「読書感想文」2015年9月7日(月)

『村上さんのところ』を読み終わりました。N.T.ライトの学術書と千葉恵先生の論文への格闘の合間に少しずつ読んできました。 今年初めのサイトでの読者からの質問に村上春樹が答えている 3万7465通のやり取りから473通を選んで単行本にしたものです。 最後の方の376番目に、読書感想文の書き方についての質問に村上春樹が答えているものがあります。

このようなやり取りで本を出せるのもすごいことですし、全部の質問に目を通し、どの質問にも正面から回答していることもすごいことだなと思います。同様な思いは『海辺のカフカ』に対しても村上春樹が同じように読者とのやり取りをまとめた雑誌『少年カフカ』を読んだときにも持ちました。どの質問にも真剣に応えているだけでなく、読者に寄り添って語りかけています。

そのときも今回も、それはもしかしたら牧師や牧会カンセリングではできないことを村上春樹がしているのではないか、あるいはまた牧会の現場でこれだけのことができたらどうなるのだろうかと思いました。当然村上春樹は牧師ではないので同じようにはしていないし、する必要もないのですが、ただ読者に寄り添って真剣に生きることを自分の体験として語っていることが印象的でした。辛いこと、嫌なこと、苦しみを避けないでむしろ人生の糧として生きることを促しているのです。

牧師の場合には聖書からの解答集のようなものがあって、最終的にそれに沿ってまとめていくことが責務のように思っているところがあります。当然信者を慰め、励まし、信仰の前進を促していく責任があります。それでも問いを持っている人に寄り添っていくことよりは模範解答に導くことで終わってしまいがちです。そうすることで責務を全うしているように思ってしまうところがあります。

牧会はローカルな務めです。きれいに整った社会でそれについていけないで誰もが心を病みます。その人たちに寄り添っていかなければなりません。それは限のないことで牧師自身の身を削ることになります。 境界線がいつも犯されるからです。 疲労困憊します。 また牧師の頭の中にはきれいに整った神学があって解答集が揃っているのですが、何時かそれではやっていけないことに直面して牧師自身が心を病むこともあります。

ローマ法王フランシスコが9月22日からアメリカを訪問されるということで、先週ABCテレビが特集で、バチカンとアメリカをネットで結びつけて、法王とアメリカ市民が対話をする場面を報道していました。じっと耳を傾け、祈り心で返事をしている姿が印象的でした。二人の子持ちのシングルマザーにも続いて子どもをしっかりと育てていくように励ましていました。私が語りかけても耳を傾けてくれるのだろうと思いました。質問をしてみたくなりました。

村上春樹さんに質問をしてみたいかと言われると、必ずしもそうは思いません。むしろ彼の小説をじっくりと味わっていきたいところです。訳の分からない世界を取り扱っているように見えるのですが、真剣勝負をしていることが分かるからです。

読書感想文の質問に対して村上春樹は、「よくぞ訊いてくれました」と返事をしています。その説明を読んで、『村上さんのところ』を読み終わったら読書感想文を書いてみようと思いました。

上沼昌雄記

Masao Uenuma, Th.D.
muenuma@earthlink.net
masaouenuma@yahoo.co.jp

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