「シカゴの墓地で」2015年5月25日(月) 

 今日月曜日はアメリカのメモリアル・デーで休日になっています。「戦没者追悼記念日」で、南北戦争の時から始まったようです。実際には戦没者だけでなく、先達の記念日として墓地を訪れる習慣になっています。

 過ぎる土曜日にこのシカゴのレーキサイド日本人教会で一緒に教会生活を送り、後にはこの教会で長く牧会をしてこられたご夫妻と昼食を共にしてから、メモリアル・デーにちなんで先達の葛原千秋先生の墓地を訪れました。42年前に留学でシカゴに来たときからお世話になり、結婚式の式司もしていただいた先生であります。

 シカゴの町中にある大きな墓地で、1800年代の初めに生まれた方の墓碑が新緑の林の中に静かに鎮座しています。背の高い墓碑もあれば、宮殿のような形の墓碑もあります。近年は地面に埋まるように墓碑が作られています。

 92歳まで忠実に神に仕えてこられた葛原先生ご夫妻の墓碑の前で祈りを捧げました。先生の面影、語り口、笑顔がそのまま浮かんできました。同時に近くにあるレーキサイド日本人教会の当時の一世の方々の墓碑も巡ることができました。42年前に伺ったときにすでに80歳以上であった一世の方々の名前を墓碑に見ることができました。当時の面影が浮かんできました。

 6年間この教会にお世話になったのですが、感覚的には毎月のように一世の方の葬儀があった感じです。葛原先生は高齢の一世の方に使えることを使命とされました。そのなかで身寄りのない背中の曲がった男性のことを覚えています。アメリカに移民してきたのですが思い通りに行かなくて、酒におぼれ、独り身で、最後に信仰を持たれたこの方を、葛原先生は身の世話から、葬儀後には身の回りのものの片付けまでされました。その方の墓碑も教会名で造られていました。

 一世の方々の信仰の中で受けた恵みを 案内してくださったご夫妻と分かち合いながら、その高齢の方々の仕草や、言葉や、料理のことを思い出しました。ほほえましいものでした。また神の国の交わりを彷彿させられるものでした。日本から来た若い私たちを見守り助けてくれました。その恵みをいただいて日本に戻られて神に仕えている伝道者も何人もいます。案内してくださったご夫妻も葛原先生の後を受けて忠実に使えておられます。

 メモリアル・デーの週末にこのご夫妻と再会することになり、それでは葛原先生の墓地を一緒に訪ねましょうということで、思いがけない一時をいただきました。世代に渡る信仰者の歩みの中に自分も組み込まれていることを実感しました。それだけとも言えるのですが、同時に貴重な経験でもあります。先達たちの信仰の向かっていたところに私たちも今向かって進んでいるからです。信仰の望みをこの時に共有できるのです。

上沼昌雄記

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