「大村晴雄先生記念勉強会を」2016年5月2日(月)

 今日5月2日(月)に106歳になられる予定でした大村晴雄先生は、4週間ほど前の4月7日に召されました。ご子息から危ないと聞いておりましたが、予定通りに4月8日にいつものメンバーで訪ねることにしていました。その前日に召されたのです。お伺いしてご子息のご自宅(先生の奥様のご実家)での納棺式に参列することができました。大村先生に感謝を持ってお別れしました。

 先生に最初にお会いしたのは1965年頃のKGKの全国集会の時でした。八王子大学セミナーハウスでした。大学で哲学を志していましたので、信仰者で哲学者である大村先生の存在は大きな支えとなりました。北大の西洋哲学科に在学中に「近世哲学史特講」で都立大学から来てくださいました。その折りに親しく接することができました。北栄キリスト教会の礼拝にも来てくださいました。

 それ以来都立大学のゼミに潜り込んだり、お宅に伺ったりして先生からお話を聞くことを無類の楽しみとしてきました。カリフォルニアに移住してからも日本に来る度に先生に会いに来ました。奥様を亡くされてからも世田谷のお宅に伺いました。この家から奥様を送ることができて感謝していると、そしてひとりでも寂しくないという先生の姿勢に感動をいたしました。

 私たちの長男の義樹がアメリカの海兵隊の士官としてイラク戦争に参戦し、バクダットに侵攻しました。無事に帰還できたことを喜んでくださって、3年にわたる北支でのご自分の体験を語ってくださいました。そうでなければ決して語ることのないことを語ってくださったように思いました。その時に出てきた先生の言葉が「日本人の根底にあるドロドロしたもの」でした。(神学モノローグとして2003年7月10日に発信しましたので添付します。)実は、この言葉が契機となって拙書『闇を住処とする私、やみを隠れ家とする神』(2008年)を啓上することになりました。

 先生には『近世哲学史』(以文社)という、短いのですが、よく読んでみると信仰者の視点をのぞき見ることのできる名著があります。また『日本プロテスタント小史』(いのちのことば社)は、西洋の教会史からは亜流としながらも本質に迫るものがあります。神学舎でもこのテーマでしばらく教鞭を執っていただきました。共立女子聖書学院でも長い間教鞭を執ってこられました。

 この数年一緒に宇都宮の施設に先生を訪ねた前群馬大学教育学部教授の大泉一太郎氏と西上尾教会牧師の石神稔氏と、「大村晴雄先生記念勉強会」を来る11月3日の文化の日に 『近世哲学史』をテキストに 持ちたいと話し合っています。偲ぶ会なのですが、勉強もしなと先生に怒られそうなので、このような名称の会を考えています。ふさわしい場所を探しています。

 大村先生とは60年以上の交流をいただいてきました。見渡すと多くの方が先生と長い間の交流をされています。それは先生の中にいつでも新しいいのちが生きていて、新しい思想を生み出してきたからだと思います。留まって決して古びてしまうものではないのです。4年ほど前に伺ったときに、すでに寝たきりだったのですが、「上沼君、いま何を勉強しているの?」という質問を発せられました。それはこれからも響き続けてきます。まずは「大村晴雄先生記念勉強会」を。

上沼昌雄記


Masao Uenuma, Th.D.
muenuma@earthlink.net
masaouenuma@yahoo.co.jp

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