「根源的な魂の闇」2015年8月19日(水)

 『村上さんのところ』(新潮社、2015年7月24日発行)がちょうど日本にいるときに出てきたので、買って帰って読んでいます。読者とのやり取りの中で473通を選んで本としてまとめたものです。人生相談のような感じで、購入するのに多少躊躇したのですが、どこかで思いがけないヒントのようなものに出会えるのではないかと思って持って帰りました。ありました。

 質問111で、どこかのインタビューで村上春樹が「どろっとした情念を取り去ったあとになおも残る、根源的な魂の闇のようなものを描くこと」が自分のやりたいことだと言っていることについての読者の質問に答えています。もともと「どろどろしたもの」がどうも苦手で、しかも日本文学はその「どろどろしたもの」を描かなければならないように思われていたことに対して、「そんなことをしなくても、人の魂の深く暗いところはきっと描けるはずだと強く信じていました」と返事をしています。

 それを信じて村上春樹は35年その方法を模索してきたと言います。爆発的なロングセラーになった『ノールウエイの森』の前に書いた『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』の影を失い、心を失った「世界の終わり」は確かに、「どろどろしたもの」を取り去ったあとなお有無を言わさないでそこにある心の暗闇の世界です。寒々しい風が身体に染み込んできて背を丸めて歩み続けなければならない情景です。それを村上春樹は36歳の時に描いたのです。

 彼のその後の作品は、確かに「根源的な魂の闇」を様々な仕方で描いてきた試みと言えます。どの登場人物も何かを決定的に失っていて、それを避けられないかたちで見いだしていく物語です。人生はそのままでは終わらないで、不思議に根源的な魂の闇に直面させられて、物語は進展していきます。それが、隔離された場所の施設であったり、枯れた井戸の底であったり、山奥の小屋であったり、登場人物の心をなくした直子さんであったり、少年カフカであったり、天吾と青豆であったり、色彩を持たない多崎つくるであったりします。またこの本の質問69で、3番目のお子さんを死産で亡くされた方に、村上春樹が『国境の南、太陽の西』を勧めているのですが、大変示唆的です。

 そんな村上春樹をたよりに、もうひとりユダヤ人哲学者のレヴィナスを手がかりに『闇を住処とする私、やみを隠れ家とする神』を書くことができました。その本のことを前回のこの欄で書いた北海道大学哲学教授の千葉恵先生との会話でお話ししましたらいたく感心してくださいました。先生からいただいた論文を読んでいて、信のあり場として心魂の根源性を見ておられるようで、逆に納得させられました。ローマ書7章の「われ」を取り扱われている箇所を「心魂のボトムに何が生起するのか」と問うているのです。闇に覆われている魂の根底に「信」のあり場を見ているのでしょうか。心魂の根源性としての「共約性」を言われているのでしょか。

 もう一つ、「日本人の心の底にあるどろどろしたもの」とは、大村晴雄先生が言われたことです。それを描くことができたらご自分の日本プロテスタント史は終わると言われたのです。 大村先生はすでに「どろどろしたもの」の向こうを見ていたのかも知れません。 今年105歳になられて、今回も友人たちと宇都宮の施設にお訪ねして、聖餐式を持つことができましたが、その意味をもう一度聞いてみたいところです。

 さらにもう一つ、今回の日本ではN.T.ライトの本の紹介の集会が続いたのですが、その一つでどのようなライトとの関わりでいらしたのですかと聞いたところ、ひとりの女性が私の闇の本に惹かれてきましたと言われました。後で挨拶をいただき精神科医であることが分かりました。精神科医で結構闇の本を嫌がることを経験してきましたので、逆に関心を覚えました。

 そんなこともあって『村上さんのところ』を、合間合間に読んでいるのですが、いろいろなヒントに出会って、立ち止まり、考えさせられています。「根源的な魂の闇」はそれどころか、気になって気になってどうにもならなくなったのです。

上沼昌雄記

Masao Uenuma, Th.D.
muenuma@earthlink.net
masaouenuma@yahoo.co.jp
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