「こころ、心」2015年5月14日(木)

知り合いの青年といっても、すでに中年になられているのですが、最近気力がなくて困っているので何かアドバイスをというメールをいただきました。長い間の知り合いでもあるのですが、いきなりアドバイスといわれても何も出て来ないので、いただいた問いにもう一つの問いを持って返事することにして、状況の確認と家族のことを何度かのやり取りで伺うことができました。

どうしてそのような思いになったのか分からないのですが、例のスコット・ペックの本を読んでみたらどうかというアドバイスが浮かんできました。驚異的なベストセラーになったThe Road Less Traveledの全訳『愛すること、生きること』(部分訳『愛と心理療法』)が数年前に出ているので、ゆっくりと、できたら奥様と一緒に読んでみたらどうでしょうかとお伝えしました。

同時にこの全訳を自分でももう一度読んでみようと思って、ワシントン郊外の孫の世話を終えて、次のシカゴ郊外の孫の世話に向かう前に読み出しました。またその続きでスコット・ペックの問題作『平気でうそをつく人たち』ももう一度読んでみようと思って、2冊を車に積み込んでシカゴに向かいました。途中のワイオミング州のララミーで2泊の休憩をいたしました。ロッキー山脈の高原の大自然に抱かれる思いをいただきました。といっても一時は雪に見舞われました。容赦のない自然です。

シカゴ郊外には4人の孫がいるので、日中はその世話で本を開くこともできないのですが、寝静まってから読み出して、2冊とも読み終えました。そして考えさせられています。自分がそれなりに生き延びているのは、神の恵みなのか、それとも、自分の心をごまかし、隠しているので厚かましくも生き延びているのか、と。

今回義父の看病を通して、信仰者であっても家族のダイナミズムでゆがんだままの心の状態を抱えていることを体験してきました。それが終わって孫たちの世話になって、自分たちの生き方が今度は次の世代に知らないうちに影響しているのだと知らされています。 多くの場合に自分の心は独立していて誰からも影響されていないように思ってしまうのですが、 当たり前のことなのですが事実は全く逆です。しかもそれは世代に渡ってめんめんと受け継がれていくものです。避けることができません。

そう思うと恐ろしくなります。実際に自分の心がどこかでごまかし、隠しているところがあるのだと思うと、それこそ隠れていたいところです。同時にそれでも何とか生きて行けているのはどこかで神の恵みによることなのだと納得させられます。スコット・ペック自身がその意味での「恩寵」を認め、信仰に入っています。

「怠惰」と「ナルシズム」、この二つが精神的な成長を妨げるだけでなく、悪の根源にもなりうると明言しています。自分の心を見つめるためには怠惰ではいられません。自分の心から他者の心に向いていくためにはナルシズムを脱却しなければなりません。「人生は困難なものである」というスコット・ペックの最初の書の冒頭の言葉が響いてきます。しかし、それを受け止めて行くときに神の恵みもまた届いてきます。

上沼昌雄記

Masao Uenuma, Th.D.
muenuma@earthlink.net
masaouenuma@yahoo.co.jp

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