「執事ミスター・カーソン」2016年2月4日(木)

子どもたちが母親への誕生日プレゼントとしてDVDセットの“Downton Abbey ダウントン・アビー”を送ってくれました。母親が子どもたちの家で少し観て気に入っていたので、5巻のセットを送ってくれたのです。英国貴族の生活とそこで仕える召使いたちのことがテーマのシリーズ物です。雨降りが続いている冬の夜に少しずつ観ています。第一次世界大戦からその後の英国の貴族の生活ですが、そこに仕えている召使いの生活にも同じように焦点が当てられています。人としての苦悩が貴族と召使いとの間で交差している面も描かれています。

その貴族と召使いの間を取り持つ大切な役割を担っているのがButlerと呼ばれる召使い頭、執事です。 館の運営の責任者です。館の主人であるグランサム伯爵は執事であるミスター・カーソンを全面的に信頼しています。 召使いたちも執事を信頼して一生懸命に働きます。それでも人としての問題が両方から出てきます。その問題解決にも当たります。

妻と創世記を読んでいて24章で、年を重ねてきたアブラハムがイサクのお嫁さん探しに、「自分の全財産を管理している家の最年長のしもべ」を自分の生まれ故郷に遣わします。そのための誓いをします。このしもべは出ていくのですが、どのようにするのかは言われていません。自分でその方策を考えなければなりません。それがしもべの責任です。目的は告げられるのですが、方策はまかされています。

それはまさにダウントン・アビーの執事ミスター・カーソンと同じ役割だと、妻と確認することになりました。調べてみたらNHKで放映されているようです。「華麗な英国貴族の館」と副題が付いているようです。今はシーズン4が放映されているのでしょうか。私たちもシーズン4を見だしたところです。子どもの誕生と同時に夫を亡くしたレディ・メアリーをミスター・カーソンが父親のように慰め、立ち直らせていきます。苦悩のるつぼを抱える人をも引き受けていく大切な役割を執事はこなします。

日本生まれで英国に帰化した小説家カズオ・イシグロがこの執事の思い出をテーマにして『日の名残り』という印象的な小説を書いています。書庫から引っ張り出して再度読みました。執事スティーブンスが旅をしながら思い出すのは1920年代から30年代にかけて仕えたダーリントン卿のことです。それはダウントン・アビーの時代設定と同じです。英国の転換期の貴族の苦悩と、そこに仕える執事としての品格の問題と、女中頭への淡い想いが、美しい田園風景と一体となって描かれています。英国最高文学賞であるブッカー賞受賞作です。

昨年翻訳出版したN.T.ライトの『クリスチャンであるとは』で、従来の「神の国」を、示唆をいただいて「神の王国」と訳出しました。しもべは王に仕える大切な役割です。王の信任を得て課せられた役割を、責任を持って果たさなければなりません。王国のあり方に影響します。しかも指示が出ても方策はまかされています。イエスが、財産をしもべたちに預けて旅に出る主人のことを、「天の御国」のたとえと語っていることに符合します。5タラント、2タラント、そして1タラントのたとえです。

雨降りが続く冬の夜長に、とりとめのないことを考えているのですが、テレビドラマと小説と聖書がしもべと執事のことで結びついてきたのです。民主主義の社会では王国とそのしもべと執事のことは現実味を帯びてきません。しかし、しもべと執事としてのこの世での責任には今でも大切な役割がまかされているのだと思わされた次第です。

上沼昌雄記

Masao Uenuma, Th.D.
muenuma@earthlink.net
masaouenuma@yahoo.co.jp

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