能は父のこの地上での最後を13時間引き延ばしてくれたよう 
です。ホスピス体制の指導で、ペースメイカーの再稼働の機能は削 
除してありました。

 すでに痛みはないようでしたが、機能が少しずつ低下していく心 
臓の動きを見守るのは辛いことです。多分急坂か、岩場を一生懸命 
に上り詰めているような苦悩なのかも知れません。その姿を家族の 
前に展開しているのです。というより、父自身がその最後を家族に 
見せているかのようでもありました。最後の息までしっかりと生き 
てきた自分の姿を見守ってもらいたいかのようでした。

 一つだけそう思わせることがあります。ある真夜中の父の看病の 
時に、信仰から離れている一番下の弟のことが気になっていること 
を話してくれました。そのときに私たち夫婦ができるだけのことを 
することを約束しました。父は感謝をして後は神の手にあることと 
いってその夜は眠りに戻ったことがあります。

 その弟はクリスマスの時に父の看病の助けに来てくれました。そ 
して次の予定はこの2月21日から一週間と決めていまし 
た。しかし年が明けて1月20日からホスピス体制に入っ 
てからそこまでは持たないと思って、私なりに父の状況を伝えてき 
ました。同時に無視もされてきました。しかしこのままではどこか 
で父への約束を果たせない思いがあって、直接に電話をしていつ来 
るのかと尋ねました。

 義弟は過ぎる土曜日からこの日曜日までの予定で来てくれまし 
た。私は遠慮なしに夜の看病を彼に委ねました。彼も引き受けてく 
れたのですが、ルイーズが真夜中でも薬の投与をしないと行けない 
ので、それに付き合ってこちらも起きて彼の看病を助けることにな 
りました。日曜の夜というか、月曜の朝方の3時半から5 
時まで、義弟と私たち夫婦は幻覚でうなされている父と一種不思議 
なやり取りの時を持ちました。末息子がそこにいることも分かって 
いました。私が英語で尋ねたことに、「そうですか」と日本語で返 
事をしてくれました。そして父は賛美歌を歌いながら眠りに戻りました。

 昨日の朝方も義弟が看病をしていて、3時半に父の呼吸が困 
難になっていることを私たちに知らせてくれました。それから午後 
4時5分まで13時間父は自分の生き方を隠すことなく示 
してきました。義弟は父の手を握り、涙を浮かべながら父をしっか 
り見守っていました。そのような時を父は待っていたかのようでし 
た。実際に父が最後の息を引き取った時、義弟は父の手を握ってい 
たと言っていました。

 私たちはこの5年父の闘病と付き合ってきました。父の痛み 
の呻きと忍耐を何度も見てきました。最後にさらに苦しむ必要があ 
るのかと思ったのですが、そこにはやはり意味があって神が時を延 
ばされたのかも知れません。義弟の信仰とかはともかくとして、少 
なくとも私には義父への約束を少しでも果たすことができたのはな 
いかと思っています。秘かに父に伝えたいことです。

上沼昌雄記
広告

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中