「『悪霊』を読んで」2015年3月16日(月)

 光文社文庫の新訳でドストエフスキーの『罪と罰』を読んだ続き 
で、まだ手を付けていなかった『悪霊(あくりょう)』を読みまし 
た。翻訳のことに興味があったのと、手元にそれしかなかったの 
で、新潮社文庫の江川卓訳で読みました。多くの登場人物と当時の 
社会情勢を踏まえた会話が限りなく続いて、表題のテーマにいつ 
入っていくのだろうかと思わされるのですが、飽きることなくつい 
ていくことができました。

 ルカ福音書8章の悪霊が人から出て豚に入り、その群れが崖 
から湖に落ちて、癒される物語から取られています。その記事が小 
説の初めと終わりにも繰り返されています。ですから悪霊に取り憑 
かれた人のことがテーマであることが分かります。しかし、ある時 
突然取り憑かれてことが起こりだしたというより、当時の社会・政 
治情勢の変化の中で、今まで締め付けられてきたものに綻びが出 
て、隠されていたものが顔を出したり、そのあおりで当時の貴族社 
会のゆがんだ人間関係から泡のようなものが表面化してきたりし 
て、悪の霊が支配的になっていく物語と言えそうです。

 現今の『悪霊』の書は、その意味では、その元凶になる人物の悪 
のことが付録「スタヴローギンの告白―チホンのもとに」というか 
たちで付いているので、読者は最後に悪の根源を知るかたちになっ 
ています。この箇所は途中で入る予定であったのが、当時連載され 
ていた雑誌の編集長が、多分その内容の残虐さのゆえに断ったとい 
う経歴があるようです。確かにそれだけの内容です。

 「チホンのもとに」と言われていますが、ある修道院に隠棲して 
いるチホン僧正のもとでスタヴローギンが記した告白文が読まれる 
のです。その設定自体が何とも陰気くさい感じがします。彼の元に 
はスタヴローギンの母も訪ねてきています。息子のことを心配して 
来ていたかのようです。そこで読まれた告白文を逆に辿って『悪 
霊』を振り返ってみると全貌が明らかになってきます。一人の人が 
抱えている悪が、その家族と社会に悪臭のように広がってしまって 
います。臭いはあるのですが知らないうちに広がって、取り返しの 
付かない状態になっています。

 それはしかし、見方によっては特別なことではありません。私た 
ち個人においても、家族においても、社会においても、さらに国家 
においても、同様なことが繰り返されています。一つの悪が地下深 
くに埋もれているのですが、それが悪臭は放ってきて、知らないう 
ちに影響し、その悪の報いに誰もが巻き込まれ、また回復のために 
もがき、苦闘します。陰気くさい「チホン僧正」を出していること 
で、同じようなことが教会のなかにでも起こっていることを暗示し 
ているかのようです。

 教会は聖書から理想的なあり方を教え、それが可能のように思わ 
せるのですが、その裏では悪が蔓延ってきていることに恐怖を覚え 
ています。表面的には何もないかのように振る舞っているのです 
が、思いがけないときに悪が顔を出してきます。しかしまた聖書か 
ら、その現実を神が見ていることが分かります。避けてはいませ 
ん。アブラハムがイシュマエルを生み、その影響が今にまで及んで 
いることを隠してはいません。それでもアブラハムは全人類の祝福 
の基です。ダビデの罪も神の民に避けられないで影響していきま 
す。それでも神はダビデの王国の回復を願っています。

 士師記19章で記されている「イスラエル人がエジプトの地 
から上ってきた日から今日まで、このようなことは起こったことも 
なければ、見たことのない」と言われるベニアミン族の罪が、同じ 
ベニアミン族の出身であるパウロの意識にどのような陰を残してい 
たのかは知ることはできません。しかしその悪を士師記に記されて 
いるようにパウロは知っていたので、神の赦しの大きさをより強調 
しているとも言えます。どこかで断ち切らなければならないのです。

 個人としても、家族としても、教会としても、社会と国家にして 
も、悪がないかのように振る舞う必要はありません。むしろそれを 
直視し、神の霊が少しでも覆っていくことを願い、そのために励む 
ことができます。そうしなければ悪の霊を知らないうちにまき散ら 
すことになります。『悪霊』を読んで重い心にされ、同時に聖書の 
現実に希望をいただいています。

上沼昌雄記
広告

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中